9
私がゆっくり目をあけると、飛び込んできたのは近づけすぎてぼやけたきみの目。
「あら、やっと見れたわ。私の日の出。」
少しむすくれた顔が可愛くて、顔にかかってくすぐったいきみの髪を指に絡めながら問いかける。
「私のこと?」
「そうよ、当たり前じゃない。出会った時からずっと私を見てくれてる真っ黒な太陽。ずぅっと私と皆既月食してるから真っ黒なのよ。」
「ふぅん、そうしたらきみはお月様なの?」
「そうよ。私とあなたは一緒の存在じゃないし、一緒にはなれないけれど、同じ早さで同じように進んで動いていくの。だから、あなたは私の太陽。」
カラーコンタクトと髪染めで目も髪も金色のきみは、至極当然のようにこれからも自分たちはずっと一緒にいるのだと暗に伝えてくる。
「寝起きの私の目を日の出に例えるなんて、きみも中々くさい人だね。」
「ま、失礼なひと。」
頬を膨らませながら私の心臓の位置に頭を預けるきみの体は暖房で温められていて、なんだか猫のように思えて頭を撫でた。
「私たち、何があっても一緒にいましょうね。
これを見てる方も、そうよ。ずぅっと、私たちと一緒にいましょうね。」
16
「マァ!あなた、おやめなさい。みっともないですヨ。」
「エヘヘ、お母サンごめんなさァい。だって、こうすると男の人達が吸ってるタバコみたいになるンだもの。」
「全く……。お父さんが見たらなんて言うと思う?」
「ウゥン……大人になったなァ?」
「コレ、ふざけないの。女の子なンだから、慎ましくお淑やかになさい。」
「はァーい。」
少しだけ拗ねたように膨れた子供の林檎色の頬に、母親の手袋に包まれた手が触れる。
愛に満ちた顔で我が子を見つめ、頬から手を離し、手を繋ぐ。
「サ、早く帰らないと。今夜はあなたの好きなオムレツよ。嬉しい?」
「うん!お母サンのオムレツ、大好きだモン!お母さんの子に生まれて、あたし凄く幸せ!」
「マ。さっきまでむすくれていた子はどこにいったのかしら?」
「知らなァい!」
母親よりも先を走る小さい子供の口から、また白い息が揺蕩う。
手を繋いだまま駆け出す我が子に、つんのめりながらも小走りでついていく母親が諌める気配は全くない。
だって、ただ己の愛しい子が元気に走る様子が愛おしくてたまらないから。
結局どんなにふざけていても、おどけていても、笑ってる我が子がそこにいれば、それだけで母親は幸せだから。
だから、こうやってはしたなく走った事は、家に着いて、ほんのちょっぴりのお説教でおしまいにする。
お叱りだって、愛であることに変わりはないのだ。
19
貴方から告白してもらった時、私は断る理由がなかったから頷いた。
だって貴方はいつも優しくて、面白くて、一緒にいてとても楽しかったから。
でも私、こうも言ったわ。
「まだ、これが恋なのか、友愛なのかわからないの。それでも私でいいの?」
貴方は照れくさそうに頷いた、だから私は貴方とパートナーの関係になったの。
でも、関係を結んですぐ貴方は毎回同じ言葉を口にするようになった。
「俺はパートナーだよ?」
「俺は君の彼氏なんだよ?」
本当に酷い人。
怖がりな私の手を引いてくれる姿を信用していたのに、裏切ったのよ。
貴方の愛は私に向けてじゃなかった。
彼氏という立場に憧れて、それを掴むために私を利用しただけ。
友達の関係だった時はあんなに楽しかったのに。
今は貴方から何か感情を向けられても、風みたいに私の体を吹き抜けて、そのまま何処かへ消えてしまう。
ひどい、ひどい。
いっそ、肉体でも目当てにされていた方が良かったとすら思える。
だって私じゃなくても良いんだもの。
でも、貴方に伝える勇気が出せずに、こうやってうずくまってる私も他から見ればきっと同じ酷い人なんでしょうね。
13
「お爺ちゃん、字へたくそなのなんで?」
孫の真っ直ぐな言葉に、奥で嫁さんや息子が茶を吹き出しそうになっているのを見て、俺は笑いを堪えながら答えた。
「爺ちゃんは馬鹿だからしょうがねえのよぉ。ごめんなぁ、格好悪い爺ちゃんで。」
頭をポリポリ掻きながら、自嘲を混ぜる。
「かっこ悪くなんてない!お爺ちゃんはかっこいいもん!」
子供らしいまんまるの笑い方で、俺のはんてんに顔を突っ込んでくるこの子が愛おしくてたまらない。
寒さでささくれた俺の手でゆっくりゆっくり頭を撫でてやるのが、今の俺にとって何よりも幸せな時間だ。
「きっと寒いからお手手が震えて上手く書けないんでしょ。私があっためてあげるね!」
「おお、そうかそうか。優しい子だなぁ、ありがとうなぁ。」
俺の手をまだ小さい手で包み込んで、小さい息で少しずつ温めてるこの子に、俺と同じ思いをしてほしくない。
俺は字が読めない。
書くこともできない。
俺は学校に通えなかったから。
でも、この子は未来がある。
これから学校に通い、学び、賢くなっていける。
「俺みたいに寒い中道を進むんじゃなくて、あったかい整理された道を進んでなぁ。」
どうか、この子の行先が冬のように凍えることなく、学びに溢れ、幸多き人生でありますように。
10
「なぁに」
スマホに照らされて、夜景に君の顔だけがぼんやりと浮かぶ。
「別にぃ。せっかく月が綺麗に見える日だって言われてるのに、なんでベランダに出てるだけなのかなぁって。ここ都会だから見えにくいじゃん。」
私が唇を尖らせて文句を言えば、君はイタズラが成功したように笑った。
「月を見にいくためだけに田舎に行くなんて嫌だもん。それに今時どこも外灯があるから、月なんてなんも照らさないよ。今わたし達を照らしてくれるのはスマホ。」
真っ白な画面を揺らしながら、君の顔がゆっくりと私に近づいてくる。
「スマホも月も、光ってる時点で大して変わんないんだよ。」
月の光で作られた影が今の私達を作ってくれているくせに、口だけは達者な君がどうしようもなく愛おしくて、私は君の背中に手を回した。