とうの

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12/1/2022, 11:37:21 AM

懊悩

どうやら、あたしはモノの距離を測るのがものすごく下手みたいだ。
例えば、仲良くなりたい相手に話しかけると、少し後ずさりされるし、逆に話しかけられると、緊張して距離をとってしまう。それから、あたしの手にある小さな星を、あの星にぶつけよう、とすると決まってビューンと変な方向に飛んでいくし、逆に、飛んできた星を打ち返そうとすると、9割はスカッと逃してしまう。なんでだろう。ほんと、嫌になっちゃう。
手頃な星が落ちていたから、半ばヤケクソになってテキトーに投げる。今回はべつに、どこに飛んでいっても、あたしには関係ない。ルンルンと歌ってやる。
悩みが溜まったりした時は、テキトーに歌うのがイチバンだと思っている。声に出すと意外と楽になるもんだ。
……さっき投げた星、どこに行ったかな。
投げた方を見てみる。すると、なんと、あの投げた星より幾分か大きい星に、どうっと衝突していた。2つの星は爆発したのか、真っ赤だ。キラキラ炎が渦巻いている。

──────それから、途方もなく長い時が過ぎました。
その星に住み着いた生物によって、ぶつかった星のうち大きいほうは「地球」と、小さいほうは「月」と名付けられました。



12月1日『距離』

11/30/2022, 1:18:28 PM

青紫の夜

私が降りなきゃいけない駅に近づいてきた。この夜も、終わりに近づいている。
私と、その隣の君しかいない閑散とした車内に、車輪の音が響く。鉄橋にさしかかったのだ。──もう、残された時間は、わずか。
ふと、君が私の手をそっと握った。私は体温の感じない君の手を、両手で包む。目の奥が熱を帯び、涙が溢れてきた。
「泣くなよ、別に、もう二度と、───会えない、わけじゃ、ないんだし」
君はもう片方の手で私の髪を優しく撫でた。泣くなと言う君だって、泣きそうではないか。
…確かにもう二度と会えないわけではない、と信じていたい。ただ、会えるとしても、私が君のところへ行く日──私がこの世を去る日、それは、随分と後になるだろう。先ほど、「僕の後を追って自ら、なんてことは絶対だめだからな」と約束させられたばかりである。せめてこの夜を引き延ばすことができたら───
列車は構わず鉄橋を越えた。私は少し躊躇って、君に促されて、プラットホームに降りる。繋いだ手は離れてしまった。
ドアが閉まる直前、君は私を抱きしめて、キスをした。初めてだった。私はとめどなく涙を零す。
列車は、発車すると暁の空に消えていった。
駅から見下ろした町は、ひっそりと白に包まれていた。



11月30日『泣かないで』

11/29/2022, 12:28:07 PM

籠城

「窓を──お願い、窓を閉めて──」
赤毛の少女の震えた声が聞こえた途端、誰もが口をつぐんだ。大人のいない図書の塔に、冷たい空気が広がっていく。窓の近くにいた少年少女たちはすぐさまバタンと全ての窓を閉めた。大勢が1階に降りてきて、かがんで身を寄せ合う。
背の高い少年がひとり、赤毛の少女に歩み寄って、低い声で尋ねる。
「冬が、始まるのか?」
少女は小さく頷いた。カーテンの隙間から夕日が零れ、影を伸ばしていく。
さっきまで、本を広げたり片付けたりと賑やかだった雰囲気がガラリと変わったので、最近図書の塔のメンバーになったマーガレットは戸惑っていた。
「ねえアガサ、何が起こるの?冬が始まると何がいけないの?」
「───"あいつ"が、来るのよ」
「"あいつ"って?」
アガサは質問には答えず、緊張した声で言う。
「とにかく、静かに。カフカの指示を待って」
しばらくして、細身で銀髪の少年が、絵本用の小さな棚の上に立った。そして落ち着いた声で話し始める。
「みんな、今年は幾分か早いし、先生もいないけど、落ち着いて、いつも通りに。戸締りは大丈夫だね。まず年長組はランタンの準備をしよう、年少組は先に地下へ」
間もなく、ごうっと木枯らしが来て一斉に電球の灯りが消えた。弱々しいランタンの光がぼうっと揺れていた。
これから、長い長い冬が始まる。



11月29日『冬のはじまり』

11/28/2022, 11:45:57 AM

決別の朝

細い月が光る冷えた夜。
汚染された空気が漂う、廃墟と化したこのビル街で、二つの影が揺らいでいる。一つ目は少女のもの、二つ目はAD1999───人型に近い清掃ロボットのものだ。少女の隣、AD1999はうなだれるように、瓦礫にもたれかかっていた。
少女はうつむき、スイッチを押そうとする。
「待って。終わらせないで」
AD1999は言った。
腕の部分には「機能停止」の文字が点滅している。
「あたしはもう、見ての通り、終わりかもしれないけど、あなたが、あなた自身を終わらせる必要はないわ」
AD1999は少女の崩れかけた手を取る。同時に、少女の腕にあった「機能停止」の文字が消えた。
「あたしたち機械に、『生きる』って言葉は相応しくないかもしれないけど」
そう言って、冷たい金属の手で少女を抱きしめた。
「生きて。大丈夫。あなたが思ってるより、未来は悪くないはずよ」
東の空が白く霞んで、暗い青を光が覆っていった。
新しい、朝が来る。



11月28日 『終わらせないで』

11/27/2022, 1:58:06 PM

眠り姫

見渡す限り、水平線。
僕は君をのせてボートを漕ぐ。
青い空は静かに僕らを包んで、太陽は君の頬を穏やかに照らしている。僕はそれを見つめながら、ゆっくりとオールを動かす。
もうどれくらいこうしているだろうか。いまだ君は目覚めない。いつか必ず起きるから待っていて、と君が言ったのがもうずっと前のことに思える。
「好きだよ。ねえ、僕をひとりにしないでよ」
涙は枯れてしまった。このまま、君を想う気持ち───愛情という概念まで失ってしまうのではないかと、怖くなる。
ふと、冷たい雨が落ちてきた。僕は小さなパラソルを広げると、君に寄せて立てた。
そしてまた、ゆっくりとボートを進ませていく。



11月27日『愛情』

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