須木トオル

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大切なもの


僕の恋人は、僕から離れようとする。
愛し合ったはずのに、僕を拒絶しようとする。
僕は愛を求めてはいけないのかもしれない。
ならいっそ、独りで生きていこうと決めた。

昼下がりの午後、僕は誰もいない公園のベンチに腰掛け、昼食を摂っていた。仕事のことが重なったせいで遅めの昼食になってしまったが、散りゆく桜を眺めながらの食事は、独り占めしているみたいでいいものがある。
「…僕ももうすぐ30なんだよな…」
最後の恋人と別れたのは5年前。23歳の時に出会って1年付き合った。
正直自分の容姿はそこそこイケていると思う。二重のくっきりとしたアーモンドアイに筋の通った鼻、唇は少しふっくらしていて、口角がキュッと上がっている。男の割には可愛いと言われることも多いが、そこもまた気に入っていた。
そんな僕がフラれる原因は決まって「重いから」だった。恋人は皆逃げるように去っていくため自分のどこがどう重いのかも分からない。
「本当は恋人欲しいんだけどなー…」
「なら俺と付き合うっすか?」
「うわ!…なんだ山田か、ビックリさせんなよ」
突然目の前に会社の後輩の山田が、顔を覗き込むように現れた。いつの間にか隣に居たようだ。
「だって先輩全然気付かないんすもん」
「…考え事してたから」
「恋人の事っすか?」
「そうだけど君はもう少し遠慮というものを知ろうか」
不躾な山田だが、それに救われることもあったりなかったりする。
「えー…で、俺は候補には入らないんすか?優しいっすよ」
…やっぱり全くないかも。
「君は範囲外だから無理」
「冷たいなー。…俺は人間の方が範囲外っすけどね」
「死神同士の恋愛なんて、虚しいだけじゃないか…」
「ま、言わんとすることは分かるっすけど」

僕は死神としてこの世に生を受けた。人間の命を狩り取る邪悪な存在として。
好きでそう生まれたんじゃない。好きで狩ってるんじゃない。

人間に恋したのは、人間になりたかったから。
人間にとって大切なものを知りたかったから。

だが、種族の壁は越えられないらしい。
恋人を皆傷付けてしまった。

だから永遠にするために狩ったんだ。
僕にとっての大切なものは、皆の命だから。



おわり

4/3/2023, 1:40:32 AM