シャイロック

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手放す勇気

 子どもたちは大きくなって独立していった。この家を手放して、夫婦で老人ホームに入った方がいいかな。庭を眺めながら考えていた。
 先日、「最後の」と称したクラス会があって、けっこうな人数が亡くなっているし、ホームに入った人も多かった。身辺整理を早めに済ませて、お金はかかるが清潔で3食付きのホームは温度管理も完璧で、快適だそうだ。
 「あなた、どうしたの?」何度か声をかけられたのに、聞こえなかったらしい。
「うん、ほら、この家もだいぶ古くなったから、売れるうちに処分して、2人でホームにでも入った方が、これからのために良いのかなと、考えていた」
「えーっ、イヤよぉ。長年住んだこの家で暮らしたいわ」
「この間、俺クラス会に行っただろう?40人のクラスで28人死んでて、5人ホームに入ってた。そのうちの1人が来ててさ、いろいろ聞いたら良さそうだったんだよ」
「だって、ここから出るなんて!この家から出るなんて!ここに居たい!」
「俺たちももう80歳だよ」
 俺が建てた家だし、妻と同じで愛着はある。だが、私たちが死んだあと、子どもたちが処分に困るだろう。手放す勇気も必要なんだがなぁ。

No.199

5/17/2025, 3:20:31 AM