僕と一緒に
「つまんない顔してんね。せっかく世界が俺たちを祝福してくれるようになったのにさ」
あまりにも遅くではあるが、やっと気温も下がり、涼しげな風も吹き、それでも太陽は煌めいていて空は高い。
「つまんないよ。秋が来るってなんか寂しいじゃん」
「寂しい、ね。やっぱわからん」
「世界に祝福されてるようなやつには一生わかんないよ」
最寄り駅に繋がるあぜ道を、僕の影を掻き消さんばかりの、祝福を受けた明るい雰囲気を纏ったコイツと二人グダグダと歩き続ける。
たしかに、秋の匂いだ。食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋。どれもこれも秋じゃなくても出来る。秋をそんなに特別視する事は僕には分からない。どうしても僕には寂しさや侘しさの方が強く感じる。だから秋は嫌いだ。
夜の間に冷えた空気が僕らの間を吹き抜ける。隣に歩くご機嫌なやつは、その前髪を撫でた風にもまた祝福を受けている。やっぱり嫌いだ。
特に今年は。
「なあ、進路どうすんの?」
知ってる。とっくの昔に聞いた。だけどまた聞く。
「言わなかったっけ?東京の大学行くよ、俺」
木の葉がはらりと足元に落ちてきた。
「忘れた。そっか」
「なんだ、寂しいのか?俺と一緒に行くか?」
「黙れ、行かねえよ。実家継ぐから行かん」
行きたいよ。なんで行くんだよ。
僕と一緒に、ここに残ろうよ。
明日に向かって歩く。でも、
明日に向かって歩く。でも、そんな明日も辛い一日が来るかもしれない。
ずっと立ち止まりたい。
もう疲れた。
逃げ出したい。
終わってしまいたい。
首を括ってしまおうか。
それは悪い選択肢なんかでは無い。
逃げることは時に重要だ。
きつくて、やるせなくて、人生に疲れたら、逃げたって別に構わない。
ただ、勿体ない選択肢だとも思う。
例えば、お化け屋敷に入って、泣き出して、今にも逃げ出したいときは、リタイアしたって構わない。
本当につまらなくて、胸糞が悪い、クソみたいな映画を見たとき、途中で見るのを辞めたって構わない。
でも、もしその本当に怖いお化け屋敷を抜けたら、外の空気をいつもより何倍も美味しく吸えるだろう。
でも、もしその映画がラストに怒涛の展開があって、最後まで見てよかったと思える作品だったら。
途中で辞めたって構わない。
もしかしたらお化け屋敷の出口が塞がれてて一生外の空気が吸えないかもしれない。
もしかしたらその映画は本当につまらなくて最後まで見る価値のない作品かもしれない。
だけど、その出口を一緒に入った仲間や他人と力を合わせて、こじ開けることが出来るかもしれない。スタッフに助けてもらえるかもしれない。
クソ映画だったら、それを人に言って笑い話にできるだろう。
お化け屋敷をリタイアしたら、共に入った他人や仲間と同じ空気は吸えない。
映画を最後まで見なかったら、最後の展開はどうなるんだろう、と気になってしまう。
そんな尾を引く選択肢は勿体ない。
ただの綺麗事だが、僕はそうやって明日に向かって今日も歩いている。
「ただひとりの君へ」
嗚呼、愛する貴方よ。
もう一度見せて欲しい。
花畑の中で儚く咲う姿を。
嗚呼、愛する貴方よ。
もう一度触れさせて欲しい。
柔らかく温もりをくれたあの日を。
嗚呼、愛する貴方よ。
もう一度全身で感じさせて欲しい。
貴方の全てを知った高揚感を。
嗚呼、愛する貴方よ。
ただのひとりも貴方を超えて美しく飾ることは出来なかった。
嗚呼、愛する貴方よ。
もう一度開かせて欲しい。
次はもっと綺麗にしてみせるから。
嗚呼、愛する貴方よ。
もう一度、君を殺したあの快感を味わわせてくれよ。
嗚呼、愛する貴方よ。
『死刑囚の遺書』
未来への鍵
『偽物だったあなたへ』と大きく書かれた、クタクタになった茶封筒を浜辺で透かしてみる。
ネクタイを弛め、護岸ブロックに腰を下ろしその茶封筒からその便箋を取り出した。
中にはびっしりと、知的溢れる綺麗な文字が、今でも息をしているように活気を持って便箋を埋め尽くしている。
「この手紙をあなたが読んでいるということは…」
ベタな文章で始まる所も、本当に彼女らしい。
一文、一文、丁寧に読み進めていく。
一文字一文字から、彼女の温かみを感じる。
ふつふつと、彼女と出会うまで知ることがなかった感情達が、混ざりあって目頭から流れ出ていく。
全てを読み終えたとき、どこからともなく子供らのはしゃぐ声が聞こえてきた。
涙を流しすぎてぐちゃぐちゃになった顔を、大雑把に腕で拭って声のする方へ頭を上げた。
今日という一日が最後に燃え尽きるように赤く染まる砂浜で、足元に迫る冷たい暗闇なんて気にも止めずに、力いっぱいに子供達がその闇を踏みまわっている。
その中で、三日月のすぐ下に煌めく金星に、立ち止まって手を伸ばす少年が一人。
掴み取ろうとしている。
夢を。
希望を。
未来を。
そんな難しいことは考えていないかもしれない。
けれど、彼のその背中に自分の過去を重ねて、期待と羨望を乗せてしまう。
彼に倣って腕を伸ばす。
僕は、沈みゆく太陽に掌を向けて。
今年の抱負
今回はシンプルに、ただお題通りに抱負を宣言させていただきます。
節制や、落ち着いた生活をするなど小さいものは沢山ありますが、
今描いている作品を完成させること、夏にある小説現代新人賞に応募をする事を今年の抱負として掲げます。
このアプリ上でいいねを下さる皆様方には、その事で大変モチベーションになっており、感謝しております。
一学生の、たわいのない夢ですが、私の作品を気に入っていただけた皆様方に、応援していただけるようこれからも小さな小説を更新していきますので、どうかこれからもよろしくお願いします。
天竺葵