大好き
「愛してる」という言葉よりも「大好き」の方が好き。60代の私には、愛してるという言葉はなかなかハードルが高い。
多分、今まで何度か恋愛もしたが、愛してるとは言ったことがないと思う。
家族のことも、大好きだけど、愛してるというのは面映ゆい。なんだろね、この感覚?
私は、大体の人は大好き。どんな人でも良いところがある。苦手かな、と思う人は居るけど、いつも仏頂面のその人がニヤっと笑ったりするともう、大好きになる。安易だ(笑)
だから、みんなみんな大好き〜!
No.141
叶わぬ夢
親の敷いたレールの上を歩まされていた私は、自分の夢を持つことが出来なかった。
途中から私は、夢を持たないようにしていた。たとえ小さな希望でも、口にしたら否定され、潰されてきたから。
親は絶対で、親の言うことは1つも間違いがない。だから親の言うことは聞かなければならない。これほど極端に、親の権力が強い家は、今はほとんど無いと思う。聞かなければ暴力も有りだった。完全に恐怖政治だ。
私自身は、子どもを頭から押さえつけずに、なるべくダメならダメな理由を話して、納得させるようにしている。間違っても暴力暴言はしない。時代もあるしね。
私が結婚を決めたのは、30をだいぶ過ぎてからだった。親友は「レイコ、あの家を出るために結婚するんじゃないでしょうね」図星だった。
まるっきり嫌な相手とは結婚する気にならないが「これで、ここを出られる」と思ったのは事実だ。
見ないようにしていたけれど、私の叶わぬ夢は、家を出ることだったのかも知れない。
No.140
花の香りと共に
カランコロンとカウベルがなって、花の香りと共に、女性が2人入ってきた。
「あら、私のがカウンターよ」
「やだ『日の出』さんとの付き合いはうちの方が長いのよ」
「そんなに変わらないじゃないの!それより私の方が貢献してるわよ」
「マスター、どっちをカウンターに置く?」
「う〜ん、カウンターのスペースあんまりないからなぁ」
この店は、私が30年もやってきたが、去年ガンの治療のため一時たたんだ。だが、再開すると言ったらたくさんの常連さんから花が届いて、そんなに広くない店はいっぱいだ。
うん、まぁもちろん嬉しいんだが、常連さん一、ニの彼女たちにこんなケンカみたいなことにはなって欲しくない。
「そんなさ、自分たちの方が胡蝶蘭よりずっと綺麗なんだから、争わないでよ」
「あらん、いやね〜マスターったら」「そうねぇ、どこに置いても花は必ず枯れるけど、私たちはまた毎日来るわ」
「そうだよ!ほらこうして・・・」カウンターの上に、背中合わせに2つの鉢を並べて、入ってきた人が見える位置と、トイレに行ったり雑誌を取りに来た人が見える位置になった。
「これで、妥協してくれるかな、美人さんたち」
「うふふ、マスター口がうまいんだから!」
そう言いながら、二人は満足そうに胡蝶蘭に顔を寄せた。花の香りと共に、問題は解決したらしい。
No.139
心のざわめき
その朝、いつも起こしに来る父が来なかった。寝坊助の私は、いつもギリギリまで起きなくて、父が部屋まで起こしに来ていた。
時間が来ると、なんとなく外や家の中の様子を伺いながらうとうとと惰眠をむさぼっている私だった。
だが、いつも来る父が来ないことで、心のざわめきを感じていた。しょうがなく、起こされていないのに起きて行って、父の部屋を覗いた。「おとうさん」と呼ぶと、「あぁ」と返事をしたが、なんとなくいつもの父と違う。
「どうかした?」「足が、な」だいたい、短気ですぐ怒る父が、こんな風に返事をすることだけでおかしい。声もくぐもっていた。わたしはまた心がざわめいた。
「足が?どうしたの?」試しに父がアゴで示した左の足を触ってみると、持ち上げたが力なくダラッとしている。
これは、脳だ!その時点では脳出血か脳梗塞か分からなかったが、異常を確信してからは、我ながら早かった。
救急車を呼んで、別室に居た母を呼び、自分の会社に休暇の電話をして、身支度をして、怯える母の代わりに私が救急車に乗って、地元の大病院に運ばれた。
結果は脳梗塞で、それから66日間入院して、父は帰ってきた。発見が早かったので、血管に詰まったプラークを溶かす薬がよく効いて、左手と左足にわずかに麻痺が残った程度で、日常生活は普通に出来るほどに回復した。
実は、ちょうどその1年程前から、救急車の音を聞くと心のざわめきを感じていた。そして、その後はピタリと感じなくなったのだ。胸騒ぎって有るんだなと、あの時思った。
No.138
君を探して
君を探して、もう何年になるだろう。君を求めて、君を探して、どれだけ歩き回ったことか。
私の妻は突然居なくなった。それ以来、親類や、知る限りの妻の友人のところに訪ね歩いたが、誰もが気の毒そうに哀れむように私を見るが、色よい返事は得られなかった。
毎日、新聞の事故の欄はくまなく見て、テレビニュースも欠かさず見ている。でも、妻に関連しそうなことは、1つもなかった。
70歳過ぎでは、まさか男を作って出ていったのではあるまい。それなら、私のどこかに気に入らないところがあったのだろうか。
いろいろ考えたが分からない。
「おとうさ〜ん」
玄関のほうが騒がしい。娘が小さな孫を連れて来たのだ。一人で居る私を気遣って、時々こうして来てくれる。
「おうっ、由美子、カリナも来たのか!カリナ、こんにちは」
「おじいちゃんこんにちは!」
年少組のカリナは、とても可愛い。遊んでいる横顔を見ているだけで、心が和む。
お茶を淹れた由美子が隣に座って「ねぇ、お父さん」と話しかけてきた。
「どうした?」
「もう、お母さん探すの止めて。藤沢の叔父さん家なんか、今月5回も行ったんですって?」
「行ったけど、5回?そんなに行ったかな」
「ね、お母さんのことは諦めて。太田の伯母さんも何度も来られて迷惑してるって言ってたよ」
「だがなぁ、春子に帰ってきてもらいたいからなぁ」
「帰って来ないのよ、悲しいけど」
「見つかってみないと分からないだろう」
「お父さん、お母さんは亡くなったの。去年の秋口に、脳出血で倒れてそれっきり!」
No.137