脳裏
忘れられない記憶って奴、誰しもがひとつやふたつあるだろう。たとえば綺麗な景色とか、時間を忘れるぐらいに楽しかった思い出とか。
「最近だと、山に夜景を観に行ったことかな」
「いいな」
「車のライトが流れてくのとか、じっと観てると面白かったよ」
「夜景をちゃんと観ようと思ったことないな。そういう話聞くの新鮮」
いまじゃ夜景観光士って資格もあるんだってね。ちょっと興味がある。
補足すると独りで行ったわけじゃなくて、アルバイト先の所長と一緒だった。後輩と弟も同じところでバイトをしているんだが、たまたま私と所長で外回りする用事があって、ちょうど暗くなった時間帯だから行ってみるかってことで−−
「出るって話聞いてたから期待して行ったんだけど、空振りだった」
「お前らそういうとこだぞ」
弟に呆れた顔をされた。うん、実は夜景はおまけで私と所長の本命はソッチでした。なにやってんだって苦情は受け付けます。番組終了30分以内まで。
「山ってさ、街灯なくって真っ暗じゃん? そういうのだけで怪現象の噂なんていくらでもでっち上げられるよね。本物ってなると、やっぱ本当の獣道を探すしかなかったか」
「危ないからやめなよ。山側からしても迷惑だから、そういうの」
後輩もドライ……いや待て。山側からしても迷惑ってどういうことだ。じわじわ来る。
「一応聞いてやるけど、どんなのが出るって噂だったんだ?」
「人のなかにログインした瞬間に『入れた入れた入れた』ってはしゃぐタイプの怪異。ちなみに女だけ対象らしい」
「ログインって、そんなネットじゃないんだから」
「女対象ってお前があぶねーだけじゃねえかよ」
そういった思い出も含めて、夜景じゃめちゃくちゃ綺麗だったなーっていう忘れられない思い出でした。
「怪異とか怪現象はなかったけど、帰り道に野生の猪には遭遇したよ」
「「そっちのほうが怖い」」
あんなに大っきいんだね、猪って。
(いつもの3人シリーズ)
意味がないこと
「ふと気になったことがあってスマホで調べてたら、なんかだらだらしちゃってさ。気づいたら何時間も経ってたんだ。ほかにもやりたいことあったはずなのにさ、もったいないことした」
「あー、あるある」
あっちこっち行っちゃってさ、際限なくいじっちゃうんだよね。わかるわかる。
「宿題する時間がなくなったから、諦めて寝た」
「それはちょっとどうかと思うぞ」
先生に怒られることとか明日の自分が困ることより、その時の自分の睡眠欲求を優先したってことだ。一見真面目そうに見える後輩だが、自分の欲求に素直すぎるところがあるから、たぶん不真面目。いや、あえていうなら問題児?
「意味ないよね、あのだらだら時間」
「んー……」
責めたくなる気持ちはわかるけどね。実際、有意義かどうかって言われると、本当に調べ物をしていた時までは間違いないだろうけれど。
「いろんな本読んだ上の受け入りだけど、めっちゃ真面目すぎてつまんないかもだけど、いまの人たちって生産性に囚われすぎてるんよ。そのせいで、いろいろと見落としてると思う」
なんの本だったか忘れたけど。なるほどな、って目から鱗だったはずなのに肝心の本のタイトルを忘れる私よ……。
「つまり?」
「意味ない・もったいないも、本当は意味あった・もったいなくないってこと。君の例でいうなら、なんにも考えない時間が欲しかったんじゃない? それも大事じゃん」
後輩は詭弁だっていうかな。そう思ってチラリと見たけれど、ふむふむとうなずいていた。あ、納得したっぽい。
「でも、まじで意味ないこともあると思うよ」
「たとえば?」
「誹謗中傷」
「急にリアルなんだけどわかる。人攻撃するより自己研鑽するほうが有意義……あ、これが生産性に捉われてるってこと?」
「まあ、それ言われたらそうなんだけど」
それでも、他人を攻撃してカタルシスを得ることに意味があるなんて思いたくない。あくまでも個人の意見。私は絶対にしないと硬く心に誓って生きてるよ。
「後輩、君の意見を聞きたいんだけどさ。うちの弟が最近ランニング始めたんだよ」
「健康的でいいじゃん」
「ジェットババァとタイマン張りたいってのが動機なんだけど、意味なくない?」
「筋肉と持久力つくから意味ある。大丈夫」
(いつもの3人シリーズ)
(ネタをくれた身内ありがとう。またぼちぼち更新していきます)
花畑
「花畑って聞いてなにが思い浮かぶ?」
「ブルーベル」
「ネモフィラ」
「え、青縛り?」
順に後輩、弟の答えだ。普通だなーと嘲るつもりはない。ブルーベルのお花畑もネモフィラのお花畑も綺麗だもん。っていうか、意外と花に詳しいな君たち⁈
「言い出しっぺ。お前はどうなんだ」
「臨死体験談」
「オカルトヲタクは期待を裏切らないね」
「褒めてる? 馬鹿にしてる?」
「俺は呆れてるけど後輩はたぶん純粋に褒めてるぞ」
弟は容赦ない。自分を偽らずに本音を伝えるのはさすがだわ。だてに自由人って言われてない。
だが、なんで私がそれを思いついたのかをぜひとも聞いてほしい。主張させてくれ!
「臨死体験の話を聞くとさ、必ずと言っていいほど綺麗な花畑が出てくるんだよ」
「そうなんだ」
「生き返った人たちがみんな照らし合わせたように語るからさ、あの世とこの世は綺麗なお花畑で区切られてるんだろうね」
「よっぽど綺麗なんだろうね」
「花で死の恐怖緩和させるつもりなのか? ネモフィラ咲いてっかな」
「カスタムできるといいね……」
どうやら弟は単純にネモフィラが好きみたいだ。そこはレモンの花って言わないのね。あんなにレモン好きなくせに。
「もしも好きな花が反映されるんだったらなにがいい?」
「…………曼珠沙華?」
「お前もう喋るな」
(いつもの3人シリーズ)
世界に一つだけ
「『ひとつ』って数え方はしないけど、あたしたち人間はみんな世界にひとりしかいないよね」
「それもそうだね。同姓同名がいたとしても、同じ人生なんかないもんね」
「世界に一つだけの花って名曲があってだな」
「こいつと全く同じ人間がいてたまるかって本気で思ってる」
「言えてる」
「なんでだよ」
どこかで、数十年ぶり再会した生き別れの双子が、偶然の一致とは思えないほどの共通項を人生で繰り返していたという話を聞いたことがある。買っていたペットの名前、幼少期に熱中したスポーツ、愛車、仕事、果ては奥さんの名前まで全部一緒だったらしい。
でも、よりもっと人生を照らし合わせたら、ひとつぐらい違うものだってあるんじゃないか。そう考える私は少し捻くれてるのかもしれない。
こうして駄弁っている私も、弟も、後輩も、同姓同名はいるかもしれないけれど、唯一無二の存在だ。私が認知している弟と後輩は目の前の彼らだけ。それは彼らにとっても同じ。彼らが認識している『私』は、私しかいない。
いまこの時、その苗字名前で、その場所で、たまたまこれを読んでいるあなたは世界でひとりしかいない。
「自分のことを『所詮歯車のひとつ』って卑下する言葉があるけどさ、歯車が1個でも欠けたら機械は動かなくなるんだよね」
どうか皆々様ご自愛くださいね。世界にたったひとりだけの自分を認めて愛してやって。
私もなるべくそうします。
(いつもの3人シリーズ)
きらめき
通学路で、困った顔を浮かべて立ちすくんでいた子どもを放っておけなかったという。なんでも、落とし物が見つからなくて途方に暮れていたとかなんとか。
「お前いい奴だな」
「別に。なんか放っておいたらいけない気がして」
私の弟は素直に感心しているようだが、褒め言葉を素直に受け取らないのはいかにも後輩らしい。私としては、「めずらしい」が第一の感想だった。
言っちゃ悪いが、この後輩は人に対してあまり興味を示さないタイプだ。困っている人は助けなきゃ、っていう正義感が薄い。逆に興味を持った人にはグイグイいくけど、そっちのほうがめずらしいかもしれない。
結局、その子の落とし物は、後輩も一緒になって探してからしばらくして、後輩が無事に見つけたそうだ。
−−ありがとう、お兄ちゃん!
子どもはようやく笑顔を見せた。晴れ晴れとした笑顔だったという。
「で、お礼にこれをもらったと」
「子どもらしいよね。お気に入りだったらしいよ」
後輩が私の手のひらに転がしたのは、宇宙を閉じ込めたような精巧な模様の入ったビー玉だ。
陽の光にかざすと、星のように散らばった金粉がキラキラと輝く。これはたしかに「お気に入り」になるだろうね。
「お気に入りをくれたのか。よっぽど大事なもの落としたんだな」
「それが……ついさっきの出来事だったはずなのに、全然覚えてないんだよね。その子と一緒になにを探してたのか」
おっと、急に不穏が顔を出してきたぞ?
「子どもって、男の子? 女の子?」
「……わかんない」
「見た目で判別しづらかったのか?」
「いや、そんなんじゃない。顔が全然思い出せなくて……」
唸る後輩を横目に、私と弟は顔を見合わせた。
いわゆる狐に化かされた系か? そういえば、後輩の通学路でそういうことがあったって過去話を聞いたような? ひょっとして同じヒト?
「別に悪いことされてねーみたいだし、本当のお礼なのかもな」
「いずれ木の葉に変わったりして」
「それはそれで手が込んでるな。一周回って面白いわ」
このきれいなビー玉が次の日に木の葉になったとして、後輩は腹を立てるような奴じゃない。私たちだって残念に思うことはないから。
徐に、弟がビー玉を覆うようにして手を重ねてきた。
「バル−−」
「言わせねえよ」
(いつもの3人シリーズ)
(最近やってましたね)