須木トオル

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モンシロチョウ


ひらひらと空を舞う蝶々。
黄色に青に白の羽。
粉を残して去って行く。
肩に白い蝶が止まった。

…彼女の羽も白く美しかったことを、覚えている。


僕は、誰もいない図書室で夕焼けに照らされながら、本を読むのが至福だった。誰にも邪魔されないように、自ら図書委員に志願したが、利用者が少ないのもあり、殆ど一人きりの時間を過ごしていた。
「あ、このシリーズの本、新しく出たんだ…。ちょっとだけ読んじゃおっと」
人気作であろうが、一番初めに読めるのが図書委員の強みでもある。ただ、作業が進まなくなってしまう時もあるので、本好きにはただの誘惑になるのだが。
「やべ!もうこんな時間?!…んーっ…また夢中になりすぎた……」
やめられないとまらない、もうこれだけはしょうがないとすら思っている。
「あの…すみません、これ、お願いします」
「えっ?!わ!いつからそこに…。あっ、はい…どうぞ」
柔らかそうなサラサラとした黒髪が揺れる。目は丸く、白い頬に浮かぶ桃色は花弁が散っているよう。とても可愛らしい印象だ。
「今来たんですよ。ありがとうございます」
優しい声色が心をくすぐる。
「あっ!その本って、鴨平先生の新作ですよね?図書室にあったんだ〜」
「そっそうそう!今日入ったばかりなんです!…僕が一番に借りちゃってます…」
「うふふ、図書委員の特権ですね」
「へ、へへへ…」
彼女の笑い声が鈴の音のようで…とか、小説じみた感想を胸に、僕はこの好機を逃すまいと、一歩踏み込んでみた。
「あの、良かったら、一緒に帰りませんか?」
「…!良いですよ」

「実は図書室に来たの初めてだったけど、すごく静かだよね。もっと何人も居るのかと思ってた」
「お昼だと数人はいるんだけど、放課後はほとんど来ないんだ。テスト勉強してるところも、そんなに見た事ないかな」
「えーっ…漫画みたいに、こっそりカップルがお勉強とか、ちょっと憧れてたのに…現実は違うんだね〜」
いざ話してみると、彼女は気さくで分け隔てのない子だなと、思った。とてもいい子だ。
ただ、こんなに可愛ければ噂の一つや二つありそうだが特に聞いた事がなく、顔も初めて見る。たまたま、すれ違わなかったのだろうか。惜しいことをした気分だ。
「羽鳥くんは、彼女いるの?」
「えっ、い、いないよ…。横井さんこそ、どうなの?」
「私もいないよ」
「そうなの?絶対いると思った…!」
「うふふ、まだ一度もないんだよ」
彼女は少し恥ずかしそうに下を向いてしまった。



「実はね、私、羽鳥くんのこと知ってたんだ」
「えっ」
驚いて私を見つめる彼は、なんとも可愛い顔だと思う。
「猫に引っ掻かれそうになった時、助けてくれた」
「えっと…人違いじゃないかな?それ、僕じゃないよ」
「うふふ、合ってるよ。私、あの時のモンシロチョウなんだ」
背中から羽を出してみせると、舞った鱗粉が彼の顔に付いた。拭うように頬をなぞると、彼は赤面し、目を逸らされた。
「ごめん、理解できないよ…。そんな事、あるハズないじゃないか」
「ふふっ。可愛いんだから、羽鳥くん」
拭った頬にキスを落とすと、更に顔を紅く染める。
「今日はね、お礼と、告白をしに来たの。私のものになって欲しいな…って。…また来るから、考えといてね」
困惑している彼を置いて私は花畑へ飛び去った。

あの日、あのモンシロチョウが助けられているのを見てから私は、彼の事で頭がいっぱいだった。
あのチョウが私だったら良かったのにって何度も思った。

そんな時奇跡が起きた。
人間になれた私は、近づくほかないと、彼の事を調べあげた。

噂であのチョウが死んだ事も知っている私は、ラッキーだと、つくづく思う。

やっと、彼と…。

大好きな羽鳥くん、私を受け入れてくれるよね?





「あの時助けた、モンシロチョウ…?」

確かにそんな事をしたかもしれない。
だが、あのチョウは…

「…羽、もぎ取ったはずなんだけどな…」

まあいいか。
楽しめそうなチョウが現れたんだ。
遊ばないと失礼だよな。

「あの羽、取りがいがありそうだなー。でっかい天ぷらにしてもいいかも」

しばらく暇つぶしは、しなくて済みそうだ。



おわり

5/11/2023, 8:51:20 AM