何気ないふり
初めて、恋人ができた。
こうして隣にいる君が本物なのが信じられない。
いつもの君は僕の妄想の産物、幻だったから。
「ぼーっとして、どうしたの?」
「え、あっご、ごめん…」
君の栗色の髪の毛が揺れる。小柄で大きな瞳を上目遣いに小首をかしげる様は、愛くるしい小動物そのものだ。
「ほらっ、もうすぐイルカショー始まっちゃうよ」
「ホントだ!…行こう」
さり気なく手を繋ぎ急いでステージへ向かうと、ちょうどショーが始まった。
「ナイス滑り込み」
親指を立て絶妙なキメ顔をする君がかわいくてイルカどころではなくなってしまう。とりあえず僕も親指を立て返した。
「チンアナゴ、ひょっこり顔出してるのかわいかったな〜」
「ははっ、確かに。でもちょっとシュールだよね」
「分かる…!」
帰路につきながら、水族館で見たものの話をしていると、君は突然立ち止まり、前触れもなく真剣な表情で言った。
「ところでゆうとくんって、ストーカーだよね?」
「…え?ど、どうしてそう、思うの…?」
「ゆうとくんのことが好きだから分かるんだ」
君は細い指を僕の手にゆっくりと絡め口元に引き寄せ、僕の手の甲に唇を落とした。
「好きだから、知ってる」
心臓が痛いほど速い収縮を繰り返し、大きな音を立てる。頭の中でサイレンが流れ、何も考えられなくなる。
「あ、あの…そ、れは…」
「ふふ、固まってかわいいね。見てたのはあなただけじゃないってことだよ」
「…なに、いって…んっ」
僕の唇に柔らかなものが押し付けられた。
「あなたのこと好きだったの。あなたが私を知るずっと前から、ね」
何気ないふりして近づいて、こんな関係にまで持ち込んだのは、僕だけじゃなかったんだ。
否、最初から君の掘った穴に落ちたのは僕なのかもしれない…。
おわり
3/30/2023, 12:35:52 PM