金零 時夏

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君の奏でる音楽

どこからともなく聞こえるヴァイオリンの音色。音楽に詳しくない俺は、曲名も知らないし誰が弾いているのかもわからない。古くて汚い校舎の隅で鞄を背負いながら考える。惹き込まれそうな音色に、体が離れたくないと嘆いていた。窓から差し込む光は茜色に染まっていて、5時を告げる放送が帰りを急かさせる。ふんわり香る夏の匂いに胸がきゅぅっと締め付けられるような気がした。綺麗事を許してはくれない世界を、弱音を罵倒する様な世間を、無視して駆け出して行けたらどれだけ楽だろうか。何も力になれない自分が嫌になって、逃げ出しても怒る人はいないだろうか。迫りくる明日にサヨナラを告げても、許されるだろうか。俺を何処かに連れ出してくれる人がいたら、なんて心のなかで叫んでも、何も変わりはしない。薄っすら黄ばんで踵の部分は潰れている上履きを眺めながら、オトノナルホウヘと歩き出す。階段を登って、屋上に繋がる扉を思い切り引く。ばっ、と顔を上げると相手もそうだったようで目を丸くしてこちらの様子を伺っていた。同じ制服を着た背の高い男。ヴァイオリンと弓を手にしていて、色白の肌が楽器の茶色に映えていてきれいだった。

「あなたの心と、人生の一部、ちょっとちょーだい。」

8/13/2023, 5:39:32 AM