金零 時夏

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8/13/2023, 5:39:32 AM

君の奏でる音楽

どこからともなく聞こえるヴァイオリンの音色。音楽に詳しくない俺は、曲名も知らないし誰が弾いているのかもわからない。古くて汚い校舎の隅で鞄を背負いながら考える。惹き込まれそうな音色に、体が離れたくないと嘆いていた。窓から差し込む光は茜色に染まっていて、5時を告げる放送が帰りを急かさせる。ふんわり香る夏の匂いに胸がきゅぅっと締め付けられるような気がした。綺麗事を許してはくれない世界を、弱音を罵倒する様な世間を、無視して駆け出して行けたらどれだけ楽だろうか。何も力になれない自分が嫌になって、逃げ出しても怒る人はいないだろうか。迫りくる明日にサヨナラを告げても、許されるだろうか。俺を何処かに連れ出してくれる人がいたら、なんて心のなかで叫んでも、何も変わりはしない。薄っすら黄ばんで踵の部分は潰れている上履きを眺めながら、オトノナルホウヘと歩き出す。階段を登って、屋上に繋がる扉を思い切り引く。ばっ、と顔を上げると相手もそうだったようで目を丸くしてこちらの様子を伺っていた。同じ制服を着た背の高い男。ヴァイオリンと弓を手にしていて、色白の肌が楽器の茶色に映えていてきれいだった。

「あなたの心と、人生の一部、ちょっとちょーだい。」

5/10/2023, 9:20:24 AM

忘れられない、いつまでも

今日で何度目かも分からないため息をつく。外の空気は暖かい。最早最近は暑いまである。
5月中旬、夏へ向かう途中の季節は、なんとも表現しずらい。こんな日は、あの人を思い出す。
あの人が私の元を離れて3年。きっと私は、何年いや何十年経っても忘れられない、忘れたくない、いつまでも。

5/3/2023, 10:29:58 AM

別に仲良くなかった。なんなら、仲良くならなくても良かった。仲良くなれないまま終わると思っていた、アイツ。
静かな私に、声をかけてくれた優しい陽キャ。所詮そんな印象だった。そしたら、いつの間にか同じ輪の中にいて。
欠かせない存在になっていた。


来年も、再来年も、一緒に入れると思ってた。ねぇ、昨日まで彼奴と一緒に楽しそうに帰ってたよね。
_______ありがとう。



2月2日。知らされたアイツの死。いつ、誰がいなくなるのか分からないということを、身をもって感じた。言えるうちに、言っておきたかった。ありがとう。

3/4/2023, 11:35:03 AM

大好きな君に

毎日一緒にいたから、何も思わなくなっていた。隣で優雅に本を読む君の横顔。あどけない寝顔。花が咲くようにはにかむ笑顔。
授業中の真面目な顔。寝起きのぼうっとした顔。サラリと揺れる髪が印象的な後ろ姿。
その全てに見蕩れていることに気づかなかった。それ以外にも、さりげなく歩道側を歩いてくれる所とか、自分のことをとても大事にしてくれるところとか。優しいところも、真面目なところも、全部

たまにしか言わないけど、大好きな君に
「いつもありがとう、あなたのすべてが好き。」

3/1/2023, 10:50:03 AM

欲望

とある夏の日だった。俺は、あの日。

夕空が満ちた空の下、夏の終わりに吹く風特有の空気感が、俺を焦らせる。人気のない住宅街。未だ鳴り止まない蝉の音。暑い靴の底は、休みたいと叫んでいるように思えた。夏の夜の匂い、どこからともなくやってくる喪失感に、胸が軽くドキンと波打った。西に沈む太陽をぼうっと、眺める。そうだ、深呼吸をしてみて、心を落ち着かせてみよう。目にかかるほど長い前髪は、吹きまどう風にされるがままであった。

辺りはオレンジと深い藍に包まれている。俺が乗ったせいでキィキィと音を立てて揺れるブランコは、いつかの懐かしさを思い出させた。俺は、欲望に塗れた人間が、心底嫌いだ。金、性、愛。人間は、欲望というものが必要なのだろうとは思うけれど、それでも。


______俺は、欲望にまみれた汚い大人に、なりたいとは到底思わない。

だから俺は、大人になるのを辞めたのだ。

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