須木トオル

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5/12/2023, 8:59:05 AM

愛を叫ぶ。


この広い海のさざ波が、鼓膜を震わせる。
奥に見える島は薄く霞んでいて、波が視界を攫う。
下には崖が、後ろには森が。
僕は思い切り目の前の海に飛び込んだ。

入水音は、波によって掻き消された。
僕が漂っているのは誰も知らない。
きっと…ね。


いつもの日常に、入り込んだ一つのストレス。
俺は正直どうしたらいいのか分からないでいた。
(またここに居るよ…)
いつも俺の店の横に立つ、背が高くて髪の長い、男の幽霊。コイツが来て早一ヶ月になる。霊媒師をここに呼びつける訳にも行かないので、取り敢えず塩を撒いてはいるが、何せ目の前に海があるのだから塩に耐性でもあるのか、一つも消えやしない。なんなら濃くなっている気すらしている。
(とりあえず、見て見ぬふりがいいよな。…っていうのがダメなんだろうな…)
ため息ばかり吐く毎日。
お客さんに見えている人は居ないようなので、まあいいかと放置気味である。
「あれあれ、あおちゃん、こんなとこで何してるんだい」
「お!肉屋のばあちゃん、久しぶりー。俺ここにパスタ屋開いたんだ。良かったら食べてって!」
「まあそうだったのかい。じゃあ今度ミツルさんを連れて寄ってみるよ」
「げっ、ばあちゃんの旦那さんちょっと怖いんだよなー」
「ほほほ、ああ見えて、あおちゃんのこと結構好きなんだよ。あおちゃんも、またコロッケ買いに来てちょうだいな」
「本当かよー…。うん。近いうち行くから待ってて」
前に見た時より小さくなったばあちゃんに手を振る。 昔はよく、出来たてのコロッケを頬張る為に買いに行ったものだ。懐かしの味に涎が出そうになる。
( …そうだ。確かあの頃、ちょうどコイツと同じような奴と買いに行ってたんだ。そうそう、あいつ…)
「…ひろと…」
「……ぅ…あっ…あお、ちゃ…ん」
幽霊が喋った。目の前に歩いてくる気配がする。
「ねえ、あおちゃん」
ついに話しかけてきた。話しかけられてしまった…。
名前に反応したのなら、コイツは、あの ひろと なのだろうか…。気になる。好奇心が抑えられない。少し見るだけなら、大丈夫だろう。
「あおちゃん…」
チラと幽霊を見遣ると、俯き前髪で隠れた瞳は、隙間から見え隠れしていた。二重で睫毛の長い瞳。鼻は高く顎はシャープで、上々なビジュアルではないか。
確かにコイツは ひろと かもしれない。
当時はそこまでイケメンだとか思ってなかったが、面影がある。
「あおちゃん、ずっと…好きだった…」
「…」
「男よりもかっこいい、あおちゃん。背も高いし、最初はヤンキーみたいで怖かったけど、ほんとはすっごく優しくて…。」
「……っ」
「女みたいだって、いじめられてた僕を助けてくれたよね。へへっ、懐かしいな…。本当にありがとう、あおちゃん」


「ひろとのばか…」
「わぁ!どうして泣くの?ごめんあおちゃん…泣かないで…」
「あぁ…どうして気づかなかったんだろ…そのまんまだったのに…塩投げてごめんな…」
「ちょっと痛かったけど、大丈夫だよ」
すっかり、あおちゃんは女性らしくなったと思う。前なんか僕よりも短い髪の毛で、金髪にしてたのに。今じゃすっかり黒髪ロングだ。
顔つきも、前より柔らかくなった。
「お前、なんでこんなとこに居るんだよ…早く戻れよ!」
「戻れって…?僕はあの日…」
「生きてるんだよ…。ベッドの上で、今でも…」


確かにあの日、僕は死んだはずだった。



沈んでいくのが分かる。
もがく事すら出来ない水圧が身体を襲う。

キラキラとした太陽が海を照らしていて、満点の星空の下に居るようだった。

波に揺蕩う僕はこのまま、消えてしまうのだろう。
ただ大好きなあおちゃんに、また会えないのだけが心残りだった。

あおちゃんと過ごした日々がパノラマのように流れる。
初めて会ったのは幼稚園。最後に会ったのは高校三年の夏。一緒に海水浴をした。
あんなにかっこよかったあおちゃんは、大人の女性に近付いていて、女々しかった僕は恥ずかしかったっけ。


朦朧としていると、誰かに触れられた気がした。

僕はてっきり、天のお迎えかと思ったが、違ったのだ。
…あおちゃん、君に助けられてばかりだよ…。


「…またぼくは、あおちゃんに…」
「ぁ…っ…ひろと!待て…っ!!」
「またね」
「おい!待てって…!」

そして僕はそのまま意識を失った。




「自分だけ、言いたい事ぶちまけてんじゃねえ…ばか…!」
そこに居たはずの彼は跡形もなく消えてしまった。
こうしてはいられない。そそくさと店じまいを行うと俺はひろとの待つ病院へ向かった。
「松永さん!今、長尾さん目が覚めました!」


「…あ、お、ちゃ…」
「喋んな…」

こっちにも言いたい事は山程ある。
でも、まずは…

「…おかえり、ひろと」

昔はあんなに可愛かったのに、かっこよくなったもんだ。背だって抜かされてる。

俺も好きなんて、まだ言ってやらねえ。

ただ、密かに愛を叫ぶ。
まだ見合う女性になりきれていないから。


おわり

5/11/2023, 8:51:20 AM

モンシロチョウ


ひらひらと空を舞う蝶々。
黄色に青に白の羽。
粉を残して去って行く。
肩に白い蝶が止まった。

…彼女の羽も白く美しかったことを、覚えている。


僕は、誰もいない図書室で夕焼けに照らされながら、本を読むのが至福だった。誰にも邪魔されないように、自ら図書委員に志願したが、利用者が少ないのもあり、殆ど一人きりの時間を過ごしていた。
「あ、このシリーズの本、新しく出たんだ…。ちょっとだけ読んじゃおっと」
人気作であろうが、一番初めに読めるのが図書委員の強みでもある。ただ、作業が進まなくなってしまう時もあるので、本好きにはただの誘惑になるのだが。
「やべ!もうこんな時間?!…んーっ…また夢中になりすぎた……」
やめられないとまらない、もうこれだけはしょうがないとすら思っている。
「あの…すみません、これ、お願いします」
「えっ?!わ!いつからそこに…。あっ、はい…どうぞ」
柔らかそうなサラサラとした黒髪が揺れる。目は丸く、白い頬に浮かぶ桃色は花弁が散っているよう。とても可愛らしい印象だ。
「今来たんですよ。ありがとうございます」
優しい声色が心をくすぐる。
「あっ!その本って、鴨平先生の新作ですよね?図書室にあったんだ〜」
「そっそうそう!今日入ったばかりなんです!…僕が一番に借りちゃってます…」
「うふふ、図書委員の特権ですね」
「へ、へへへ…」
彼女の笑い声が鈴の音のようで…とか、小説じみた感想を胸に、僕はこの好機を逃すまいと、一歩踏み込んでみた。
「あの、良かったら、一緒に帰りませんか?」
「…!良いですよ」

「実は図書室に来たの初めてだったけど、すごく静かだよね。もっと何人も居るのかと思ってた」
「お昼だと数人はいるんだけど、放課後はほとんど来ないんだ。テスト勉強してるところも、そんなに見た事ないかな」
「えーっ…漫画みたいに、こっそりカップルがお勉強とか、ちょっと憧れてたのに…現実は違うんだね〜」
いざ話してみると、彼女は気さくで分け隔てのない子だなと、思った。とてもいい子だ。
ただ、こんなに可愛ければ噂の一つや二つありそうだが特に聞いた事がなく、顔も初めて見る。たまたま、すれ違わなかったのだろうか。惜しいことをした気分だ。
「羽鳥くんは、彼女いるの?」
「えっ、い、いないよ…。横井さんこそ、どうなの?」
「私もいないよ」
「そうなの?絶対いると思った…!」
「うふふ、まだ一度もないんだよ」
彼女は少し恥ずかしそうに下を向いてしまった。



「実はね、私、羽鳥くんのこと知ってたんだ」
「えっ」
驚いて私を見つめる彼は、なんとも可愛い顔だと思う。
「猫に引っ掻かれそうになった時、助けてくれた」
「えっと…人違いじゃないかな?それ、僕じゃないよ」
「うふふ、合ってるよ。私、あの時のモンシロチョウなんだ」
背中から羽を出してみせると、舞った鱗粉が彼の顔に付いた。拭うように頬をなぞると、彼は赤面し、目を逸らされた。
「ごめん、理解できないよ…。そんな事、あるハズないじゃないか」
「ふふっ。可愛いんだから、羽鳥くん」
拭った頬にキスを落とすと、更に顔を紅く染める。
「今日はね、お礼と、告白をしに来たの。私のものになって欲しいな…って。…また来るから、考えといてね」
困惑している彼を置いて私は花畑へ飛び去った。

あの日、あのモンシロチョウが助けられているのを見てから私は、彼の事で頭がいっぱいだった。
あのチョウが私だったら良かったのにって何度も思った。

そんな時奇跡が起きた。
人間になれた私は、近づくほかないと、彼の事を調べあげた。

噂であのチョウが死んだ事も知っている私は、ラッキーだと、つくづく思う。

やっと、彼と…。

大好きな羽鳥くん、私を受け入れてくれるよね?





「あの時助けた、モンシロチョウ…?」

確かにそんな事をしたかもしれない。
だが、あのチョウは…

「…羽、もぎ取ったはずなんだけどな…」

まあいいか。
楽しめそうなチョウが現れたんだ。
遊ばないと失礼だよな。

「あの羽、取りがいがありそうだなー。でっかい天ぷらにしてもいいかも」

しばらく暇つぶしは、しなくて済みそうだ。



おわり

4/3/2023, 1:40:32 AM

大切なもの


僕の恋人は、僕から離れようとする。
愛し合ったはずのに、僕を拒絶しようとする。
僕は愛を求めてはいけないのかもしれない。
ならいっそ、独りで生きていこうと決めた。

昼下がりの午後、僕は誰もいない公園のベンチに腰掛け、昼食を摂っていた。仕事のことが重なったせいで遅めの昼食になってしまったが、散りゆく桜を眺めながらの食事は、独り占めしているみたいでいいものがある。
「…僕ももうすぐ30なんだよな…」
最後の恋人と別れたのは5年前。23歳の時に出会って1年付き合った。
正直自分の容姿はそこそこイケていると思う。二重のくっきりとしたアーモンドアイに筋の通った鼻、唇は少しふっくらしていて、口角がキュッと上がっている。男の割には可愛いと言われることも多いが、そこもまた気に入っていた。
そんな僕がフラれる原因は決まって「重いから」だった。恋人は皆逃げるように去っていくため自分のどこがどう重いのかも分からない。
「本当は恋人欲しいんだけどなー…」
「なら俺と付き合うっすか?」
「うわ!…なんだ山田か、ビックリさせんなよ」
突然目の前に会社の後輩の山田が、顔を覗き込むように現れた。いつの間にか隣に居たようだ。
「だって先輩全然気付かないんすもん」
「…考え事してたから」
「恋人の事っすか?」
「そうだけど君はもう少し遠慮というものを知ろうか」
不躾な山田だが、それに救われることもあったりなかったりする。
「えー…で、俺は候補には入らないんすか?優しいっすよ」
…やっぱり全くないかも。
「君は範囲外だから無理」
「冷たいなー。…俺は人間の方が範囲外っすけどね」
「死神同士の恋愛なんて、虚しいだけじゃないか…」
「ま、言わんとすることは分かるっすけど」

僕は死神としてこの世に生を受けた。人間の命を狩り取る邪悪な存在として。
好きでそう生まれたんじゃない。好きで狩ってるんじゃない。

人間に恋したのは、人間になりたかったから。
人間にとって大切なものを知りたかったから。

だが、種族の壁は越えられないらしい。
恋人を皆傷付けてしまった。

だから永遠にするために狩ったんだ。
僕にとっての大切なものは、皆の命だから。



おわり

3/31/2023, 1:09:36 PM

幸せに


私の友達のゆうはとても可愛い。
目が丸くて唇はふっくら。
面白いし品もある。
私の大好きな、友達。


家のチャイムを鳴らすと、ゆうは顔を覗かせて、待ってたと言わんばかりに抱きついてきた。
「ゆう!今日は何してたの?」
「何って、特に何もしてないよ」
「とか言って、楽しいことしてたの知ってるよ」
「何もしてないのに…」
ゆうは話し下手だ。私との付き合いは長いけど、ゆうは自分の話を深くしてくれない。だから私が問いかけるの。
「お絵描き、したでしょ?」
「確かにしたけど…」
「見せてよ。私、ゆうの絵好きなの」
「しょうがないなあ」
机からスケッチブックを取り出して、描いた絵を見せてくれた。
「…うん。綺麗だね」
水彩の柔らかなタッチが心をくすぐる。なんて温かいイラストなのだろう。温もりはじんわりと胸を満たしていく。
「…ゆう、大好き」
「知ってる」
私から抱き寄せると、ゆうが腕を回してきて、より密着する形になる。
「ゆうはどうして"あの日"…」
「その話はしないって、約束でしょ」
「…でも…私…」
"あの日"のことを思い出そうとすると、いつも靄がかかっていた。

あの日、あの暑い夏の日。私は死んだ。
それだけしか思い出せない。

ゆうは一息置いて、こう続けた。
「…わたしたちの幸せのためにって、言ったじゃん」
「ぁ…、ゆう、との?しあ、わ、せ…」
「そう。わたしたちの、幸せのために…」


あの日私はゆうと山に行った。
私達はそこで、幸せに、なるつもりだったのだ。
何もかも上手くいかない私達は似たもの同士で、家族よりも深い絆で結ばれていた。
結果、私だけが先立ってしまったのだけれど。

いつまでも側にいられるのは幸せかもしれないけど、求めているものとまた違う。
こうして、またお盆休みを無駄にしてしまった。

早く、ゆうもこっちの世界に連れてこないと…。



おわり

3/30/2023, 12:35:52 PM

何気ないふり


初めて、恋人ができた。
こうして隣にいる君が本物なのが信じられない。
いつもの君は僕の妄想の産物、幻だったから。

「ぼーっとして、どうしたの?」
「え、あっご、ごめん…」
君の栗色の髪の毛が揺れる。小柄で大きな瞳を上目遣いに小首をかしげる様は、愛くるしい小動物そのものだ。
「ほらっ、もうすぐイルカショー始まっちゃうよ」
「ホントだ!…行こう」
さり気なく手を繋ぎ急いでステージへ向かうと、ちょうどショーが始まった。
「ナイス滑り込み」
親指を立て絶妙なキメ顔をする君がかわいくてイルカどころではなくなってしまう。とりあえず僕も親指を立て返した。


「チンアナゴ、ひょっこり顔出してるのかわいかったな〜」
「ははっ、確かに。でもちょっとシュールだよね」
「分かる…!」
帰路につきながら、水族館で見たものの話をしていると、君は突然立ち止まり、前触れもなく真剣な表情で言った。
「ところでゆうとくんって、ストーカーだよね?」
「…え?ど、どうしてそう、思うの…?」
「ゆうとくんのことが好きだから分かるんだ」
君は細い指を僕の手にゆっくりと絡め口元に引き寄せ、僕の手の甲に唇を落とした。
「好きだから、知ってる」
心臓が痛いほど速い収縮を繰り返し、大きな音を立てる。頭の中でサイレンが流れ、何も考えられなくなる。
「あ、あの…そ、れは…」
「ふふ、固まってかわいいね。見てたのはあなただけじゃないってことだよ」
「…なに、いって…んっ」
僕の唇に柔らかなものが押し付けられた。
「あなたのこと好きだったの。あなたが私を知るずっと前から、ね」

何気ないふりして近づいて、こんな関係にまで持ち込んだのは、僕だけじゃなかったんだ。
否、最初から君の掘った穴に落ちたのは僕なのかもしれない…。



おわり

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