櫻庭

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7/30/2024, 11:24:26 AM

「わぁ、綺麗。この子、澄んだ瞳をしていますね」
気配を消して掛けた言葉に、素っ頓狂な声を出して驚く彼が面白かった。
こういう人にはいたずらしたくなっちゃうんだよねぇと思いながら、人形を抱える。もちろん許可は取ってから。
陶器のような白い肌に美しく澄んだあんず色の瞳。
瞳の色が、切り揃えられた白髪によく似合っていた。
瞳はガラスでできていて三ヶ月ほどかかるけれど毎回海外から取り寄せていると聞いたときにはわざわざ三ヶ月も掛けて取り寄せる必要があるのかと疑問に思ったけれど、間近で見てみるとわざわざ取り寄せる必要が判るほどに美しい。
「この子の瞳、綺麗ですよね。…僕も、気に入っているんです」
彼を見ると、若草色の瞳を細めて微笑んでいた。
やっぱり、彼は人形のことになると感情が豊かになる。
「…そういえば、カタルさんの眼ってガラスアイ、ですよね?」
何かに気付いたように私の顔、特に瞳をじっくりと見つめる彼に、思わずたじたじになって後退りしてしまう。
それを追いかけるように彼は私の瞳をじっとみる。
だるまさんが転んだのようになり、遂には扉にぶつかる。
そのまま腰を下ろした私をみて、獲物を狙う猫のようにまた私の顔をじっくりと見つめる。
「…あのぉ……晶、くん?」
名前を呼ぶと、はっと我に帰ったように目を見開いた。
「ぁ…ごめんなさい……綺麗だったからつい…」
きれい、綺麗?私が?いや判ってはいたけど。自分でもこの眼綺麗だとは思うし。
しばらく彼は瞳をみつめて、ゆっくりと口を開いた。
「本当に、澄んだ綺麗な瞳をしてますね。人形の眼にしたいくらい」

7/28/2024, 11:21:05 AM

「夏と言えば花火でしょ!」
誰かのその発言で、今日急遽花火大会に行くことになった。
もちろん浴衣は絶対条件で。

「あれ良くない?フルーツ飴だって!」ひとり、藍色の髪の機械技師が言った。
鮮やかなマゼンタの瞳が、フルーツ飴や綿菓子、チョコバナナ等の甘味類が集まった一角をしっかりと捉えている。
「一緒に買いに行きますか?旭くん。私も食べたいですし」と、黒い結い髪の魔導師が瞳を細めて笑った。
「じゃあ僕も!」またひとり、蜂蜜色の瞳が特徴的な彼と紫色のインナーカラーが特徴的な兄弟ふたりが同時に。
その三人の買ってきたフルーツ飴や綿菓子は、最近の流行のど真ん中という感じで、いちごやブドウ、さらにはマシュマロなどがきれいにつやりとした飴でコーティングされていた。
僕はメジャーな林檎飴を魔導師から貰った。
薄い飴を一口齧ると、林檎の甘さと爽やかさが広がった。

それから数時間後、辺りはすっかり暗くなって、花火が見える王道のところに人が集まるのが見えた。
対して僕たちは人混みが苦手な奴らが多すぎるから、鑑定士の彼が知る昔からの穴場スポットで見ることにした。
赤、青、緑、黄色、白と、色とりどりの花火が空に模様を描いては消えるを繰り返す。
最後にとびきりの大玉の花火が打ち上がったときは皆揃って声を上げた。
数年ぶりの夏祭りは、忘れられないほど僕にとって美しい思い出になった。

7/27/2024, 10:31:19 AM

『お前はヴィランになる運命だった』。
そんなことを、もしも神様が舞い降りてきて言ったタチの悪い冗談なら、どんなに良かったか!
こんなこと望んだわけじゃなかったのに。
こんなもの、好きでなったわけじゃないのに。

拠点兼住居のソファで、気付いたら眠っていた。
体が固まって痛い。
机の上には、昨夜緊急任務の際の報告書。
そういえば書いてるうちに眠くなってそのまま寝たんだっけ、と考えながら、台所に向かってインスタントコーヒーをマグカップに注ぐ。

『お前はヴィランになる運命だった』
それは、自分が嫌いな自分が、自分に向かって放った言葉。
もしくは、自分の中に棲み着くすっごく性格の悪い神様が俺に言ったのかもしれない。
そんなことすら、今は思い出せない。
タチの悪い冗談だったら良かったと、何度思ったのかは、数十、数百億の年月を宇宙と過ごすうちにすっかり忘れてしまった。

「さて、報告書書きますか……」
まだ完全に覚醒していない意識と頭を安っぽい味のコーヒーで無理矢理叩き起こしてペンを持つ。
神様が舞い降りてきて言ったタチの悪い冗談なんて頭の中から消し去った。

7/26/2024, 10:38:04 AM

『誰かのためになるならば、自分を犠牲にしてでも護るよ』
いつかの昔。
かつてヒーローだった頃、かつての仲間に向けて言った言葉。
そのときの、仲間のかおが、声が、言葉が、思い出せない。
護るべきものが、確かにあったころ。

結局、その護るべきだった人たちは護れなかったけれど。
未だにそのときのことがフラッシュバックして、後悔と未練で焼き尽くされそうになる。
でも、乗り越えないと。未練を捨てないと。
そう思いながら、日々胸の奥の痛みと闘っている。
「護るべきもの…か」

微かにひぐらしののなく声が聞こえてくる田舎。
予定の空いていたメンバー数人であるところの旅館に泊まっていた。
一足先に風呂から上がった僕は、丸い月のような窓枠に腰掛けて思いに耽っていた。
「透?」
誰かが入ってきた音に気付かなくて、うわあっ、と声を上げて窓枠から転げ落ちてしまった。
「わあ、大丈夫ですか?」と、彼から手を差し伸べられたから、その手をとった。
ふわりと広がった黒い癖っ毛は、濡れたまま緩く結われている。
その姿が、そういう意味ではないけど妙に艶っぽい。
「物思いに耽るなんて珍しいじゃないですか。なんかありました?」
そう言うと、彼は二人分の酎ハイ缶の一つを差し出した。
「吞まないんですか?…なら俺が飲んじゃおっかなあ?」
そう言われたので、僕は目の前の缶を取ってプルタブを開けて一口飲んだ。
勢いで吞んだからか、喉が灼ける感じがした。
「あは、結局飲むんじゃないですか。じゃあ俺も飲も」
彼はカシュッと音をさせて缶を開け、こくこくと喉を上下させて飲んでいた。
「それで?話を聞かせてくださいよ。護るべきものとやらの話」
酔いやすい性質なのか、既に少し頬を紅潮させた彼は、いつもよりも高いトーンでそう言った。

7/25/2024, 10:19:12 AM

ペットショップで鳥籠に入れられた鳥たちを見ると、昔の自分と重ねてしまう。
病弱で、満足に走り回ることもできなかった幼少期。
空を自由に飛び回る小鳥たちに羨望のまなざしを向けていた。
ただひたすらに、憧れていたんだと思う。
そして、劣情を密かに持っていたのかもしれない。
劣情というか、コンプレックスというか、そういうものを。
幼少期、そして学生時代にも、世間一般的に言われる『青春』とはかけ離れた生活を送っていたから。
僕にとっての青春というものは、もしかして病院なんじゃないかと思わせるほどに。

「久遠くん?」
はっと、意識を引き戻された。
今は講義中で、隣には極度の人見知りの同居人が座っている。
「大丈夫?なんか考え事…してたみたいだけど……」
僕にしか聞こえない声で問われる。
「大丈夫。ありがとう」
僕が言うと、彼はすっかり気の抜けて安心しきって頬が緩んでいて。
「良かったぁ…珍しくノートもとってないしと思って……体調悪いのかなとか思ってたけど…」
思いに浸りすぎて、ノートをとるのを忘れていたのは失敗だった。
後で見せてもらおう、と思って、今度はしっかりとペンを持つ。
窓から、小さく鳥のさえずりが聞こえた。

十数年前の僕へ。
今、僕はすっかり元気になって友達と日々楽しく過ごしています。
あのとき、頑張ってくれてありがとう。
今の僕はもう病院という名の鳥籠に囚われていません。
ありがとう。
そして、これからを楽しみにしていてください。

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