紙ふうせん

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6/1/2023, 11:05:41 PM

『梅雨』

今朝梅雨入りしたと、テレビをつけると言っていた。
嬉しくなり、いつもより少し早くうちを出る。

傘をさして歩くのが好き。
雨粒が傘にリズミカルに踊るように弾ける音がする。
外を行く人々が思い思いの傘をさしている。
雨に洗われ見慣れた風景がいつもより生き生きとして見える。

小学生が友達に出会い何人かで傘をさしているのを見ると、まるで大きなガクアザサイの様。

「おはよう」友達に声をかけられる。「梅雨入りだね」弾んだ声で言うと「とうとう梅雨入りだね、雨って鬱陶しいよね」とさも嫌そうに言われて不思議に思う。

みんなは、なぜ雨が嫌いなのかしら。
町は登校時にはシャッターが閉まっていて色が無い。でも雨が降るとみんなで傘をさすから急に町並みが鮮やかになるというのに。

一人だとハミングしながら傘をクルクルと回しながら歩く。
雨音もクルクル回る。
傘をさしていると守られている気がするその感じが好き。
雨の音を聴いていると不意にピアノ曲が聴きたくなる。

今朝、梅雨入りしたと言っていたのだからしばらくは楽しめる。

嫌な学校に行くのも、梅雨の間だけは私のお気に入りの時間になる。

5/31/2023, 10:54:06 AM

『天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは』


天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、何もない。
それに『僕』と限定されているが、『私』は女だ。という場合もある。何故、僕なんだ。『自分』ではだめなのか。一人称まで限定されるのはなぜなのか。

『お題』を決めている人、書く気が全く起きません。

僕が話したいことは勝手に話せばいいです。好きなだけ。

で、今日の、書く為の『お題』はなんですか?!

5/30/2023, 1:20:11 PM

『ただ、必死に走る私。何かから逃げるように』

それは、夢なのか現実なのか、よく私にはわからなかった。
ここはどこだろう?そして今は何時?と、ふと思い時計を見ようとするが何故か時計はしていなかった。

私は家にいる時以外、基本かならず時計をしている。それもアナログな長針と短針の時計を。それは五年前の母のお誕生日に私がプレゼントしたものだった。仕事をしている母に、時計がかなりくたびれていたので百貨店に行き、好きなのを選んでよ、と言って選んでもらったものだ。

母は贅沢をしない人なので、百貨店に並んでいる時計の値札ばかり見ているので私が笑いながら、ちょっと値札じゃなくて時計を見て、と言ったのだった。私はこの日の為に貯金をしてたので、八万円くらいまでなら買えるよ、と言うと母はとんでもないといった風な顔をしてただ時計を見ていたら、店員さんが笑顔で、お母様の時計ですか?と言い、こちら辺り、いかがでしょうか?と出された三点の時計は、さすがにベテランの店員さんらしく、値段もそこそこ、時計もちょっとエレガント、クラシカル、少し若々しい物を選んでくれた。
すると母は意外にもちょっと若々しい物を手に取り、手首に当てて見たのだ。

それは、ちょっと若々しいと思われたが、最初からしていたかのように母の手首によく似合っていた。
これでいいのね?と確認し、さっそくその場でつけたのだった。
母は嬉しそうに、ありがとう、大事にするね、と笑顔で言った。

だから、交通事故に遭って病院に搬送された時もその時計をしていた。時計は動いていたけれど、母の鼓動は願いも虚しくもう動いてはくれなかった。

なので、母の形見としてその時計を私はいつもつけていた。そうしているとあの時の笑顔の母を思い出して、一緒にいるような気がするから。
その時計をつけていない?そんな馬鹿な。だったらこれは夢なのに違いない、と思った。

疲れていたりすると、妙にリアルな夢を見る。これもそうなのだろうと、夢の中?で思っていた。

でも、ヒールの靴を履いている足の下の砂利の感触、微かに吹く風、髪が風で乱れるので手で押さえた。
こんなにもはっきりとした感覚があるのだから、夢じゃない、とようやく結論づけた。
じゃあ、ここはどこなの?
あたりは真っ暗だった。そうだ、スマホ、と思いながらいつも仕事に下げて行くバッグを探ろうとして、バッグもない事に気づいた。

おかしい。何かがおかしい。
相変わらず今ひとつ現実味がないこの感じも何だろう。

気がついて、着ている服を見た。
いつも仕事に行く、スーツを着ている。という事は仕事の帰り?

いや、バッグも時計もしてないなんてそんなんで仕事に行くわけが無い。

仕方なく、少し歩き出した。
外なら、そのうちお店の一軒もあるだろう。
そのうち下がアスファルトの感触がした。車の通る道なら、誰かが通ったら尋ねてもいい。
そう思いながら私は歩いていた。

やっぱりおかしい。
時計がないのでわからないが、感覚的にはもう三十分は歩いている。しかし、何も変わらずただ暗いままなのだ。暗いので気をつけながら道の反対側に渡ってみる。ガードレールはあるけれどその先にはお店も家も何もなかった。
私は、記憶を遡ろうとした。しかしなんだか考えようとするとわからなくなる。なんとももどかしかった。
せめてスマホがあればな。そう思ったけれど、何も身に着けていなかった。
私は誰かに拉致されたのだろうか?
いや、そんな記憶はない。じゃあ今のこの状況はなに?
暗い中で何も音もしない。
ただ、私のヒールの音だけが聞こえている。



ここはどこだ?僕は思った。気がついたら、ここにいた、という感じだった。それまでの記憶が何もない。一瞬、記憶喪失かと思ったが名前も住所も、自分の勤めている会社の名前も全て覚えている。
スーツを着てネクタイをして革靴を履いている。では、どこかに出張に行ってたっけ?いや、そんな記憶もないし、第一、腕時計も仕事にいつも使っている鞄もなかった。
真っ暗でここがどこで今が何時なのか、どうしてこんな所にいるのか、まるでわからなかった。
初めは夢を見ているのかと思った。だが、それにしては意識や五感がしっかりある。それなのに、何故こんな知らない暗い所にいるのか、全く見当もつかなかった。
でも、アスファルトの道路があるという事は、どこかに繋がっているのだろう。そう思い、僕は歩き始めた。耳が痛くなるような静寂の中、自分の歩く革靴のコツコツという音だけが響いていた。



あたしは、どうしたのかさっぱりわからずただ立ち尽くしていた。
そんなに飲んだっけ?
息をはぁっと吐いてみたけれど、お酒のにおいは全くしなかった。
って事は、まだお店には出勤してないのかぁ。でもこんな真っ暗な時間なら、いつもはネオンがいやったらしくあちらこちらで光っているはずである。だってあたしはキャバ嬢だもん。
寒い、不意に思い、着ているものを見た。赤いキャミワンピースだけだった。それに後ろに線の入っているストッキングを履き赤いヒールの靴を履いている。これは……いつの服だっけ?
不思議と何も思い出せなかった。
いつも持っている手提げのビーズのハンドバッグもなかった。せめてストールか何か入っているかと思ったのに。
誰かしつこいお客にどこかに監禁されて逃げてきたのかな、とも思った。でもそんな記憶もない。なんで何もわからないのにそういう事はわかるのかなあ。とにかく見渡す限り何もない、こんなところに立っていても仕方ない。
あたしは暗闇にヒールの音だけ響かせて歩き出した。



私はだいぶ歩いた所でハッとした。離れているが、遠く微かに後ろから人の足音が聞こえる気がした。
これだけ静かなのだから、少しの音でもかなり響く。これは、これは革靴の音、男の人だ!私はもしかしたら追われているの?少し足を早めてみた。すると微かに聞こえる革靴の音も早まった。
やっぱりだ!誰かが私を追いかけて来ている!何故かはわからないが。何なのだろう。でも嫌な感じがする。逃げて損はない。男なら尚更だ。その人が私をここに連れてきたのだろう。
そして、追い詰めて、追い詰めて殺すの?殺すの?!逃げなきゃ!!
私は走り出した。革靴の音も走り出したような気がする。やっぱりだ。



僕は気づいた。かなり前の方で微かにヒールのコツコツという音がする気が。これだけ暗くて静かだから自信はないが、女性の足音のような気がする。すると、僕の足音に気づいたのか、前のヒールの音が少し急ぎ足になる。やっぱり人だ!僕の他にも人がいる。助かった!何かきっと事情を知っているに違いない。
だが、前の女性のヒールの音がなんと走り出したのだ。僕は何故逃げるのかはわからなかったが、事情を聞きたいので僕も走り出した。



うん?気のせいかな、足音がかなり前の方でする。いや、気のせいではない。やった!!誰かいるなら、あたしのこの今のわけのわかんない事も分かるかもしれない。
あれ?革靴の音だけじゃなくて、それよりかなり前の方でもヒールの音がする?そうだ!たしかにそっちはあたしと同じ女の人だ!ああ、良かった!
二人とも走っている?何かを見つけたのかな?だったらあたしも走って追いつかなきゃ!あたしは寒さも忘れて笑顔で走り始めた。




苦しい、苦しい。なんで追いかけてくるの?息が上がる。お母さん、助けて!これ以上走れない。でも追いかけてくる。私はもう汗まみれで必死だった。わからないけれど、私を追いかけてくる革靴の男。捕まったら殺されるんだわ。誰か、誰かいないの?もう声も出ない。ただ、ただ必死に走り続けた。なぜ走るのかもわからずに。でも、逃げなければ。





クソっ、何故走るんだ。何故逃げるんだ。僕はただ、話を聞きたいだけなのに。ネクタイを緩める。普段運動らしい運動もしていないから、革靴で走るのは辛い。その時、微かに遠くからだが、後ろから追われているのに気づいた。これもヒールの音、女だ。
何なんだ?何故前の女は逃げて、後ろからは追いかけてくるんだ?二人は知り合いで、僕に何かする気か?!
まさか、まさか、前の女はおとりで、後ろの女が僕を殺そうというのか?
こんな所で殺されてたまるか、足が重いが、とにかく必死に走って逃げるだけだ。




苦しいよ、はぁはぁと息が上がる。
だいたい普段からヒールで走る事なんてないんだもん。でも、なんでこんなにずっと必死に前の二人は走っているのだろう。足が痛くてもうだめ!あたしはヒールを脱ぎ捨ててストッキングの足で走り出した。
これでずいぶん楽になった。急に自分の足音がしなくなった。
そこで気がついた。もしかしたら、靴を脱いで誰かがあたしを追いかけているのかもしれないじゃない!
今のあたしのように。
そうか、前の二人も必死に逃げているんだ。
それならあたしも逃げなくちゃ。
苦しいけれど、こんな訳のわかんない所で人知れず殺されるなんて絶対にいやだ。汗で化粧が落ちてくるのも気にせず、とにかく必死に走って逃げるんだ。

5/30/2023, 2:49:54 AM

『ごめんね』

私、千春はこの春高校三年生になった。
私の育った所は地方ののんびりした場所。私は生まれ育ったこの町が嫌いではないけれど、東京に憧れていた。

高校時代までは洋服を買いにいくお店と言ったら、せいぜい大きいお店が二店舗。新しい服を買ってもらって着ていくと、色違いとか下手すると同じ服を着てる子が必ずいる。だからその事にも、もううんざりしていて、だから田舎は、といつも思っていた。

雑誌で見る東京はとても魅力的だった。
だって、何もかもが揃っている。私の地元とは天と地ほどの差があった。
私は小さい頃からの夢が美容師になる事だった。もちろん地元にも理美容学校はあったし、美容院もあった。けれど私は、もうこんなのんびりした地元で専門学校に通ったり、就職するのはごめんだった。

両親は、思った通り反対した。そんな知らない東京に一人で行ってどうするのかと。
それで私は両親には内緒で、純ちゃんに相談したのだった。
純ちゃんは私の母方の六才年上のいとこだ。一人っ子の私にとって、小さい頃から純ちゃんはお姉ちゃんみたいな存在で大好きだったから。

純ちゃんは今は東京にずっと住んでいる。そして相談をしたら、東京の理美容学校やサロン(純ちゃんは美容院なんて言わなかった)は、地方のそれとはやはり全然違うらしいという事がわかった。そして、もし東京の学校に通ったり、就職するなら、家賃が高いから、私が今住んでいるアパートに一緒に住まない?と言ってくれた。

それは、純ちゃんにとっても助かるらしい。今、一緒にするでいる友達が(ルームシェアと言うそうだ)事情ができて地元に春には帰ってしまうのだという。だから、一人では家賃が高いので、誰かルームシェアする人を探そうと思っていた、と言った。
専門学校を選ぶのにも、相談に乗ってくれるとも言ってくれた。

そして、純ちゃんが私の母に話してくれて、母も姪っ子の純ちゃんが一緒に住んでくれて、専門学校も相談に乗ってくれると言うので父に話し、まあ純ちゃんがついてくれているなら、という事で、ようやく東京に行かれることになった。私は憧れていた東京で、そして更に大好きな純ちゃんと一緒に住める、というのが嬉しくて嬉しくて、もう気持ちはすでに東京にあった。

三月には、私は東京に行って純ちゃんと住みだした。
キッチンと部屋が二つ。部屋にはお互い勝手に入らない。キッチンは二人の共有スペースだから好きに使っていい、と言ってくれた。

そして、地元にいる時からさんざん吟味していた理美容学校についに四月から通いだしたのだ。
覚える事は山ほどあった。
考えていたよりずっと大変で、自分の考えの甘さに心が折れそうだった。
そんな私に純ちゃんは、誰でもみんなそんなものなのよ、と言ってくれた。

疲れて帰ってきても、純ちゃんと一緒に夕飯を作って、その日のあった事を話しながら一緒に食べるのは、とても楽しかった。私は一緒に住みだした時から、純ちゃんへの感謝も込めて、食事の後片付けは自分でやると決めていた。純ちゃんは交代でいいじゃないの、と言ってくれたけれど、私は純ちゃんのおかげでこうして憧れの生活ができるのだから、と譲らなかったら純ちゃんは、ちーちゃんのそういうところは叔母さんそっくり、と笑って言った。

そして私が二年生の夏頃、急に純ちゃんが、ちょっと旅行に行くけれど、一人で大丈夫?と聞いてきた。びっくりしたけれど、純ちゃんには純ちゃんの生活があるのだからと思い、私は笑顔で大丈夫、と言ったのだ。

でも、旅行から帰って来てから純ちゃんの様子は少し変わった。口数が少し減り、それからしばらくしたら、ちーちゃんもだいぶ慣れたのだから、食事の支度を頼んでいいかな、と言われた。私は今まで知らない料理も純ちゃんに教わりながら一緒に作っていたから、うん、もちろんいいよ、と言った。そして、私は今まで純ちゃんに甘えすぎていたのかな、と反省した。

でも、疲れて帰ってきて買い物をして毎日料理を作って出して片付けるのは、けっこう疲れた。独り暮らしならこういう生活をするはずだったんだ、と改めて純ちゃんに感謝したのだ。

純ちゃんは、時々部屋に一日こもって出てこない日が出てきた。部屋から出るのは、お風呂や食事だけ。

最近、仕事で疲れているのかな、と思い、今まで交代制だった掃除や洗濯、ゴミ出しなども私がやるようになった。

私は学校を卒業し、比較的通いやすい場所にあるサロンに就職した。
その時は、純ちゃんが前みたいに笑って心から喜んでくれた。

そして、就職祝いをしましょうよ、と言って、お洒落なイタリアンのお店で食事をした。久しぶりに見る純ちゃんの笑顔に、私はとても嬉しかった。食べ終わる頃、はい、これ就職祝い、と言って、細長い、きれいにリボンがかかった箱をプレゼントしてくれた。

私は思っても見なかったのでびっくりしながら、嬉しかったのでその場でその箱を開けた。すると、とてもきれいなプラチナのネックレスが入っていたのだ。驚いている私に純ちゃんは、もう大人なのだから、ちーちゃんもそれ位つけていいんじゃない?と微笑んだ。
早速つけてみたら、ヒヤリとしたプラチナがズシリ、と私には大人の重みを感じさせた。そして心を込めて純ちゃんにお礼を言うと、ちーちゃんもプラチナが似合う大人になったのね、としみじみ言ったので、私は吹き出してしまった。すると純ちゃんも、いやだ、お母さんか何かが言うみたい、と一緒に笑った。

仕事をするという大変さは、専門学校に入った時の比ではなかった。まだまだ未熟で下働きしかやらせてもらえない。カットした髪を掃除したり、使った山のようなタオルを洗濯して干したり、パーマ用のロットの用意をしたり、それでもモタモタしていると怒られた。
仕事が終わったあとから、シャンプーの練習をしたりするので、帰るのは夜中になった。

就職する時純ちゃんは、これからは大人同士なのだし、帰る時間やお休みも違うから、お互い、自分のことは自分でしましょう、と言われた。そしてゴミ出しだけ、頼んでいい?と言うので、そうだな、今まで甘えていたのだからと思い、うん、いいよと言った。

だけど、一日立ち仕事で電車に揺られて帰って来てから、純ちゃんはとっくに全部済ませ部屋で寝ている中、食事を作る元気はなかった。だんだんコンビニの袋を下げて帰って来るようになり、疲れで食欲もなく、サラダを食べて済ませたりしていた。

するとある時、純ちゃんに一緒に暮らすようになって、初めて怒られた。
キッチンのゴミ箱にコンビニのパックばかり捨ててあるので、何故ちゃんと料理をしないのかと。
私も疲れていたので、つい口答えしてしまった。私は純ちゃんよりずっと遅くまで仕事をしてるのだから、疲れて作れない、と。すると純ちゃんは、ちーちゃんは甘えている、と言った。

そんな事、美容師を目指した時からわかっていた事じゃないの、そういう人が都会ではみんな独り暮らしをしていて、ちゃんとした生活をしているのだから。ちーちゃんは心の中で、私に依存しているのじゃないの?と言われた。
何も言い返せなかった。たしかに私は心のどこかで、遅くまで仕事しているのだから、食事を作るとき、ついでに私の分も作ってくれたっていいじゃない、と思っていたのは確かだった。

純ちゃんは、私はちーちゃんの母親じゃないのよ、勘違いしないで、と言った。その冷たい物言いに、私は腹が立った。
そして、ひとこと、分かったよ、と言ってまだ何か言おうとしている純ちゃんを見ないで部屋に入った。
コンコン、と純ちゃんがノックしたけれど無視していた。

すると、純ちゃんも部屋には入ったようだった。

私は、純ちゃん、最近私に冷たいな、と思っていた。痛いところを突かれて何も言い返せない事にも腹が立った。
純ちゃんのバカ、と心の中で思っていた。

だから、それからは私は遅く帰ってから作るのは無理なので、休みの日にスーパーで買い物をして、冷凍できる煮物や和え物を作ったり、ハンバーグや焼き魚、魚のフライ、チキンカツなどを作って冷凍しておいた。サラダ用に、トマトやきゅうり、パプリカ、レタスを買っておいて、サラダが食べたい日は、朝、切って器に盛ってラップして冷蔵庫に入れておいた。あとは前日の夜に休みの日に作り置きして冷凍しておいた物を冷蔵庫に移しておいて、食べる時レンチンして食べるようになった。

きちんとした食生活のおかげか、仕事に慣れてきたのか、以前ほど疲れなくなった。洗濯も夜シャワーを浴びながら洗濯機を回し、上がると部屋干ししておいて、天気のいい日は朝ベランダに出していった。
一緒に暮らしながら、純ちゃんとはあれ以来、ほとんど顔を合わせていない。朝は会社員の純ちゃんの方が早いし帰りは私の方がずっと遅い。お休みも純ちゃんは日曜日だけれど、私は月曜日だったから。
私は、一人で自分の事は何でもできるようになっていた。半分は純ちゃんへの意地もあった。

日曜日、純ちゃんはお休みなのに朝起きてこない事が増えてきた。
夜もキッチンのゴミ箱に純ちゃんの料理して食べた残りが何もない事も出てきた。
私はだんだん腹が立ってきた。
私にはあんなに言っていたのに、自分はお休みはダラダラ寝ているし、夕飯だって外食してるのか、ちゃんと作ってないじゃない、と。

そして、ある日いつものように夜遅く帰ってくると、驚いた事に純ちゃんが起きてキッチンに座っていた。
「ただいま」と言うと「おかえりなさい」と言った。なんだか気のせいか少し痩せて元気がないように見えた。

私は、いつものように冷蔵庫に入れておいた、作りおきの食事をし出した。食べ終わるのを待って、純ちゃんが、ルームシェアを解消したい、と言った。
内心、ものすごい驚いていた。ショックだった。そこまで嫌われていたとは思っていなかった。
最初はあんなに親切にしてくれたのに、と腹が立って、即座に「いいよ、私もそうしたいとちょうど思っていたから」と言った。嘘だった。

でも、そう言ってしまったのだから、あとへは引けなくなった。
幸い、私の勤めているサロンでは寮にしているアパートがあった。そこに入ればいい、私はそう思った。
だって、もう一人で何でもできるから。

翌日、朝出勤すると早速、寮に入りたいのですが、と言うと、空き部屋があるからいつでもいい、と言われた。
では来月からお世話になります、と言った。今月はもうあと半月しかなかったから。

私は次の休みの月曜日に引越し業者を探し、日取りを決めた。
勤めの日は疲れるので、休みの日に荷造りしなくちゃ。早速段ボール箱に荷物を入れてる私を、純ちゃんは時々、チラッと見ていた。私は気づいていたが、気づかないふりをしてせっせと荷造りをした。

そして、明日引っ越しだという夜、純ちゃんに挨拶はしなくちゃ、と思った。嫌われていても、私が東京で美容師になれたのは、純ちゃんのおかげだったのだから。
いつから嫌われていたのか、さっぱりわからなかった。いつから?なんで?
やっぱり、別々に暮らしていたから、可愛がってもらったけれど、一緒に暮らしたら、私はただの甘えん坊で嫌になったのかな、と思った。そう思うと、少し淋しかった。

純ちゃんの部屋をノックしてドアを開けたら、純ちゃんはまだまだ寝る時間ではないのにベッドにいた。
私がびっくりしてると、笑って、いやだ、うたた寝しちゃった、と言った。
やっぱり、純ちゃんは以前より痩せて元気がなく見えた。
なんだか心配になり「純ちゃん、どこか悪いの?」と言うと、「全然どこも悪くないわよ。最近、ちょっと仕事が忙しいの」と言った。そうなのか、良かった、と思い、純ちゃんに挨拶しようとしたら、純ちゃんが「あらたまって挨拶なんてやめましょうよ」と言った。挨拶もしたくないのか、とちょっとムッとなり「それじゃあ、純ちゃんも元気でね」と言うと部屋を出た。

これで本当に良かったのだろうか、やっぱりきちんと挨拶したほうが良かったのでは、と思ったが、純ちゃんから言われた言葉が心に突き刺さり素直になれなかった。

翌日、純ちゃんはいつもより早く家を出たので、本当に挨拶できないまま、私は引っ越した。気になりながら。

新しい寮生活は楽しかった。いろんな支店の子がいたし、それぞれの部屋はワンルームのアパートそのものだったので、気兼ねせず、キッチンも使えるし、洗濯もできる。

そして、仕事でも少しずつやらせてもらえる事が増えてきた。仕事が終わった後、私と同期の子たちはみんな一生懸命練習をしていた。私も仲間がいるのが励みになってがんばった。

寮に帰っても、私は純ちゃんと暮らしてた時の続きで、休みの日に作り置きして、夜シャワーを浴びながら洗濯をしていた。
みんなは意外だったが、そんな事はしてなかった。コンビニのごはんで済ませたりしていた。ビールを飲んでお終い、という人もいた。洗濯だって休みの日にコインランドリーで済ませる人も結構いた。

千春はすごいね、と言われた。
その時になって、純ちゃんは私が一人でも困らないよう、いろいろとタイミングを見て考えていてくれてたんだ、と気づいた。純ちゃんに無性に会いたくなった。でも、一緒に住みたくないくらい嫌われているのだから、連絡はしなかった。

そして、それから半年が経つ頃、母から電話が来た。純ちゃんが亡くなったのでお葬式に出るから帰ってらっしゃい、と言われた。頭が真っ白になって、すぐに言葉が出てこなかった。
仕事中だったから、今夜帰るね、とようやく言って電話を切った。
その日は、失敗ばかりしていた。夕方、お店が空いた時、店長に話すと「馬鹿ね、なぜすぐ言わないの」と言われ、今日はいいからこれからすぐ行きなさい、と言われた。一週間休んだら来るのよ、と言われて。

とにかく、持ってきていた黒のフォーマルとバッグなどを揃えてキャリーケースに入れて、夜の新幹線に飛び乗った。何がなんだか全然わからず、何も考えられなかった。

駅からタクシーで、久しぶりに家に着いた。「お母さん、純ちゃん本当に死んだの?」帰るなり言うと、逆に母が驚き「あんた、けっこう長く純ちゃんと暮らしてたじゃないの、知らなかったの?」と言われてしまった。
子宮がんだった、と言われた。
なんだか様子が変なので、病院に行ったら大きい病院を紹介されて検査入院してたという。
それは純ちゃんが私がまだ専門学校の二年生の時だった、と聞いて、ちょっと旅行に行ってくる、と言った、あの時だったんだ、とようやく知った。

私は仕事に行っていて知らなかったが、純ちゃんは働きながら定期的に病院に治療に通っていた事を知った。

その後、転移があり、余命宣告を受けていたのだと言う母の言葉をぼんやり聞いていた。

そうか、純ちゃんは自分の死期を知って、私が一人でも困らないよう、いろいろ考えてくれていたんだ、と初めてわかった。
そして母から、あんた宛ての純ちゃんの手紙よ、と手渡された。

自分の部屋に久しぶりに入り、ベッドに座り手紙を読んだ。そこには懐かしい純ちゃんの言葉があった。

『ちーちゃん、ごめんね。私は大好きなちーちゃんともっとずっといられると思っていたのだけれど、出来なくなってしまいました。もし、このまま私が死んだら、と考えたら、ちーちゃんはこの先も東京で働くなら、一人で生きていく事になるから、心を鬼にして、なんでもちーちゃんが一人でできるように、私をあまり頼らないようにしてました。ちーちゃんの就職祝いをした時、楽しかったね。二人でお祝いができて、私は本当に嬉しかったの。
ちーちゃんは私の妹みたいなものだったから。本当は全部話してしまいたかった。でも、ちーちゃんが一生懸命仕事をしているのを知っていたから、言ってはいけないと思っていたの。
最後は、笑ってさよならしたかったけれど、泣いてしまいそうで、できなかった。ごめんね、ちーちゃん。最後まで優しくできなくて。
もう、ちーちゃんは一人で何でもやって生きていける、立派な大人の女性です。ちーちゃん、一緒に暮らせて楽しかったよ。大好きだったよ、ちーちゃん。           純子』

私は、初めて純ちゃんの私への深い思いを知った。純ちゃん、ごめんね。
私、純ちゃんの事誤解していて。
純ちゃん、一人で胸に抱えているの苦しかったでしょう?なんて話してくれなかったの?!そうしたら、私が少しは話し相手になって、純ちゃんにご飯作ってあげたりしたのに。
純ちゃん、大好きだよ。
気がつくと力を込めて歯を食いしばっていた。ポタリ、と手紙に落ちたのが自分の涙だと知ると、せき止められてた川のように、涙が溢れて後悔で胸が締めつけられた。
私はうわ言みたいに、ただ、純ちゃん、純ちゃんと言いながら涙があふれるのに任せていた。
ごめんね、ごめんね、純ちゃん!
そして、ありがとう。私は手紙を握りしめてベッドに顔を伏せていつまでも泣いていた。優くて大好きだった純ちゃんの顔が浮ぶ。



5/29/2023, 4:17:23 AM

『半袖』

私はどんなに暑い夏でも、決して半袖を着ない。

クラスのみんなが、涼しげにきれいな腕を出して半袖の服を着ていても、私は長袖であまりにも暑いとボタンを外し、一つまくり上げるくらい。
絶対に半袖を着ないので、クラスメイトに「何故、めぐみは半袖を着ないの?暑いのに」と、よく言われる。
その度に私は「なんか、半袖って好きじゃないの」と言ってごまかしている。
昔は高校には制服があったと聞く。今でなくて良かった。衣替えの日、みんなが一斉に半袖の制服になるなんて拷問だ。

だけど本当は、あんな風に涼しげに腕を出せたら。でもとても無理だ、と思い諦めていた。

私は、あまり友達がいない。
話しかけてくれる子はいるけれど、私なんかと友達になっても楽しくないと思うから、なんとなくみんなと距離をおいてしまう。

私は母に愛されてない。いつも母は憎々しげに「だいたい、あんたが出来なければ、お父さんとなんか結婚しなかったのに」と言う。
そして更に、私の右腕のひじ近くに、けっこう目立つあざがある。
いびつな形の赤紫色のあざ。

母は、たまたま私がお風呂あがりの時に腕が出ていると、さも嫌そうに「みっともないあざね」と突き放すように言う。そう言われると私が悪かったように、慌てて部屋に行く。

それなのに、妹は母に愛されている事が私はいつも不思議だった。
一度、思い切って母に聞いた事がある。「どうしてお母さんはあの子は可愛がるの?」
「だって、あの子は私が本当に愛した人の子供だから」何でもない事のように母が言う。つまり妹は不倫して出来た子、という事だ。
「あんなお父さんの子なんて、もうまっぴらだもの」と私に向かって言い放つ。

考えてみれば、なんとも理不尽な話だけれど、それでも私は母の愛情が欲しかった。妹を見る母の目はとても優しい。あんな風に一度でいいから、見られたいと、今日も叶わぬ夢を抱く。
だからか、私は可愛げのない子に育った。自分でもこんな自分が嫌いだった。
いっそ死んだら母は泣いてくれるかもしれない、と思い、カッターナイフを手首に押し当てたけれど怖くてだめだった。死ぬ事も上手く生きる事も出来ない、中途半端な私。

その日はいらいらしていた。朝から楽しそうに笑って話す母と妹を見てしまったからかもしれない。

いろいろな感情が複雑に絡み合って、もう何がなんだかわからなくなっていた。学校に行こうと家を出たけれど、なんだか学校も嫌で、途中の公園でベンチに座ってただ空を見ていた。

「なんだ、サボりかよ。大胆だなお前」不意に声をかけられ、びっくりした。それでつい「ああ、びっくりした」と言ってしまった。見ると同じクラスの中島くんだった。
「中島くんこそ遅刻じゃないの?もう」と言うと、何故か彼は私が座っているベンチに、少し距離をおいて座るのだった。
「お前さ」と、突然中島くんが言った。
「なんで、いつもひとりでいるんだよ、声かけてくれる友達いるのに」それに、と更に言った。
「なんで、暑そうな顔しながら、長袖着てんだよ」と言う。私の気持ちなんてなんにも知らないくせに。
私は朝から引きずっているいらいらを、つい中島くんにぶつけてしまった。「友達なんていない、可哀想だと思って時々誰かが声をかけるだけ」そう言うと自分がみじめで更にいらいらが増し、とうとう中島くんに
「これ、見てよ」と、いきなり長袖のボタンを外し、思い切り袖を上に押し上げた。醜いあざが丸見えになる。
「こんなみっともないあざがあるのに半袖着れると思う?」と言った。

気味悪がるだろうと思ったのに、中島くんは何も言わない。引いたのかな、そうだよね、と思っていると、いきなり思ってもみない事を、言った。
「きれいじゃない、それ、ちょうど赤紫色のあじさいの花びらみたいだな」
「このあざが?!きれい?」思わず、他人事だと思って、と腹立たしさがこみ上げ「適当な事、言わないでよ!」
と、叫んでしまった。言ってから、後悔した私はうなだれて「……ごめんね」と言った。

黙って、ふたりで座っていた。
空にはのどかに飛行機が飛ぶ音がしている。

「俺んちさ」急に中島くんが、独り言のように話し出した。
「いっつも親父とお袋が喧嘩しているんだ。それ見ていると嫌になってきてさ、なんで子供は親を選べないんだろうな、なんて思うよ」と言うので驚いた。
中島くんは、クラスでいつも明るい。だから友達も多い。
ああいう、両親に愛されてそれを当たり前だと思って生きてる人もいるんだ、と今まで冷ややかに見ていたのに。
「本当だよね。勝手に子供を産んでおいて、あんたがいなければ、なんて言われても私にはどうしょうもないもの」と、誰にも言えなかった胸に溜まっていたモヤモヤを言葉にした。

「お互い、親には苦労するよな」笑いながら中島くんが言うので、つい私もつられて「本当だよね」と笑ってしまった。

そして、少しためらってから言った。「ねぇ、こんなあざみたいなあじさいの花、本当にあるの?」すると中島くんが「あるよ、教室の廊下の窓から見えるのに。知らなかったの?」と言う。私はなんだか気持ちが軽くなっていく事に驚きながら、言った。
「じゃあ、その花を見て、きれいだと思ったら半袖になるよ」
「なるさ、すごくきれいだもの」

空を見上げる。青空がどこまでも続き、きれいだ。すると中島くんが
「青空ってさ、きれいだけれど」
「どんよりした曇り空で雨がじとじと降らないと、あじさいはきれいに咲かないんだよ」と言った。

そうか、あのきれいな花は鬱陶しいとみんなが思う雨が降らないときれいに咲かないんだ。

私は勢い良く立ち上がり、中島くんに言った。
「もう、完全に遅刻だね、学校、行こうか」
すると中島くんも立ち上がり
「そうだな、ふたり仲良く怒られるか」と言うので思わず笑ってしまった。すると急に顔をそらして
「お前、笑っている方がいいよ。すごくいい笑顔でかわいい」そらした頬が少し赤い。

胸に暖かいものが広がり、いい人だな、と思った。

中島くんの言ったとおり、ふたり仲良く先生に怒られ、クラスメイトからは冷やかされ、私は笑っていた。

休み時間に、教室の廊下の窓から見てみた。本当だ。私のあざみたいな赤紫色のあじさいが咲いている。花びらって、よく見ると歪なのもあるんだ。まるで本当に私のあざとよく似ていた。

こんなところのあじさいに気づく中島くんは、明るく振る舞っているけれど、心には苦しい悲しい物を抱えていたんだ。

翌日、私は半袖を着て行った。少し勇気が必要だったけれど。
教室に入ると、いつも話しかけてくるクラスメイトが「おはよう、めぐみ、半袖着てるじゃない。なんで今まで着なかったの?」と言うので、笑顔で腕を見せて「ほら、ここに赤紫色のあじさいの花みたいなあざがあるでしょ?今まではこれが嫌で半袖着なかったの」と言うと、何でもない様にその子が「本当だ、あざがあったんだ。でも、たしかに教室の廊下の窓から見えるあじさいに似てるね」と言ったのでびっくりして、「知ってたの?」と言うと、肩を揺らしてその子は笑って「いやだ、めぐみったら知らなかったの?みんな知ってるよ」と言った。

なんだ、みんなちゃんとあの花に気づいていたんだ。みんな、もしかしたら何かを抱えているのかな。

私は、初めてその子の名前を呼んだ。「菜月、今まで何度も話しかけてくれてありがとう」菜月は、当然のように「だって友達じゃない」と言った。

私は、私だけ不幸だと思ってひがんでいただけなのかもしれない、と思うと急に恥ずかしくなった。

「なになに?突然顔を赤らめて。今朝は中島とふたり仲良く遅刻するし」そして、菜月が言った。
「帰りにお茶しない?ちょっと聞き出したい事、あるからね」
私は笑顔で「うん、いいよ。でも何を聞きたいの?なんだか怖いなあ」と言った。

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