開けないLINE
自分たちの理屈では説明できない事象を、人々は「怪現象」やら「妖怪」やら「幽霊」やら−−自分たちと異なる怪しいモノのせいにした。そんな先代たちに倣って、私もいま自分の身に起きていることを「怪異の仕業」と言っても許されるよね?
「アイツまた復活したのか」
「アイツって?」
「姉のLINEに突如出現した文字化け野郎」
「えぇ……? 勝手に友だち追加してきた人間なんじゃないの」
後輩は胡散臭げな顔つきで、至極冷静に現実的意見を口にする。
スマホ音痴の私からすれば彼の言葉はちんぷんかんだが、要は「どうせ生きた人間の仕業だろ」って言いたいんでしょ?
「こいつが救えねえレベルのスマホ音痴だから、LINEの設定は全部俺がやったんだが。こっちが承認しなきゃトークも表示されない設定にしてるぞ」
「じゃあ、スマホのパスワードを突破してLINEを勝手に弄ったとか? 手が混みすぎかな」
「それはないと思うよ。顔認証しないとダメな奴を設定して(もらって)るから!」
「自分で設定いじってないのにドヤ顔しないでよ」
だから言ったじゃないか、怪現象だって。相手は怪異だ。そうに決まっている。
話題は、私のトーク画面の一覧トップに突如として浮上した、真っ黒いアイコンの文字化け野郎。
いつだったかいつのまに私に文字化けのメッセージを連投してきたんだが、私の双子の弟がなにを思ってかそいつにLINEを返したんだよね。「ポマード」って。
なんでか、そのひと言でぱったり連投は止まったんだが……。
「今日になっていきなり復活してさ、今度は画像を立て続けに送信してるんだよね」
「開きたくない」
「でしょ?」
ポマードの有効期限切れ? そもそも回避ワードって有効期限あるのか。
その言葉で止んだから、私と弟は勝手に「口裂け女」と呼んでいたんだが、詳細は不明。知ろうとも思わない。
弟曰く、トークルームを消してブロックしようとしたらしいが、なんでかコイツにだけはその操作が作動しないそうだ。
「怪異って、こうやって時代に対応していくんだね」
「なにしみじみと言ってんの。普通に迷惑じゃん」
「ブロックもできねえならどうしようもねえな。いっそスマホ替えるか?」
「向こうが写真送ってくるなら、同じように写真送り返せば? ポマードの写真とかお札の写真とか、いやがりそうなの厳選して」
「結局LINE開くことにならないか? 姉貴のスマホが動かなくなるだけだったらいいけど、送るために開いた俺に呪いがかかるのはいやなんだが」
「ごめんね! あたしが音痴なばっかりに!」
「別に、LINE開かなくても写真は送れるじゃん。メディアから『共有』選んでLINEの送信先選ぶだけ」
「あ、なるほど。お前頭いいな」
なに言ってるのかさっぱりわからないが、急に解決策が出てきたっぽい。
後輩の助言に従ってポマードとお札のスクショを送りまくった結果、向こうからの連投がぴたりと止んだ。あれから1週間、向こうからは音沙汰なし。今度はブロックの操作ができそうだから、弟がついにやってくれた。
でもさぁ、前回も今回もやっぱり「ポマード」が効いてる……?
(いつもの3人シリーズ)
(「1件のLINE」の続編らしきもの)
香水
あんまり縁がなさすぎてさ、お店でも遠目に眺めて「瓶が綺麗だな〜」って思う程度なんだよね。自分でつけたいって発想にまで至らなかった。オーデコロンとオー・ド・トワレの違いがわからない。なにか違いあるの? というレベル。きっとこれから先も、決して自分とは交わらぬものだと思ってたんだ。
いままではね。
それが変わったきっかけは、密かに気になっているあの人が香水をつける瞬間を見たから。それ以降、ちょっと興味が湧いた。
断じて、同じ奴をつけたいわけじゃない。だってさ、いままでなんの香水も纏ってない奴が、いきなり自分と同じ香りを纏ってたらさすがに引かない? 引かれたくないぞ、私。
「レモンの香りとかねえの?」
「ポッカレモンつければ」
「即レス冷たっ」
……なんで着いてきたんだろう、このふたり。全然興味なさそうなのに。
「ちょっとはあるよ。奥が深そうだし」
「どうせ匂うんだったらイイ奴でキメたいよな。こっちも気分上がるし」
「それでレモンなの?」
「あるだろ、柑橘系の香りとかって」
「せめてシトラスって言って??」
好きな人に釣られて興味を持ち始めた私より、よっぽど彼らのほうが真摯に香水と向き合おうとしてる気がする。
私のツッコミに「それか」とうなずいた弟は、某レコード大賞を取ったあの曲を鼻歌で歌いながら香水瓶を物色し始めた。そういえば、「香水」どころか「シトラス」もあったね……。
「めずらしいね、これ」
「へぇ〜。リップバームかと思った」
後輩がいち早く見つけたのは、香水は香水でも練り香水というものだった。
説明書きを見ると、液体のそれよりも花の香りのラインナップが充実しているみたい。そこまで強く香るわけでもなく、ふわっと鼻腔をくすぐるようなそんな優しい感じ。
後輩が手に取って私に見せてくれたのは金木犀の香りだった。絶対イイに決まっている。
「この花、ヨーロッパでは馴染みないんだよね」
「そうなの? 香水の原料になってるって聞いたけど」
「香水生み出しといて知らねえのかよ」
調べた話、我々が知る形の香水は16世紀頃に生まれたもので、原物ともいえる香料は古代エジプトの時代にもうとっくにあったという。そういえば、聖書にも「香油」が出てくるもんな。意外と人間との付き合いは長いんだね。
「金木犀は匂いに惹かれた人たちが植えていかないと増えないって聞いた」
「ヨーロッパにはまだこいつみたいに取り憑かれた奴がいねえってことか」
「別に取り憑かれてはないと思うけど」
弟が揶揄してるのは、この時期の私がしょっちゅう金木犀の香りのナンチャラを手に取るからだろう。だって、いい香りなんだもん。外へ出た時にこの香りがふわっと香ったらそれだけで笑顔になっちゃうよ、私。
「あ、そうか」
いままで疎遠というか、敬遠していた香水そのものも。まずはここからお付き合いを始めてもいいんじゃないだろうか。自分の好きな香りからのほうが、よっぽど距離が深まっていける気がするし。
後日、気になるあの人に「いい香りだね」って褒められて、心のなかで小躍りしたのはここだけの話。
(いつもの3人シリーズ)
突然の君の訪問
「え、なんで来たし」
「行くって言ったろ」
「連絡したって聞いた」
「せめて既読ついたの確認してからにしてくれない?」
私と弟は訳あって離れて暮らしている。自由人という言葉がしっくりくる弟は、そりゃあもう周りになんと思われようが関係なしに「思い立ったが吉日!」をモットーにアクションを起こすのだ。
「既読ついてから来い」って言ったの、これが初めてじゃない。腐るほど言ってる。耳にタコが……できてほしいな、いっそ。
今日は都合が悪いわけでもないから、黙って弟と後輩を家に上げる。
「お茶菓子なんもないけど」
急な訪問が億劫なのは、独りでいたいとかじゃない。
自由人の弟とは生まれてからの付き合いなのでいつ来られてもいいように常に部屋を片付けている。だから、そっちの問題もない。
単純に、おもてなし用のお菓子がないのが私的にいや。ただそれだけだ。
「持参したから紅茶だけ淹れてくれ」
「レモンタルトがおいしそうだから買ってきた」
ああ、なんだ。それなら別にいいや。
それにしてもレモンタルトか。弟、レモンに取り憑かれてるんじゃないかってぐらいレモン大好きだからね……。「紅茶を淹れろ」なんて言い方を図々しいなと思わなくもないが、
「レモンティー?」
「なんでレモンにレモン合わせるんだよ。ビタミンC不足か?」
いや、あんたが前にレモン×レモンがいいって言ったんだが? と、言いたげな顔の後輩がジト目で弟を睨んでいた。私の代わりに。
(いつもの3人シリーズ)
裏返し
寝ぼけたまま着替えたせいか、服が裏返しになっていた。
出かける前に気づけてよかった。誰にも見られていないからセーフだ。ここに弟がいたら、丸一日擦られかもしれない……ってあいつもそんなに暇じゃないか。
まだ待ち合わせまで余裕があるので、徐にスマホを見てみた。LINEが一通。相手は弟、「写真を送信しました」だって。
なんだろうと思ってアプリを立ち上げると、送られてきたのは弟の自撮り写真だった。たぶん、こんな服を着てるから見つけろよってことだと思う。プラス、新しく買ったけどかなり気に入っていますっていう彼なりのアピール。
「そのカーディガン、前後ろ逆じゃない?」
「アホか。リバーシブルだよ」
あー、なんだ。
以前、なにかの本で読んだことがある。意図せず服を裏返しの状態で着るのって、なんでかスピリチュアル的観点からすると幸運が舞い込む前兆らしい。そのまますぐに直すんじゃなくて、一旦心の中で願い事を言ってから直すとなおいいそうだ。
「もうちょっと早くに思い出せばよかったなぁ」
ちなみにこのジンクス、意図して裏返しで着ると意味がないそうだ。じゃあ、弟が今日着てくるようなリバーシブルは意味ないってことだね。おしゃれだからいいけど。彼のカーディガンは前後ろだったけど、なかには裏表でふた通り楽しめるってタイプもあるよね。リバーシブルを最初に考えた人、天才すぎない?
私と弟の短いやり取りの後、今度は後輩がメッセージを送ってきた。その時になって気づいたんだが、これ3人で集まったトークルームだったのね。そりゃそうか。これからの待ち合わせって、私たち3人で集まるんだもんな。
「さっきから道行く人たち、みんな服裏返しなんだけど流行ってるの?」
「……」
すぐさまに文字を叩く。そして、送信。同じタイミングで弟からのメッセージも表示された。さすがは双子。こういうところまで息ぴったりなんだもんね。あんまり嬉しくはないけれど。
「「引き返して逃げろ」」
リバーシブルでもよくない意味がある。それは、生と死を区別するための裏返し。死者に着せる着物が左前になるのも、足袋を左右逆に履かせるのも、この「逆さ事」の風習に因むものだ。死者の世界って、生きている人たちの世界と全部逆らしいよ。知らんけど。
(いつもの3人シリーズ)
(怪談「あべこべ」リスペクト)
鳥のように
「もし鳥になれるならなにになりたい?」
「あ、鳥限定なのね……」
私の双子の弟は生き物をこよなく愛している。だから、突然こんな質問をされても「まあこいつだしな」ですんなり受け取ってしまうのだ。
「んー……」
空を飛んでみたいと思ったことはある。これ、結構経験された方も多いんじゃないだろうか? せっかくなら鳥みたいにね、バサバサッと翼をはためかせて飛べたらどんなに気持ちいいかなーって思うことはあるけれど。
「鳥を選べとはいままで言われたことなかったなぁ」
私だって動物は好きだよ。弟ほどじゃないけど。ちなみに、犬か猫かだったら犬だ。猫もかわいいし好きだけど、犬はなんかもう心臓がキュンどころかギュンッてなる。要は大好き。
迷いに迷う私とは反対に、後輩はもうすでに決まったらしい。
「オレ、フクロウがいい」
「ヘドウィグ?」
「シロフクロウかわいいよな。メンフクロウも好きだけど」
あ、これ私たちがセーブしないと弟が延々と語るパターンか? たしかにどっちもかわいいけどさ。
「ちなみに、なんでいろんな鳥のなかでフクロウ選んだの?」
「単純に好きなだけ」
「そうなんだ。まあ、君、フクロウに似てるもんね」
「……褒めてる?」
「なかなか人に懐かない感じは解釈一致するぞ」
うん、弟が全部言ってくれた。後輩は髪が白いからますますヘドウィグ……じゃなかった、シロフクロウっぽい。
「んー、最近気になってるのも加味してコザクラインコかな」
「色いいよな。あとはかわいい」
「ほんとだ。鳥ってカラフルな奴多いよね」
ピンと来なかった後輩は早速スマホで調べていたし、弟はなんか腕組みしてうなずいている。後方ナントカ面って奴? こいつ、本当に動物好きなんだな。全肯定じゃん。
あとで、鳥みたいに空を飛びたいならもっと別の鳥のほうがよかったんじゃないかと思い直したよ。インコってなんかペットとして大事に籠に仕舞われるイメージ強いもんな。
「そういうあんたは? どの鳥になりたいの?」
「シマエナガ」
「「かわいい」」
てっきり鷹とかかっこいい鳥が来るのかなと思ったら、私たちが挙げた鳥のなかで一番サイズも小さい奴がきた。しかも、全員一致の「かわいい」認定の鳥。意外すぎる。
「あいつになったら人にチヤホヤされそうだから」
「「そっち?」」
かまちょらしい理由だなぁ……。
(いつもの3人シリーズ)