愛子

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3/15/2026, 7:32:26 PM

蜜柑の日記

いつだったか集合体恐怖症の知人が自然のものには恐れを抱かないという話をしていた。
例えば蜜柑の斑点模様には恐怖を感じない、など。
水っぽいハズレの蜜柑をもしゃりと食んで飲み込んだ。
喉仏が鼓動のようにごくんと言って、軽い瑞々しさが流れる。川が喉に住み着いて居なくならない。
その知人の発言がわからないわけでも無かった。
蜜柑とそのグミでは全く得るエネルギーの種類が違うと思う。
同じように、自然とそこから離されたものでは精神に与えるピュアさが違うと思った。

3/14/2026, 10:11:42 AM

白い蜘蛛の糸


朝はひどく眩暈がした。腹の底から這うように湧き上がってくる倦怠感が白い室内に入り込む、眩しいくらいの日の光に刺される。少し前に祖母が死んだように、病院の人工的な直線と共に死ぬのは私の確固たる未来だと感じさせられた。
病室に持ち込めるのはスマートフォンなどの必需品のみだったので、途方もない繰り返しの日々を傍観することしかできない。少なくとも、あと二ヶ月ほどはそうだろう。繰り返していく中で少しずつ柔らかくなる二の腕と静かに濁りゆく身体の微々たる変化を私は焼き付けるように眺めていた。
遠い天井の白に向かって息を吐く。思うより細く吐いたそれにさえ微かな命の息吹きを感じた。

3/13/2026, 3:37:00 PM

人魚


ガリガリと、赤い鱗のような肌を粉が舞うほど掻いた。
油断してはならない。本当は掻きむしるべきでも無かった。
赤ん坊のころベビーパウダーすらも拒絶した肌は15歳になった今も、薬局の化粧水を拒んでいる。
顔はうねうねと攀じるミミズのように腫れ、一部には象のような瘡蓋ができていた。
皮膚科の薬を擦るように塗る。じんじんと熱い痛みが気休め程度に和らいだ。
しかしそれにすら無性に腹が立つ。
強く手を握りまた開き、掻き毟りたい衝動を苛々とした感情に変えた。
開いた手のひらは仄かに色づいている。
いま全身は真っ赤なのではと思うと、薄く笑いが込み上げてきた。
上がった口角は頬の荒れた皮膚を引きずる。
ぽたりと液体が垂れたのは無意識で、頬を伝う海のような塩水は、ピリピリと肌を痛めつけた。

3/12/2026, 2:07:09 PM

モナリザ


蜂蜜のような目のロリータ服の少女を、舐めるように見つめた。今少女は私と全くの別物となり、私の仄暗い嫉心が唆されるのを感じた。絵に嫉妬だなんて間違っている。しかし同時に私は常に正しくもあった。私がこの少女を描いたというのは正しい私への罰としか言いようがない。憎しみが込められるほど甘く光る絵の女に私は酷く息苦しさを感じた。どこをとっても可愛らしい。そんな姿のために私は少女を描いたはずなのに、その姿は私を夢のように圧迫していた。これだから可愛い女の子は、描いていて苦しかった。

3/11/2026, 9:36:09 PM




山脈のような手だった。きめ細かな皺が生き生きと根を張るように全身に伸びている。
おばあちゃんの手が好きだ。
小さい頃にあれやこれやと指を指してもらってはものの名前を覚えた記憶がある。
私は生粋のおばあちゃん子であるので、おばあちゃんよりもとても身長が高くなった今でもソファに寝そべってはよく撫でてもらう。
おばあちゃんの水を弾くような皮が張った手は、触っても擦れるだけで、そこにはわずかな心地よさしかない。
しかし私の頭を下から上へと撫でる手の感覚にひどく重さを感じた。
同時に、その重みと無意識の甘えがでるこの時間にまたひどく落ち着きを感じていた。
うつらうつらとしながら語りかける。学校のこと、部活のこと、文章のこと。
祖母は昔小説を書いていたらしい。井上ひさしに一度文章を褒められたという話をうんと自慢げに、私へと言って聞かせた。
暫くして私が
「おばあちゃんは、また文章は書かないの?」
と尋ねた。その時の遥か遠くを見つめた祖母の目をよく覚えている。リビングの扉よりも、またその先の玄関よりも遠く、亡くなった曽祖母よりは近いところ。
少し掠れた呟くような声で
「おばあちゃん、もう疲れちゃったからねえ。人生に。」
と、そう答えたおばあちゃんの手はまだ脈々と生が流れておりまた負けないくらいの皺があった。
そしてその後から、私はおばあちゃんの手を見るたびに少し違った寂しい予感を感じさせられるのだった。

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