【バイバイ】
大切な人だった。彼女がいるのが当たり前だった。
だからむしろ離れたがったのかも知れない。
優しくて暖かい陽のような存在だった。
いつしかそれが眩しくて、鬱陶しく感じていた。
気付かなかった。彼女が段々と陰っていくのを。
弱っていく心を、彼女は打ち明けなかった。
「またね、大好きなお友達」
彼女はいつも再会を約束してくれた。
「うん」
自分はそれに答えることができなかった。
ある日、彼女はぱったりと姿を消した。
彼女がいなくなった事に安堵さえ感じていた。
彼女を忘れ始めた頃、風の噂で聞いた。
彼女は自ら身を投げて、星になっていたのだと。
彼女との思い出をずっと反芻していた。
力なく笑って帰る後ろ姿は、六等星のようだった。
「バイバイ」
最後に聞いた彼女の言葉だった。
ああ、後悔してもしきれない。
太陽はずっと独りで泣いていたのに。
誰も、誰も彼女を抱きしめなかった。
【やさしい嘘】
彼女は花畑の大きな木の下で眠っていた。
「こんなところに独りなの?」
花に降り立つ蝶は彼女を嘲笑った。
彼女は微笑んでゆっくり口を開いた。
「ええ、もう疲れちゃった」
「どうして疲れたの?何をしたの?」
近くにいる小鳥が彼女を心配した。
「みんなを愛していたの。でも、もう怖いのよ」
彼女は涙を流しながら静かに答えた。
「何が怖いんだ?良いことじゃない」
彼女を抱きしめる木が諭した。
「私がこの心の…見返りを求めることを。」
彼女は独りで終わらせるつもりだった。
森は詠う。彼女を安心させるように。
「大丈夫。みんなあなたを愛していたよ。」
彼女は幸せそうに笑っていた。
「やさしい嘘ね。ありがとう。
…でもね、許せなかったの。最期まで。」
彼女はゆっくり目を開けて、幸せな幻覚全てを消した。
彼女を気に掛ける者などない色褪せた世界で、
今度こそ彼女は永い永い眠りに就いた。
【瞳をとじて】
あの頃の景色を思い出して、大切な人を懐かしむ。
瞳をとじて、目蓋の裏に過去の自分を描く。
ああ、今の私は、何が好きだったのかすら忘れていた。
何を見て、何を聞いていて、何かを感じたのか?
こうして止まらない時だけを追いかけて
「今」だけに留まって将来から逃げ続けた私の人生に、
得たものなど何一つないというのに。
【ただひとりの君へ】
「彼女はずっと、ずっと笑っていました。
勿論、時には泣いて、時には少しの怒りを見せました。
恒に誰かに憧れを見出だすような…そう、彼女は人の良いところを見つけるのが得意だった。」
私以外に友人の話を聞くものは、この神殿内を満たす透き通った、柔らかい雨の水だけだ。
「もう二度と会えない気がして。
あれから、ずっとその姿を見ないのです。」
彼女はかつて、この神殿内で女神の奇跡を呼び、世から争いを失くし人々に幸福をもたらした。
「さよならも言わずに、彼女は行ってしまった。」
ポロポロと伝う友人の涙はこの湖の中に消えていく。
彼女とは、私も戦友だった。
奇跡の女神を起こした代償は、彼女に向けられる愛だった。その愛が幸福となって世界に降り注いだのだった。
彼女は最後、涙を流しながら何かを祈っていた。
そうして姿を消してしまった。誰も彼女を見ぬ内に。
無数に降り注ぐ雨のような、ただひとりの君へ問う。
己が報われぬと知っていながら誰かを世界を想い続けた君の人生は、幸せなものであったかを。
それとも、それが君の報いであったのか。
【星のかけら】
その星は人々の思い出からできたようで、魔女はその周りに散りばめられた星のかけらを集めている。
星になり得なかったかけらは、忘れられた思い出。
そして、彼女は僕の星のかけらを拾った。
「それ、どうするんだ」
訊ねると、「コレクション」と魔女は笑った。
「悪趣味だな」
「もう持ち主でさえ手放したものよ」
「まあね」
どうせ星に紡がれている思い出は、彼女にしか見られないし。
「……どうして、自ら手放したの?この思い出を。大切な人たちだったのでしょう?」
星のかけらを見つめながら魔女は問う。
「"またね"がいつの日か必ず来なくなる事を、僕は知っているからさ」
「へぇ。ただの人間のくせによく言うわ」
思い出を忘れてしまった僕には、本当は何のことだか分からなかったけど、
きっとあの日の自分は同じ言葉を残して捨てたと思う。
星よ、そうなんだろう?