決行
「どうしたらいいの……」
「昨日は一晩寝たら治るって言ってたじゃない」
「決行は今夜なのよ、マリ」
早朝の屋敷の中、少女たちは張りつめた空気を纏っていた。揃ってマリのベッドを囲んでいる。
「ごめんなさい、みんな。熱、下がりそうにないの。でも分かってるわ、決行するなら今夜しかないって。───だから、私を置いていって」
そう言ってマリは弱々しく微笑んだ。
「そんな、マリをここに残すなんて出来ないわ……何とかならないの?」
「レイナ、こればっかりはどうしようもないわ。マリが無理して、……死んじゃったら元も子もないもの」マユコがうつむいて言った。
「でも、こんなのあんまりだわ」ミサキはレイナに同調する。
「みんな落ち着いて。私は大丈夫だから。私の役目はリサコに引き継いでもらう。リサコは電子機器に手馴れてるから。レイナ、リサコに伝えてくれる? あなたの部屋が、リサコのいる南館に1番近いから。朝の鐘が鳴って、渡り廊下が開放されたら、すぐに、お願い」
突然、部屋の扉がガチャリと鳴った。一瞬でその場の空気が凍りつく。
が、扉を開けたのは、彼女たちと同じ、少女だった。
「エミ!もう、びっくりさせないで」
「ほんと、"あの人"が来たのかと思ったわ」
「全くどうやって南館から来たのよ?見つかったら終わりよ──ねえ、リサコは一緒じゃないの?」
リサコはエミのルームメイトである。
少し安堵している少女たちと違って、エミの顔は青ざめていた。
「──どうしたの?」マリが訊く。
「リサコがいないの──」エミの声は震えていた。
「リサコが」エミの顔はどんどん青ざめていく。
「リサコが消されたわ──」
午前6時。鐘が響く。
「どうすればいいの?」
時
ときどき、ふと思い出すんです。でもそれはいつも曖昧で、情景の片端がぼんやりと思い浮かぶ感じで。だからどんな情景かって言われると、上手く説明出来ないんですけれど……そうですね、草の生い茂った崖に私はいるんです。それで、目の前には鮮やかな色の硝子で出来た塔があります。何色もの色が合わさって、溶けるような日差しを負けじとはね返しています。中には大きな柱時計があって、ゆっくり振り子が揺れています。───この情景が、夢なのか記憶なのかは分かりません。でも時々、ああそういえば時計は11:59を指していたなとか、新たな情報を思い出すときもあります。不思議でしょう。本当、いつの記憶かしら、はやく思い出したいのに。何千年も生きているとこんなに記憶が曖昧になってきてしまうんです。
「遠い日の記憶」
窓
窓越しに見えるのは、君の横顔。私はそれを見つめることしか出来ない。君はいつも絵を描いている。その小さなスケッチブックにはどんな絵が描かれているのだろうか。きっと綺麗なんだろうな。
私は時折夢を見る。君が私に気づいて、手を振ってくれる。窓越しに会話を試みてくれる。もしそんなことが本当にあったら、私は泣いて喜ぶ。
ねえ、いつか、私をこの家から連れ出してよ。
「窓越しに見えるのは」
1年後
「もしも1年後に消えるってなったら、それまでに何したい?」
って君がいうから、私は
「美味しいもの沢山食べて、普段行かないような綺麗な景色沢山見に行きたいかな」
って返した。もしもの空想話だったはずなのに、なぜか君は一緒にご飯食べようと何度も誘ってくれた。素敵な場所があるんだと誘われて一緒に出かけることも多かった。
1年後、消えてしまったのは、君の方だった。
約束
「……だから、これからもずっと一緒に───」
「待って。だめだよ、そういうのは」
私は彼の言葉を遮る。涙声になってしまったのは気にしない。なんとか頑張ってほほ笑む。
「だってね、破るつもりがなくても、運命に、環境に、他人に、破られてしまう可能性もあるんだよ。だから、そういう約束はしないほうがいいんだよ」
それから間もなくして戦争が始まった。あの夜から、彼とはもうずっと会っていない。
『これからも、ずっと』