飛べ
「『上がれ』じゃね?」
「映画どおりならね」
「いや、なんの話」
「「ハリポタ」」
「あいかわらず好きだね、ふたりとも……」
だって、後輩が「箒で空を飛んでみたい」って言うからよぉ。いま、どこで調達してきたのかわからないガチ箒に跨ってるし。
いまさら明かされる話だが、私たちの世界では当たり前のように魔術というものが存在する。私たちはそれを使える立場でもある。
ところが、あのハリポタや魔法使いの定番でもある「箒で空を飛ぶ」ってことはほとんどない。
「みんな夢見ないの? 空を飛んでみたいって」
「否定はしない」
「実際やってみて諦めるんだよ、めんどくさいって」
魔力持ちが箒に跨ればすぐに飛べる、ってわけでもないんだよね。
「飛行パウダーの調合がくそ面倒なんだよな」
「そうそう。材料が揃いにくいしさ」
「え? 薬ありきなの?」
これ、比較的最初の段階で学校で習うはずなんだけどなぁ……。授業の進め方が変わったのか、後輩が聞いてなかったか。後者が有力だな。
「あと、地味に痛いんだよな。どこがとは言わねーけど」
「座り方工夫しても不安定だから、そりゃみんな乗らなくなるよね」
「さてはふたりとも1回挑戦して諦めたパターンだな」
#いつもの3人シリーズ
special day
人によってなにが“スペシャル”か、変わってくるから面白いよね。弟に聞いたら「推しのライブの日」、後輩に聞いたら「なんの邪魔も入らずに本が読める日」だった。後者はなかなか斬新だなと思ったが、後輩らしくていいと思う。
「所長的にはどう?」
「金曜日」
「華金ってこと?」
探偵事務所の所長に聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。この人にとって、依頼の内容と来る頻度によって曜日なんか関係ないだろうに。
元公務員の感覚が抜けなくて華金が好きなのかとも考えたが、所長の性格からしてなんか違う気もする。
待て待て。そんな単純なはずはない。所長は探偵である以前にロクデナシだ。間違った、オカルトヲタクだ。ホラー大好きだ。ということは、
「……13日の金曜日」
私が声に出したそれに、所長は「御名答」と言わんばかりにニヤッと笑った。
「かれこれ10年以上待ってんのにちっとも来ねえ」
「そりゃあ映画の話だから来るわけないでしょ」
仮にジェイソンが来たとしても絶対に助けてやるもんか。そういえば、年に1回ないし2回訪れる13日の金曜日ってやたらと所長のテンションが高かったような……。
「猿夢とかカシマレイコでもいいんだけど」
「所長に遭うとめんどくさいから来ないんじゃない?」
怪異側だって遭いたい人と遭いたくない人がいるでしょ。あんたみたいなロクデナシとか。
#いつもの3人シリーズ
(3人中2人不在だけど)
夜が明けた。
私にとっては一種の希望でもあれば、別の視点から考えた時には絶望にもなる。
できれば清々しい朝として朝日を歓迎したいんだけどね。素直に歓迎できない日だってあるんですよ。誰だよ、私が短命だとか言った奴は。
「「神様」」
「こういう時だけ声揃えて言うの止めてもらえますぅ⁈」
ハモるのは私と双子の弟だけと思いきや、今回はその弟と後輩がぴったり合わせて来ちゃったよ。
「いまは気にすんなよ。どうせ人間いつかはみんな死ぬんだから」
「そうだ。海から太陽が昇る瞬間ってすごいエモいらしいよ。今度行ってみようよ」
「俺ら初日の出も拝んだのにな。どんだけ太陽好きなんだよ」
「むしろ嫌いな人いる?」
「紫外線強いのはちょっと」
後輩の提案で、水平線から太陽が昇る瞬間を見に行った。初日の出も綺麗だと思ったけれど、こっちもこっちで綺麗。
どうしてこんなに身体が震えているんだろう。
どうして、私が抱えていた悩みが小っちゃいものなんだって思ってしまうんだろう。
「……もっと見たいな」
綺麗なものも、夜が明ける瞬間も、もっともっと見たい。
夜が明けたから、綺麗なものを探しに今日を生きようって前向きになれる。
(いつもの3人シリーズ)
星明かり
「1個1個は小さいのにさ、いっぱいあると綺麗だなって思うのすごい」
「星の光は核融合反応だってよ」
「化学ってすごいね。ロマンをぶち壊された気がする」
「元気出せよ」
「ロマンぶち壊されたぐらいで元気無くすわけないじゃん」
「君たち黙って星を見るって発想ないの?」
星空もいつも一緒のメンツで見上げたら少しは見方が変わるかなーと思ったら、ただ喧しいだけだった。意外と君たち饒舌だよね。
「あたしたち、独りじゃないんだね」
星は見守ってるよ、たぶんね。
まあ、少なくとも自分が星を見上げる時、この広いどこかでは同じく星を見上げている誰かもいるんじゃないかな。そう考えると、独りじゃないって広義的にも言えるでしょう。
(いつもの3人シリーズ)
元気かな
渡英してから何年経っただろう、ってたまに振り返ることがある。指折り数えてみたらなんと、祖国で暮らしていた年数よりも長くなっていた。現在進行形でも更新中だし、私自身は帰る予定も気持ちもないから、きっと祖国が第二の故郷的な位置付けになっちゃうんだろうな。
そんな私でも、物理的にも精神的にも遠のいていく祖国へふと思うことがある。家族ぐるみで付き合いのあった幼馴染、元気にしてるかなーって。
「え? まだ幼馴染がいるの?」
「いるよ」
「寺生まれのNさん」
「そこはTじゃないんだ……」
私と双子の弟からすれば、後輩が『寺生まれのTさん』を知っていることに驚きなんですが。
私たちきょうだいの実家は神社だったんだが、ふと思い出した幼馴染は実家がお寺なんだよね。この場合は同業者って言っていいんだろうか。
「とりわけ祓う力が強いんだよな、N」
「合掌するだけでだいたいの雑魚は滅殺だからね」
「『破ァーッ』じゃないの?」
「やたら詳しいな後輩。さてはファンか?」
怖い話を読み漁った後に読むとなんか和らぐよね。ビビりさんにはおすすめです。あと、時間をかけずに笑いたい人。
「取り憑かれた時には結構お世話になったよ」
「お祓い特化のジンジャでもダメなことあるの?」
「神主たる母さんがいない時とかはもっぱらNん家の出番」
「姐さん忙しいね」
「取り憑かれるのに忙しいもクソもあってたまるかって思うけどね」
「1週間日替わりで取り憑かれたことあったよな」
「誰も得しない日替わりメニューだね」
「待って、弟。それあたし知らないんだが⁈」
まあ、間違いなく元気でやってらっしゃると思うんですよ。訃報が海を超えて来ないので。いや、むしろNちゃんに限って夭折なんてあるわけないって勝手に思ってる。徳が高いから(?)。
「ってか、なんで寺生まれのNさん思い出したの?」
「梅干しが届いたからですね」
「ウメボシ」
「あいつ好きなんだよ、梅干し」
この後、おにぎりにして3人で仲良くいただきました。後輩は梅干しの酸っぱ爽やかさをいたくお気に召したらしい。
N氏の梅干し、今年も素晴らしい出来だったな……。
(いつもの3人シリーズ)
(いずれもっと深掘りしたいNさん)