心のざわめき
その朝、いつも起こしに来る父が来なかった。寝坊助の私は、いつもギリギリまで起きなくて、父が部屋まで起こしに来ていた。
時間が来ると、なんとなく外や家の中の様子を伺いながらうとうとと惰眠をむさぼっている私だった。
だが、いつも来る父が来ないことで、心のざわめきを感じていた。しょうがなく、起こされていないのに起きて行って、父の部屋を覗いた。「おとうさん」と呼ぶと、「あぁ」と返事をしたが、なんとなくいつもの父と違う。
「どうかした?」「足が、な」だいたい、短気ですぐ怒る父が、こんな風に返事をすることだけでおかしい。声もくぐもっていた。わたしはまた心がざわめいた。
「足が?どうしたの?」試しに父がアゴで示した左の足を触ってみると、持ち上げたが力なくダラッとしている。
これは、脳だ!その時点では脳出血か脳梗塞か分からなかったが、異常を確信してからは、我ながら早かった。
救急車を呼んで、別室に居た母を呼び、自分の会社に休暇の電話をして、身支度をして、怯える母の代わりに私が救急車に乗って、地元の大病院に運ばれた。
結果は脳梗塞で、それから66日間入院して、父は帰ってきた。発見が早かったので、血管に詰まったプラークを溶かす薬がよく効いて、左手と左足にわずかに麻痺が残った程度で、日常生活は普通に出来るほどに回復した。
実は、ちょうどその1年程前から、救急車の音を聞くと心のざわめきを感じていた。そして、その後はピタリと感じなくなったのだ。胸騒ぎって有るんだなと、あの時思った。
No.138
3/16/2025, 5:52:39 AM