シャイロック

Open App
5/17/2025, 3:20:31 AM

手放す勇気

 子どもたちは大きくなって独立していった。この家を手放して、夫婦で老人ホームに入った方がいいかな。庭を眺めながら考えていた。
 先日、「最後の」と称したクラス会があって、けっこうな人数が亡くなっているし、ホームに入った人も多かった。身辺整理を早めに済ませて、お金はかかるが清潔で3食付きのホームは温度管理も完璧で、快適だそうだ。
 「あなた、どうしたの?」何度か声をかけられたのに、聞こえなかったらしい。
「うん、ほら、この家もだいぶ古くなったから、売れるうちに処分して、2人でホームにでも入った方が、これからのために良いのかなと、考えていた」
「えーっ、イヤよぉ。長年住んだこの家で暮らしたいわ」
「この間、俺クラス会に行っただろう?40人のクラスで28人死んでて、5人ホームに入ってた。そのうちの1人が来ててさ、いろいろ聞いたら良さそうだったんだよ」
「だって、ここから出るなんて!この家から出るなんて!ここに居たい!」
「俺たちももう80歳だよ」
 俺が建てた家だし、妻と同じで愛着はある。だが、私たちが死んだあと、子どもたちが処分に困るだろう。手放す勇気も必要なんだがなぁ。

No.199

5/15/2025, 3:42:46 AM

酸素

 亡くなった義父は、肺炎で片方の肺が使えなくなり、酸素ボンベからチューブで鼻に送られる酸素を吸いながら生活していた。
 そんな身体でも、毎日散歩に出かけて、小一時間帰ってこない。義母が一緒に行くと言っても「一人で行ける!」と怒る。しょうがないので家族も見守っていた。
 そんなある日、小学生だった娘が言った。「おじいちゃんに会ったよ」通学路の途中に小さな階段があり、そこに腰掛けてタバコを吸っていたという。
 「タバコ?!」私と義母は驚いた。主治医からも厳禁されていたし、うちにタバコは置いていない。どうやって?
 義母が「お父さんタバコどうしていたの?」と聞いても答えない。「もう吸わないから良いだろう!?」の一点張りだったので、酸素吸わなきゃいけない状況なので、タバコは止めてと言っても返事もしない。
 最晩年はさすがに散歩にも行けず、脳幹出血で急に亡くなった。
 亡くなったあと「亡くなったから言うけど」と、付き合いのある電気屋さんに聞いたのは、店に入ってきてタバコを買い(併設されていた)1本吸って、店主に預けて帰っていたという。娘が会った時は、庭の木に隠してあったのを吸っていたのだが、見つかって取り上げられて、電気屋さんに行くようになっていたのだ。
 考えたなぁ、と、思わず感心した。酸素を吸わないと苦しい身体でも、タバコを吸いたかったんだな。

No.198

5/14/2025, 3:24:37 AM

記憶の海

 こんなに次から次へと、昔のことを思い出すなんて、わしもそろそろお迎えがくるのかのぉ。
 ちっちゃな頃の両親の顔なんて、忘れていた。おじいちゃんとか、ひいじいちゃんとか、たぶんそのへんの人も思い出した。本家の伯父さんも居たな。
 こうして目を瞑っていると、知らない人や場所も見えるが、この人たちと会ったり、ここに旅行に行ったりもしたのかも知れん。
 あーまるで、記憶の海じゃ。
 もしかしたらこれが、死ぬ前に見る「走馬燈」というやつか!

No.197

5/13/2025, 3:31:42 AM

ただ君だけ

お金もいらない
名誉もいらない
友だちもいらない
この広い世の中に
ただ君だけ居てくれれば良い


なーんて言われたかったなぁ!

No.196

5/12/2025, 7:34:06 AM

未来への船

 新しい船が出来上がった。街中大喜びだ。この船に乗れば、新しいところに行ける!
 だが、これから抽選があり1000人選ばれる。当たれば大金を支払う。だから当たっても乗れる人間はわずかだ。それなのに、みな競って抽選に参加したがる。たぶん、当たれば船に乗れなくても良いことが有ると思っているのだろう。
 かく言う私も、姉と抽選に出かけた。もう70才なんだから、新天地に行けても、そんなに長くないかも知れない。化学物質や大気汚染で、この国の平均寿命は65才だ。
 抽選会場は、ぐるぐると取り囲む抽選待ちの人で、何日かかるか分からない。「カエデ、私はもういいわ。こんなに待てない」と、姉は帰ってしまった。
 やっと私の番が来たのは、丸一日経ってからだった。でも、後ろにもまだすごい人数が待っていたから、まだ運がいいのかも知れない。
 抽選は、手の甲に何やらピッとされたが、無色透明で、どこかも分からなくなった。でも、手を洗ってもだいじょうぶだと言われた。発表は5日後で、この無色透明のがオレンジに光ったら乗船事務所に来いとパンフレットに書いてある。
 その日が来た。何時から発表だったかな?などと呑気なことを考えていたら、外で歓声が上がった。「わ〜い、当たった!当たったぞ~!」と、手の甲を見せながら喜びあっている人が、3人見えた。
 そうか、当たったのね。自分の手の甲をみたが、光っていなかった。
 こうして未来への船は、何日か後にまた1000人乗せて旅立つのだろう。私はもういいわ。この街も汚いけれど悪くはない。
 
No.195

Next