夢のはなし
もう二度と試験は受けたくないけれど、会場から出て顔を上げた瞬間の空ががあまりにも澄んでいたのを覚えている。多分あの時の好きな人もそうだった。きっと彼も私と同じ空を見上げて他のことなんて考えず解放されていたのだ。ロイヤルブルーの空は貴方によく似合う。小学生の頃の話だ。今思えば、あの恋がゆるやかにゼロに向かっていったと共に私の中での何かが変わったと思う。それは小学生というあまりに幼い時から、高校生という子供の余韻を残した日々に移り変わるには必然だったのかも知れない。
恋の話をしよう。小学校の頃の私は輝いていたもので、テストでは100点を取り跳び箱を飛べば10段というような日々だった。もう何年生の話かは覚えていない。プライドが高かった。というより、無邪気に自分はなんでも出来ると思っていたから毎日を光るように過ごした。光るように人を好きになった。同じクラスの、塾も同じ男の子。なぜだかその人の笑顔が好きで、訳もわからず掃除の時間に話しかけてもらうように近くにいた。それも確かコツがあって、床拭きのタイミングを合わせる事で雑巾絞りの時同じバケツの近くに居るようにしていたのだ。その時私が図々しく下の名前を呼んだものだから、ちょっと驚かれてそれがもっと好きにさせた。
悲劇は起こらなかったが、変化は起こる。私が塾を休み始めたのだ。次第には学校も行かなくなった。なんでだろうな、多分受験になんだか疲れちゃったのだと思う。今も疲れている。彼との思い出もそこら辺の時期が最後だった。正確に言えば、卒業式でも少し話した気がしなくも無いのだがなんだか私にとって残っているのはそこら辺であった。
不登校になってから半年後くらいのこと。運動会の見学でもう一人学校にあまり通っていない、後の親友と保護者席に座っていた。必死で準備体操をする同級生を目に入れて変な気持ちになっていたものだ。自分がそっちに居ない事が、必然だけれど不思議だったから。そんな私を置いて皆んなは走る。校庭を2周するのが懐かしい。6年生の男子は3周するからちょっと大変だった。もう私はずっと好きな人を眺めることしかできなくて、それがある種の幸せを感じさせた。そんな時、好きな人が手を振ってくれたのだ。私に向かって。どうして嬉しいって言葉が出なかったんだろう。多分小学生の私の気持ちが言葉を追い越していた。それが1番最後の記憶で、大切な思い出。それから先は私の未練のような彼の残像のような記憶でしかなくて、なんだか悔しくさせるのだ。といってもその後5年ほどは出会いも無くやっぱりその人を思い続けていたので、随分とまあ、陰湿な女になったものだ。私も。
光るように人を好きになったあの時の私はもう居ない。それが意味するのは恋だけでなくあの無邪気な日々も思い出させた。思い出は美化されると誰かに言ってもらいたいものだ。もう少し悪い記憶でないと今の自分が悲しく思えてしまうから。でもやっぱりあの時の自分は眩しいもので、良いところだけ見ていたい気もした。複雑な乙女心である。
今も小学生の好きな人を思い出す。笑った時の目が眼鏡とよく似合っていた男の子。小学生の彼を高校生の私が引きずっているとしたら心底気持ち悪い話である。もう恋では無い。全く恋心は無いのだ。きっと彼は私の小学校時代の象徴だった。あの輝かしい日々の。彼を思い出す度恋心がなくなっていく度、憧れがどんどん捩れていったような感情が積もっていく。醜い話である。そうして出来た高校生の私がまた彼を思い出す。あの時、手を振ってくれてありがとう。
さっきテレビの切り抜きが流れてきたんだけどその中で田舎に住んでるお調子者の女の子が「東京の人なんですか!?すげーっ!」って言ってて、少しして田舎の夜の澄み切った空気だとか真っ黒な空にある星と微かな蛍光色の電柱の光、それを反射する色褪せたやけに黄色味の強い草を踏んで歩くサンダルの隙間のざわざわとした足の感覚だとか、そういうものを想像して、それがやけに生々しくて少し心が静かになった。
右腕が大事だった。テセウスの船を知ってる?私はどこまで私じゃなくなったら逸脱するのだろうか。
絵が好きだった。この手のひらを幸せに使って絵を描いていた。いつか思う。事故で私は絵を描けなくなったら、右腕がなくなったら、脳に異常をきたしたら、どこまで私といえるのか。私は化け物になりたい。私は絵を描きたい。でも絵を描いている人なんて星の数いてその中で太陽になるなんて一握りで………
太陽は暖かった。草原は腐るほど良い匂いがした。地面の湿った土に手を重ねるとほろほろと笑うように崩れていった。わははは、私は何がしたかったんだろうか。幸せになりたい。幸せに、なりたい。
リオ
貴方はうさぎとして可愛いと私は思う。丸い黒目に毛先が白く垂れた耳、まつげは茶色かった。ルッキズムがある世界だったらその茶色のぶちぶちの毛皮は好かれないかもしれないけれど貴方にはルッキズムが無かった。乾いた野菜をもしゃもしゃ咀嚼する。食べているときの横顔が生命って感じでほんとうに嫌だ。居るんだね、生きているんだね。頭が悪いから眠いときは誰にでもわかるくらいぼーっとする。嬉しいときははしゃぐ。私はそんな貴方にいつも嫌がらせをする。もう貴方なんてすぐに失くなればいいと思う。ぱさぱさと瞬きのたびにまつげを重ね可愛らしく在る貴方の寿命は8倍早く、春を告げる合図は貴方の死かもしれないと思った。死なないで。いつか貴方の遺体が手の中でできると思うと心が冷たくなっていくようだった。リオ、死なないで。
カウンセラーの先生が男だから家でカウンセリング
できない
寒い。自殺しようと思って十五の冬にドラッグストアに行ったけれど睡眠薬が無かったから紫のチークを買った。ラメが多すぎてあんまし可愛くない。カウンセラーの先生は男だからメイクをしない。
寒い。先生が男だから家でカウンセリングできない。お母さん。お母さんは、カウンセラーを男で私を女だと思っている。星が綺麗だ。でも貴方は気持ち悪い。空が綺麗だ。
そんな話をされた二年前を思い出してチークを買った。638円税込。とても寒い。