9:ススキ 11
(仄暗い表現があります)
「うわぁ!ねぇ、何あのもこもこ草!すごいすごい!!」
濡羽色に艶めく髪が傷つく事も汚れる事も気にせずにススキ畑に足を踏み入れていくものだから、私はつい貴方の手を掴んだ。
「だ、だめだよ、あ、あぶ、あぶないよ。よ、汚れちゃうよ。き、き、きれいな髪なのに……せい、制服だって、ススキが…」
大きな大きな背のススキ畑が貴方をすっぽりと隠してしまいそうで怖かった。
柔らかいように見えるススキだって、貴方の綺麗な髪を傷つけることも綺麗な制服を汚す事も簡単なのに何も気にしていない。ただ興味があるから、その一心。
「危なくないよ。ねぇ、ほらキミもおいでよ!柔らかくて気持ちいいよ。このまま進んで行ったら面白そうじゃない?」
私が貴方の手を掴んでいるはずなのに、まるで貴方が私の手を引っ張ってるみたいに足がススキ畑へ向かって進んでいく。
夕焼けがススキを強く照らして、目がチカチカして涙が出てくる。
「大丈夫、きっと楽しいよ」
そんな事を言われたら、引き止められたことが正解だと思ってしまう
貴方みたいに自由にもなれないし、流暢に喋る事もできないし、顔が綺麗なわけでもないのに、生きようと思えてしまう
私達はただのクラスメイトで、貴方は私の手首を見ても気にしないでいる事も言いふらす事もできたのに。
それをしないで私に綺麗な景色をただ見せようとする
私達2人がすっぽりとススキ畑に埋もれてしまった時、ただ涙を流す私を見て貴方は柔らかい笑顔でぼそりと呟いた。
「悔いのない青春、一緒にしてみよう」
8:鋭い眼差し 11
「本当にごめんね、睨んでるわけじゃないの。私、よく勘違いされちゃうんだ。」
そうやって歪に笑うあなたが大好き。
「ううん、大丈夫。」
本当はわざと横目で見たりして、睨んでるように見せてるの知ってるよ。
睨んでる?って聞かれて、嬉しくなってこっそり歪に笑ってるのも知ってるよ。
「私と仲良くしてくれるのなんて、あなたくらいだよ。こんな目つき悪いのに、いつもありがとう。」
本当は少し瞼が重いだけなのも知ってる
三白眼でもないことも知ってる
クラスの明るい子達に怯えてる事も知ってる
怯えるとその目がすぐ丸くなる事も知ってる
全部知ってる、あなたの事なら全部知ってる。
でも絶対教えてあげない
可愛いあなたを知ってるのは、私だけがいいから。
あなた自身でさえ気づいちゃだめ。
ずっと、ずうっと、出来るだけ長く、可愛いままでいてほしいから。
私の大嫌いな切れ長な目を見て綺麗って言ってくれたあなたを、他の人に教えたくないから。
優しくて可愛い、ちょっと歪なあなた。
「いいんだよ。ねぇ、私達、大人になっても変わらずに友達でいようね。私、貴方の鋭い目が大好きだから。」
7:放課後 20
「あした、わたし卒業するんです。あそこの大きな木の根元で、私待ってます。あなたが来るまでずっと。」
でも縛り付けたいわけじゃないんです、と口から細く揺らめく声が蛇のように耳に入る。
来るまでずっと待ってるだなんて、縛りつける気しかないくせに。
その艶めかしい唇も、目も、髪も、相手を縛るには最適なもののくせに。
私はその日木の根元へ行かなかった。
離されないような気がして怖かったから。
きっとあいつの深い味を知ったら、今後他の人間を愛せなくなる気がしたから。
時が経ち、あの思い出の場所は閉校され大きな木も伐採された。私の不安の種は遂に無くなったのだ。
だから、私の家に飾ってある大木の絵画に、あいつが写っているのも気のせいに違いない。
あいつが魅力的なのが悪いんだ。
あの日俺を殺し損ねたからって、ここまで執着しなくていいだろ。
あいつが思わせぶりな事をしたせいなんだから、味見くらい構わないと思ったのに。しくったなぁ。
6:静寂に包まれた部屋 14
小さい頃、静かな部屋が嫌いだった。
一人っ子は親を独り占めできるとか、甘やかされるとか、期待が重いとかよく聞くけど我が家は私が甘えたがりの末っ子気質という以外はよくありふれた一般の家庭だった。
ありふれてた。そのはず。
でも父は私より祖母を優先した。
何があろうと祖母からの電話に出て、私に話しかけるよりも優しい声で楽しそうに話した。
私が風邪をひいても、祖母が心配だと言い祖母の家へと去った。
私が泣きながら助けを求めた時、「近所に何て言われるか」と周りからの評価を第一に考えた。祖母へは「私は元気だよ」と伝えなさいと言われた。
母は私より祖父を優先した。
毎晩の電話に会話を切られる事が辛くて泣いて嫌だと言った時、心底めんどくさそうな顔で「そんな事で泣いているの?」と言い捨てた。
母が祖父と話す時、母の目に私はいつも写っていなかった。
風邪をひいた時、母は祖父から呼ばれてると言い祖父の家へと去った。
静かな部屋は嫌いだった。
起きたら誰もいなくて、涙が出るのに誰も拭ってくれないから。まま、ぱぱ、と大声でどれだけ呼ぼうと誰も来ないから。お腹が空いても何もないから。どれだけ熱が高くても誰も看病してくれないから。
耳がきぃんとするから。
世界にひとりぼっちのような気がするから。
どれだけ親を求めても、親は自分の親を求めるから。
私は誰の子供?あなたたちの子供じゃなかったの?
5:本気の恋 13
私のこの気持ちは本物なのよ
恋愛なんてくだらないと言われようが、本物の定義を問われようが、この気持ちはどうしようもなく本物だと思えるの
あなたが目に入るたび色が増える
あなたの声が耳に入るたび音色が増える
あなたの香りが鼻に入るたび感覚が鋭くなっていく
あなたは炎を散らす花火
あなたは私を貫く閃光
あなたはどこまでも飛ぶ紙飛行機
あなたは人を酔わせるアルコール
あなたは人を動かす風
あなたは誰にも動かされない山
この気持ちに実をつけたいわけじゃないの
あなたの唯一になりたいわけでもないの
私の見えないところで、私の知らないところで、光の影になるところで
あなたは馬鹿みたいに笑って、幸せそうに生きていればいいの