ともだち、親愛、大切。
それらに当て嵌まるものはと言われたら、それは友情だと僕は言う。
それに限らずとも、青春、恋愛なんてものも、元々は友情が基盤となって出来たものではないのだろうか。
なんせ学生時代、そういうものをしてこなかったから完璧にわかるわけではないけど。
午前八時。
振り分けとして“学生”という職業に属している僕を含めた同居人二人は、珍しく僕たち以外全員予定がある日の土曜日を過ごしていた。
「そういえば、佐伯くんって結構人見知りですよね。…いや、断じて嫌味とかそういうのではなくて、どうやって僕たちとここまで仲良くなれたんだろうって思って」
それはもはや嫌味じゃないか、と言いそうになった口を閉ざして考える。
どうやってなかよくなった、思えば共に時間を過ごすうちに自然と仲良くなっていったのかもしれない。
「わかんない。なんか自然とこうなってたっていうか……」
そう答えると、彼はくふふ、と笑った。
窓から吹き抜ける風が彼のふわふわの白い髪を靡かせて、それはまるでどこかの神話のようだった。
「やっぱりそうですか。ここの人たち、めちゃくちゃフレンドリーだから自然と仲良くなってるんですよねぇ」
からっと笑って、彼は言う。
さっきのような上品な笑い方じゃなくて、心の底から笑ったような、雨上がりの空のような、子供のような笑い方。
彼がこういう一面を見せてくれるようになったのも、そういえば最近だなと頭の片隅で思い出す。
最初は人見知りが激しくてまともに話せなかったっけ、なんて思いだして笑ってしまった。
僕と彼がこうなったのも、友情のおかげかな、と思う。
「そういえば久遠くん。駅前に新しいカフェができたんだけどさ、そこのパンケーキが美味しいって評判なんだけど、ふたりで行ってみない?」
「あそこのカフェ、僕も気になってたんです!是非行きましょ!」
早朝、いつもより早く目が覚めたから窓を見ると、朝顔が咲いていた。
昨日まで蕾だった朝顔が、いくつも花開いていた。
マゼンタに青色、紫色。
鮮やかな花々が寝起きの頭と眼には眩しすぎるくらいの色彩を見せつけてくる。
今度色水でも作ってみようか、と頭の片隅で考える。
彼なら、その色を存分に活かして絵を描いてくれるだろうと。
あわよくば、その絵を店で飾ったり。
暖かい紅茶でも飲もうと思い共用のスペースへと足を運ぶと、お目当ての彼がソファで眠っていた。
こちらの気配に気付いたようで、目を擦りながらゆっくりと起き上がる。
「おはようございます……いつもより早いですね…?」
「おはようございます。今日はいつもより早く目が覚めましたから」
ソファで寝ると体痛めますよ、と言って彼を起こし、話を持ちかける。
「そういえば、今日朝顔が咲いていましたよ。色水でも作って絵を描きませんか?」
そう言うと彼は目を輝かせて「やっと咲いたんですか?ずっと楽しみにしてたんです!」と子供のように言う。
直ぐさま外に出ようとした彼を引き止める
「あ、その前に、紅茶を飲んでいいですか?」
すると彼は頬を緩めて「もちろんです。…僕も、ココア飲みましょ」と言った。
二人でキッチンに並ぶ初めての朝、無言だったけれど、なぜか気まずさも居心地の悪さも感じなかった。
「俺、朝顔ってまともに見るの初めてなんです。楽しみですね」
「もし、タイムマシンがあったら、何年前に戻りますか」
微かにふるえた、今にも泣き出しそうな声で隣の彼は言った。
「タイムマシンなんだから、未来に行くこともできるんじゃない?」
僕がそう言うと、「ああ、確かに、そうですね。タイムマシンなんだから」と彼が言った。
「それで、いつに戻りますか。それとも、進みますか」
「僕は…戻るなら今日の朝かなぁ。みんなともっと話しておこうと思うから。……進むなら、二年後に進むよ。そのときに、僕自身も考えとか、けじめとかついてると思うし」
僕がそう言うと、彼は今日の朝、と虚ろに呟いた。
呟かれた言葉のひとつひとつは、そのままひび割れたコンクリートに落ちていったのが見えた気がする。
「それで、君はいつに戻るの。それとも、進むの?」
そう問い掛けると、彼は数秒考えるような素振りをして、ゆっくりと口を開く。
「俺は戻ると思います。立ち直ってる未来が見えませんから。それに、もっと馬鹿なことして笑いたかったし」
そう言う彼の声はもう震えていなくて、いつも通り、何もなかったような声色に戻っていた。
ヒーローたちとの戦いで、街は壊れて、僕と彼以外、任務に出ていた他のヴィランたちはもう既に斃(たお)れている。
もちろん、僕たちの仲間も例外ではない。
「タイムマシンなんて、ほんとにあったらどれだけ良かったか」
その声は、いつも通りの声をしていたけれど、仲間を助けられなかった後悔と罪悪感、ヒーローに対する嫌悪感なんかがごちゃごちゃに混ざったような声だった。
真夏のまだ涼しい朝方。
昇ってくる太陽を灯りにしながらペンを持って紙に向かう。
なんとなく、何か書いてみたくなったから。
ふと頭のなかに浮かんだものを書こう。
そう決めたのがついさっきのこと。
でもなかなか決まらなくて、決まらないのは欲しいものが多すぎるわけでも、少なすぎるわけでもない。
ただ、欲しいものの中で身近なものが多すぎて、それだけの理由。
そういえば、新発売のアイスクリームが家にあったなと思いだした。
「お前の髪の色にそっくりだったから」なんて言われて同居人の一人から渡されたブドウとサイダーのミックス。
カップアイスだったから、冷凍庫に入れていたんだ、そういえば。
まだ意識の覚醒しない頭で考えながら、部屋を出る。
今日の一番欲しいものは『冷凍庫に入れた新発売のアイス』に決定した。