シャイロック

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酸素

 亡くなった義父は、肺炎で片方の肺が使えなくなり、酸素ボンベからチューブで鼻に送られる酸素を吸いながら生活していた。
 そんな身体でも、毎日散歩に出かけて、小一時間帰ってこない。義母が一緒に行くと言っても「一人で行ける!」と怒る。しょうがないので家族も見守っていた。
 そんなある日、小学生だった娘が言った。「おじいちゃんに会ったよ」通学路の途中に小さな階段があり、そこに腰掛けてタバコを吸っていたという。
 「タバコ?!」私と義母は驚いた。主治医からも厳禁されていたし、うちにタバコは置いていない。どうやって?
 義母が「お父さんタバコどうしていたの?」と聞いても答えない。「もう吸わないから良いだろう!?」の一点張りだったので、酸素吸わなきゃいけない状況なので、タバコは止めてと言っても返事もしない。
 最晩年はさすがに散歩にも行けず、脳幹出血で急に亡くなった。
 亡くなったあと「亡くなったから言うけど」と、付き合いのある電気屋さんに聞いたのは、店に入ってきてタバコを買い(併設されていた)1本吸って、店主に預けて帰っていたという。娘が会った時は、庭の木に隠してあったのを吸っていたのだが、見つかって取り上げられて、電気屋さんに行くようになっていたのだ。
 考えたなぁ、と、思わず感心した。酸素を吸わないと苦しい身体でも、タバコを吸いたかったんだな。

No.198

5/15/2025, 3:42:46 AM