届かない……
足に出来物があり、あちこちに出来ては引っ込んだが、今は膝の後ろで非常に痛い。熱を持っていて熱く痒い。その場所が、万力で締め付けられるように痛み、歩くのも辛い。
主治医は「痛み止めを飲んでください」
その主治医から皮膚科に回してもらった。組織を取って検査をしたのに、原因も治療法も分からない。何が出来たのかも分からない。
鎮痛剤を飲んでも、痛み全部は引かない。おまけに、高熱も出る。出ては解熱剤で下げる。鎮痛剤と解熱剤は1つのものなので、飲むタイミングが難しい。4時間経てば飲めるそうだが、痛みはすぐに引くけどすぐにまた痛くなる。熱は上がりきらないと解熱剤の効き目が悪いらしい。
痛みを押さえても、熱には届かない。熱を下げても、痛みには届かない。因果なことである。
私、そんなに悪いことした?そりゃ、横断歩道の無いところを渡ってしまったり、10円玉拾って着服したり、その程度のことはしますよ、はい。
No.192
木漏れ日
近くに公園がある。真ん中に大きな沼があり、メタセコイヤの高く伸びた幹が、ずらりと
並んで壮観だ。1周1キロになるランニングコースもあり、もちろん子ども向けの遊具がある場所も広く、そうとう大きな公園だ。
夏は、公園に入った途端に、すーっと涼しく感じる。グリーンクーラーというのはこれだなと思う。冬には木漏れ日が暖かく、気持ちが良い。
子どもたちが小さい時は、よく連れてきてたっぷり遊び、子どもも私も友だちが出来た。そのママ友とは、30年経った今でも付き合っている。
早朝も夜も、ランニングの人が走っているので、一人歩きしていても心配がない。
近くに、これだけの規模の良い公園があって、とても幸せだと思う。
No.191
ラブソング
妻を亡くしたばかりで一人暮らしの私は、最近モールのフードコートで食事をすることが多くなった。妻とたまに来ていたここで、周りのたくさんの人たちを眺めていると気が紛れる。
サンドイッチを齧っていると、BGMにふと耳が行った。ラブソングが流れている。それを聴いているうちに、思い出が溢れ出た。
いつかここで妻が言った。「私、この曲好きなのよね。聴くとなんだか胸が熱くなるの」「いい思い出でもあるのか?」「いやぁねぇ、忘れたの?二人で観た映画の曲よ。初めて手を握りあったときの。さぁ、何という映画でしょう?」「う〜ん、分からん」「もぉっ、あなたってそういう人よねぇ」言いながら、怒っているようではなく、楽しそうだった。
もう60を過ぎてからの話だ。恋愛時代のそんなことを妻は覚えていて、今でも胸を熱くしてくれるのか。その時、そう思ったのも思い出した。
私にとって、本当に貴重な惜しい人を亡くしたものだ。いつの間にか流れていた涙をそっと拭いながら、つくづくそう思った。
No.190
手紙を開くと
手紙を開くと、イチョウの葉が一枚はらはらと落ちた。
ん?イチョウ?どうして?
手紙には、妻を亡くした私への慰めと、妻への鎮魂の言葉が、丁寧につづられていた。
調べてみると、イチョウには「長寿」「荘厳」の他に「鎮魂」の意味もあった。
妻の教え子の女性だから、妻への尊敬や、心からの鎮魂の意味を込めてくれたのだろう。
どんなに慰められても、妻を亡くした哀しみは癒えるものではないが、そんな心遣いが嬉しかった。
No.189
すれ違う瞳
スクランブル交差点でたくさんの人が渡る時、何故か、亡くなった人も混じっている気がする。すれ違ったり行き過ぎたりする人たち全部を知っているわけではないので、たまに混じっていても不思議ではない。
素知らぬ顔ですれ違う瞳。そういう人は相手を見ていないけど、でもなんか気づいて欲しいような、ややこしい気持ちで歩いてくると思う。
気づいたところで、どうしょうもないのだが、成仏出来ていない人が、最後の悪あがきで承認欲求を満たそうとしているのかも知れない。
No.188