とうの

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12/10/2022, 12:25:07 PM

鈴蘭と朝露

まだ空が霞んでいる早朝の岬に、ふたりの少年がいた。
「おいおい…仲間、だろ?ここまで一緒に来ただろ?お前と、俺と、皆で……何でそうなるんだよ!」
タウは声を荒げた。波が音を立てて、岬の崖を打つ。
「うん、仲間だよ。いや、正確には仲間だった、かな。ごめんね、僕は平穏を汚す人は嫌いなんだよ」
カイは微笑んで言った。冷たい空気を纏っている。
「何だよそれ、お前、俺らは同類だって───」
早朝だからか、タウは頭痛を微かに感じていた。
「えぇ? まったく、冗談はやめてくれよ」
カイは肩をすくめる。
「僕と君の共通点なんて、猫を被っていることくらいじゃあないか。僕は皆に何一つ危害を加えていない。知ってるかい? 集団主義の怖い部分は、異端の者を見つければすぐ排除しようとするところだ。でも皆は優しいからね、できない。だからこうして僕が代表して行うんだ」
カイの言葉を聞いて、タウは演技をやめた。
「あっそ。俺をここから突き落とそうって?力は俺の方が優位だ。お前、先にネタバレするんじゃなかったな」
「"先に"?あれは"解説"だよ、小説で言う"後書き"さ」
タウは訝しげにカイを見つめる。
「もっと解説が必要かい?まあ、最期だし教えてあげるよ。そうだなあ、君、この高原によく生えている、鈴蘭の毒性を知っている?」
カイは足元の鈴蘭をハンカチで包み、折って、見せる。
「……まさか、お前」
「やっと分かった? 良かった。もうすぐ効いてくるはずだよ、頭痛が酷くなってきただろう?」
葉に残っていた小さな露が、消え落ちた。


12月10日『仲間』

12/9/2022, 2:11:11 PM

黄泉帰り

手を、繋いでいた。真っ暗な洞窟は、私のすぐ前を行く彼の姿をも闇に包む。確かなのは、まだ恋人でもないのに繋いだ右手の感触だけ。ふたりの足音が岩肌に響いている。
「きっともうすぐだよ。ほら、微かだけど光が見える」
振り向いてはいけないという言い伝えがあるため、彼はずっと前を向いている。
「───ここを出たら、ずっと君に言おうと思ってたことがあるんだ」
洞窟で結露した水滴が音を立てた。
「…どんなこと?」
「今は、言えないよ。ここじゃ顔も見れないし…それじゃあ君を連れ戻すためにここまで探しに来た意味がなくなっちゃうじゃないか…」
「…お願い、今、言ってよ」
私は涙声になっていた。今じゃないと、だめなのだ。右手に力が入る。立ち止まってはいけないという言い伝えもあるため、彼は足をとめなかった。少しの沈黙があって、彼は口を開いた。とても穏やかな声だった。
「───君が好きだよ。きっと、君が考えてるよりもずっと前から」
前方の光がだんだんと強くなってきた。外が近い。
「───ありがとう」
人は、命を失ったらもう取り戻せないんだよ、だから私は、もう戻れない───とは言えなかった。光は目の前にある。私たちが向かっているのか、光が迫ってきているのか。
「私も、好きだったよ」
これが、精一杯だった。
この声が彼に届いたかどうかは、分からない。


12月9日『手を繋いで』

12/5/2022, 1:00:24 PM

煌々たる星月夜

雪の布団が敷かれた森をずっと奥へ進んでいくと、少しひらけた場所に出る。そこには小さなログハウスがあって、ひとりの雪娘が暮らしていた。
今日は、空が澄んでいて星がよく見えるな、と雪娘は窓の外を見つめる。狐の子から聞いていたとおり、ほうき星も見えた。雪娘は、極まれに眠れないほど心細くなる日があって、ちょうど今日がそれであった。
そうして空を眺めていると、入口の扉の氷柱が鳴らされた。誰か訪れたようだ。雪娘は白いコートを羽織って扉へ向かう。
訪れたのは、行灯売りの少年だった。
「よ、元気か」と、少年は優しく笑った。夜のような黒髪に粉雪が降りかかっていて、星空のようだった。
「元気、だけど、ちょっと眠れなくてね。そのうえ、あなたが来たから、ほんとに目が覚めちゃった」
と雪娘はいたずらっぽく笑った。
「ごめん、でも今夜、どうしてもこれを渡したくてさ」
手製の行灯。繊細に切り抜かれた和紙の中に暖かな火が灯っている。
「ふふ、いいのよ、夜更かしは嫌いじゃないし。今夜に合わせてくれたんでしょ、ありがとう。どうぞ入って。せっかくだから一緒に夜更かししましょ」
「いいの?」
「勿論、今夜は星月夜だもの」
ふたりは温かい緑茶を片手に、窓辺で談笑した。
雪娘はいつの間にか夜空ではなく、少年を見つめていた。眠るのが勿体ないくらい、美しい横顔だった。



12月5日『眠れないほど』

12/3/2022, 12:37:27 PM

新章の扉絵から君へ

さよならは、言わないでいいよね。
私、強くなったから、君がいなくたって、泣かないよ。ひとりで平気だよ。もう、君と過ごした日々なんて、ぜんぶ忘れちゃったよ。私は真新しい旅へ出るからさ。
……なんてね。忘れられない思い出だから、こうして記憶の小瓶に詰めて大切に持ってるのに。この大きなトランクの中は、君と過ごした時の空が入っているハーバリウムや、ふたりで作った音楽を流して張った鏡でいっぱいだ。
君は、今日私がこの街を飛び立つことを知ってるのかな。風になるのは、私の方が君より得意だから、知ってても追いつけないよ。君はきっと、風になった私に追いつけなくて、後悔して、私のことが頭から離れないよ。
……だから、さよならは言わない。それで君が、私と作った光の箱庭を思い出して、悲しい気分になってくれたらいい。まだ好きなんだって気づいて、別れたことを後悔してくれればいいのに。
……ううん、嘘だよ。
どうか、幸せでいてね。



12月3日『さよならは言わないで』

12/2/2022, 2:18:16 PM

光の中をひとりで歩むより

僕はもっと考えるべきだった。
あの時、光と闇の狭間で、一度立ち止まるべきだった。
今、僕は強烈な光と静寂に襲われている。目の前には、輝く砂浜、青い海、そして雲ひとつない空。しかしそこにあるのは完全な無。沈黙、そして孤独。歩いても歩いても、誰もいない。静止画の中に放り込まれたみたいだ。闇の中で彼らといた時間が恋しい。どうしてひとり光の世界へ出て閉まったのだろうか。闇の方への扉は消え、僕はもう彼らのもとには戻れない。
僕は全てを得て、全てを失った。もう彼らと一緒に、闇の中を怯えながらも支え合い、歩調をあわせて進むということはできない。光の中で孤独に怯えるだけだ。
きっと、人はひとりでは生きられない、というのは正しい。目に見えるもので満たそうとしても、いつまでたっても心は満たされないのだ───
そう思った時、ふと、海とは反対側の、崖の方にある歪な扉が目に付いた。その扉は妙に僕の心を引き付けた。
───彼らは、あの向こうにいるのか?
重い体を、前に、前に、とゆっくりと進ませる。
僕は、扉を開けた。先は完全な闇。ただ、彼らの声は聞こえてくる。僕を、呼んでいる。
僕は、一歩踏み出す。ドアが閉まる音がする。今度こそ戻れない。
ただ、彼らと一緒になら大丈夫。そう思った。


「I would rather walk with a friend in the dark,
than alone in the light.」ヘレン・ケラー


12月2日『光と闇の狭間で』

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