香水
あんまり縁がなさすぎてさ、お店でも遠目に眺めて「瓶が綺麗だな〜」って思う程度なんだよね。自分でつけたいって発想にまで至らなかった。オーデコロンとオー・ド・トワレの違いがわからない。なにか違いあるの? というレベル。きっとこれから先も、決して自分とは交わらぬものだと思ってたんだ。
いままではね。
それが変わったきっかけは、密かに気になっているあの人が香水をつける瞬間を見たから。それ以降、ちょっと興味が湧いた。
断じて、同じ奴をつけたいわけじゃない。だってさ、いままでなんの香水も纏ってない奴が、いきなり自分と同じ香りを纏ってたらさすがに引かない? 引かれたくないぞ、私。
「レモンの香りとかねえの?」
「ポッカレモンつければ」
「即レス冷たっ」
……なんで着いてきたんだろう、このふたり。全然興味なさそうなのに。
「ちょっとはあるよ。奥が深そうだし」
「どうせ匂うんだったらイイ奴でキメたいよな。こっちも気分上がるし」
「それでレモンなの?」
「あるだろ、柑橘系の香りとかって」
「せめてシトラスって言って??」
好きな人に釣られて興味を持ち始めた私より、よっぽど彼らのほうが真摯に香水と向き合おうとしてる気がする。
私のツッコミに「それか」とうなずいた弟は、某レコード大賞を取ったあの曲を鼻歌で歌いながら香水瓶を物色し始めた。そういえば、「香水」どころか「シトラス」もあったね……。
「めずらしいね、これ」
「へぇ〜。リップバームかと思った」
後輩がいち早く見つけたのは、香水は香水でも練り香水というものだった。
説明書きを見ると、液体のそれよりも花の香りのラインナップが充実しているみたい。そこまで強く香るわけでもなく、ふわっと鼻腔をくすぐるようなそんな優しい感じ。
後輩が手に取って私に見せてくれたのは金木犀の香りだった。絶対イイに決まっている。
「この花、ヨーロッパでは馴染みないんだよね」
「そうなの? 香水の原料になってるって聞いたけど」
「香水生み出しといて知らねえのかよ」
調べた話、我々が知る形の香水は16世紀頃に生まれたもので、原物ともいえる香料は古代エジプトの時代にもうとっくにあったという。そういえば、聖書にも「香油」が出てくるもんな。意外と人間との付き合いは長いんだね。
「金木犀は匂いに惹かれた人たちが植えていかないと増えないって聞いた」
「ヨーロッパにはまだこいつみたいに取り憑かれた奴がいねえってことか」
「別に取り憑かれてはないと思うけど」
弟が揶揄してるのは、この時期の私がしょっちゅう金木犀の香りのナンチャラを手に取るからだろう。だって、いい香りなんだもん。外へ出た時にこの香りがふわっと香ったらそれだけで笑顔になっちゃうよ、私。
「あ、そうか」
いままで疎遠というか、敬遠していた香水そのものも。まずはここからお付き合いを始めてもいいんじゃないだろうか。自分の好きな香りからのほうが、よっぽど距離が深まっていける気がするし。
後日、気になるあの人に「いい香りだね」って褒められて、心のなかで小躍りしたのはここだけの話。
(いつもの3人シリーズ)
8/30/2024, 11:52:21 AM