とうか

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12/5/2022, 1:00:24 PM

煌々たる星月夜

雪の布団が敷かれた森をずっと奥へ進んでいくと、少しひらけた場所に出る。そこには小さなログハウスがあって、ひとりの雪娘が暮らしていた。
今日は、空が澄んでいて星がよく見えるな、と雪娘は窓の外を見つめる。狐の子から聞いていたとおり、ほうき星も見えた。雪娘は、極まれに眠れないほど心細くなる日があって、ちょうど今日がそれであった。
そうして空を眺めていると、入口の扉の氷柱が鳴らされた。誰か訪れたようだ。雪娘は白いコートを羽織って扉へ向かう。
訪れたのは、行灯売りの少年だった。
「よ、元気か」と、少年は優しく笑った。夜のような黒髪に粉雪が降りかかっていて、星空のようだった。
「元気、だけど、ちょっと眠れなくてね。そのうえ、あなたが来たから、ほんとに目が覚めちゃった」
と雪娘はいたずらっぽく笑った。
「ごめん、でも今夜、どうしてもこれを渡したくてさ」
手製の行灯。繊細に切り抜かれた和紙の中に暖かな火が灯っている。
「ふふ、いいのよ、夜更かしは嫌いじゃないし。今夜に合わせてくれたんでしょ、ありがとう。どうぞ入って。せっかくだから一緒に夜更かししましょ」
「いいの?」
「勿論、今夜は星月夜だもの」
ふたりは温かい緑茶を片手に、窓辺で談笑した。
雪娘はいつの間にか夜空ではなく、少年を見つめていた。眠るのが勿体ないくらい、美しい横顔だった。



12月5日『眠れないほど』

12/3/2022, 12:37:27 PM

新章の扉絵から君へ

さよならは、言わないでいいよね。
私、強くなったから、君がいなくたって、泣かないよ。ひとりで平気だよ。もう、君と過ごした日々なんて、ぜんぶ忘れちゃったよ。私は真新しい旅へ出るからさ。
……なんてね。忘れられない思い出だから、こうして記憶の小瓶に詰めて大切に持ってるのに。この大きなトランクの中は、君と過ごした時の空が入っているハーバリウムや、ふたりで作った音楽を流して張った鏡でいっぱいだ。
君は、今日私がこの街を飛び立つことを知ってるのかな。風になるのは、私の方が君より得意だから、知ってても追いつけないよ。君はきっと、風になった私に追いつけなくて、後悔して、私のことが頭から離れないよ。
……だから、さよならは言わない。それで君が、私と作った光の箱庭を思い出して、悲しい気分になってくれたらいい。まだ好きなんだって気づいて、別れたことを後悔してくれればいいのに。
……ううん、嘘だよ。
どうか、幸せでいてね。



12月3日『さよならは言わないで』

12/2/2022, 2:18:16 PM

光の中をひとりで歩むより

僕はもっと考えるべきだった。
あの時、光と闇の狭間で、一度立ち止まるべきだった。
今、僕は強烈な光と静寂に襲われている。目の前には、輝く砂浜、青い海、そして雲ひとつない空。しかしそこにあるのは完全な無。沈黙、そして孤独。歩いても歩いても、誰もいない。静止画の中に放り込まれたみたいだ。闇の中で彼らといた時間が恋しい。どうしてひとり光の世界へ出て閉まったのだろうか。闇の方への扉は消え、僕はもう彼らのもとには戻れない。
僕は全てを得て、全てを失った。もう彼らと一緒に、闇の中を怯えながらも支え合い、歩調をあわせて進むということはできない。光の中で孤独に怯えるだけだ。
きっと、人はひとりでは生きられない、というのは正しい。目に見えるもので満たそうとしても、いつまでたっても心は満たされないのだ───
そう思った時、ふと、海とは反対側の、崖の方にある歪な扉が目に付いた。その扉は妙に僕の心を引き付けた。
───彼らは、あの向こうにいるのか?
重い体を、前に、前に、とゆっくりと進ませる。
僕は、扉を開けた。先は完全な闇。ただ、彼らの声は聞こえてくる。僕を、呼んでいる。
僕は、一歩踏み出す。ドアが閉まる音がする。今度こそ戻れない。
ただ、彼らと一緒になら大丈夫。そう思った。


「I would rather walk with a friend in the dark,
than alone in the light.」ヘレン・ケラー


12月2日『光と闇の狭間で』

12/1/2022, 11:37:21 AM

懊悩

どうやら、あたしはモノの距離を測るのがものすごく下手みたいだ。
例えば、仲良くなりたい相手に話しかけると、少し後ずさりされるし、逆に話しかけられると、緊張して距離をとってしまう。それから、あたしの手にある小さな星を、あの星にぶつけよう、とすると決まってビューンと変な方向に飛んでいくし、逆に、飛んできた星を打ち返そうとすると、9割はスカッと逃してしまう。なんでだろう。ほんと、嫌になっちゃう。
手頃な星が落ちていたから、半ばヤケクソになってテキトーに投げる。今回はべつに、どこに飛んでいっても、あたしには関係ない。ルンルンと歌ってやる。
悩みが溜まったりした時は、テキトーに歌うのがイチバンだと思っている。声に出すと意外と楽になるもんだ。
……さっき投げた星、どこに行ったかな。
投げた方を見てみる。すると、なんと、あの投げた星より幾分か大きい星に、どうっと衝突していた。2つの星は爆発したのか、真っ赤だ。キラキラ炎が渦巻いている。

──────それから、途方もなく長い時が過ぎました。
その星に住み着いた生物によって、ぶつかった星のうち大きいほうは「地球」と、小さいほうは「月」と名付けられました。



12月1日『距離』

11/30/2022, 1:18:28 PM

青紫の夜

私が降りなきゃいけない駅に近づいてきた。この夜も、終わりに近づいている。
私と、その隣の君しかいない閑散とした車内に、車輪の音が響く。鉄橋にさしかかったのだ。──もう、残された時間は、わずか。
ふと、君が私の手をそっと握った。私は体温の感じない君の手を、両手で包む。目の奥が熱を帯び、涙が溢れてきた。
「泣くなよ、別に、もう二度と、───会えない、わけじゃ、ないんだし」
君はもう片方の手で私の髪を優しく撫でた。泣くなと言う君だって、泣きそうではないか。
…確かにもう二度と会えないわけではない、と信じていたい。ただ、会えるとしても、私が君のところへ行く日──私がこの世を去る日、それは、随分と後になるだろう。先ほど、「僕の後を追って自ら、なんてことは絶対だめだからな」と約束させられたばかりである。せめてこの夜を引き延ばすことができたら───
列車は構わず鉄橋を越えた。私は少し躊躇って、君に促されて、プラットホームに降りる。繋いだ手は離れてしまった。
ドアが閉まる直前、君は私を抱きしめて、キスをした。初めてだった。私はとめどなく涙を零す。
列車は、発車すると暁の空に消えていった。
駅から見下ろした町は、ひっそりと白に包まれていた。



11月30日『泣かないで』

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