未来への鍵
『偽物だったあなたへ』と大きく書かれた、クタクタになった茶封筒を浜辺で透かしてみる。
ネクタイを弛め、護岸ブロックに腰を下ろしその茶封筒からその便箋を取り出した。
中にはびっしりと、知的溢れる綺麗な文字が、今でも息をしているように活気を持って便箋を埋め尽くしている。
「この手紙をあなたが読んでいるということは…」
ベタな文章で始まる所も、本当に彼女らしい。
一文、一文、丁寧に読み進めていく。
一文字一文字から、彼女の温かみを感じる。
ふつふつと、彼女と出会うまで知ることがなかった感情達が、混ざりあって目頭から流れ出ていく。
全てを読み終えたとき、どこからともなく子供らのはしゃぐ声が聞こえてきた。
涙を流しすぎてぐちゃぐちゃになった顔を、大雑把に腕で拭って声のする方へ頭を上げた。
今日という一日が最後に燃え尽きるように赤く染まる砂浜で、足元に迫る冷たい暗闇なんて気にも止めずに、力いっぱいに子供達がその闇を踏みまわっている。
その中で、三日月のすぐ下に煌めく金星に、立ち止まって手を伸ばす少年が一人。
掴み取ろうとしている。
夢を。
希望を。
未来を。
そんな難しいことは考えていないかもしれない。
けれど、彼のその背中に自分の過去を重ねて、期待と羨望を乗せてしまう。
彼に倣って腕を伸ばす。
僕は、沈みゆく太陽に掌を向けて。
今年の抱負
今回はシンプルに、ただお題通りに抱負を宣言させていただきます。
節制や、落ち着いた生活をするなど小さいものは沢山ありますが、
今描いている作品を完成させること、夏にある小説現代新人賞に応募をする事を今年の抱負として掲げます。
このアプリ上でいいねを下さる皆様方には、その事で大変モチベーションになっており、感謝しております。
一学生の、たわいのない夢ですが、私の作品を気に入っていただけた皆様方に、応援していただけるようこれからも小さな小説を更新していきますので、どうかこれからもよろしくお願いします。
天竺葵
みかん
いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。
師走とはよく言ったものだ。いくら終わらしても増え続けるタスクの山を乗り越えて、電車とバスを乗り継いで2時間かけて縁もゆかりも無い田舎へと一人でやってきた。
同僚らは家族と過したり、気になるあの子は実家に帰るらしい。いわゆるぼっちってやつだ。
やっとの思いで取れた2週間ぶりの休みに、都会の喧騒を離れたいという安直な考えで、ゆくりなくたどり着いてしまったこの田舎。
初めての一人旅に最初は心踊らさせていたものの、何も調べずに来たのは流石に無策過ぎた。
田舎すぎて観光地は無いし、コンビニなんて見たのはここから30分ほど歩いたところに通ったのが最後だ。強いてあるのは蜜柑農家くらいだ。
川沿いに、一本だけ生えている蜜柑の木を見つけ、なんだか今の自分と似たものを感じ、木陰に座り込んでスマホで漫画を読んでいたら眠ってしまった。
ぼとっと音がして視界の端に目をやると、オレンジ色の実が枯葉の上に転がっている。
マフラーに口元を押し込んで身震いをした。
「さっむ」
田舎を一人旅してると…とか、小説みたいな展開に少しは夢を抱いていたのに、今日初めて喋った言葉が独り言なんて。現実は小説より奇なりなんて言うが所詮僕の現実はこんなものだ。
今日得られたものは、僕には一人旅は向いていないということ。
どんなに美味しいものを食べても、すこぶる綺麗な景色を見ても、共有できる人が居ないってつまらない。
1人で好き勝手出来ると言う利点も、僕の思う旅行の醍醐味が無くなってしまったみたいで味気なく思う。
もう帰ろう。
そう思って立ち上がろうとしたその時だった。
「なんでこんなとこおるんですか?」
怪訝そうな表情でこちらを覗き込んできたその顔は、いつも思い続けた見慣れた顔だった。
訳が分からず思考が止まる。
「実家に帰ったんじゃ…?」
「だからここにいるんですよ」
会社では想像できない、ザ、農家って感じの服で彼女は腕を組んで立っている。
そういえば、昔聞いたことがあるような。
偶然なんて思っていたけど、僕が僕をここに連れてきていたのか。だとしたらストーカー以外の何物でもないけれど。
「あ、えっと、一人旅で…」
不審に思われたくない一心でさっきの問いに答えた。
そんな柄じゃないでしょ、と一蹴されて笑われた。
やっぱり前言撤回。現実は奇抜だ。
こんなにも可愛い笑顔が存在するんだから。
変わらないものは無い
クッションは、この位置。
枕は、この並び。
ペンとノートは、右の引き出しに。
コーヒーセットは、トースターの隣。
リモコンは、テーブル真ん中より少し右。
あの子のパジャマは、タンスの下から三段目。
二人でお揃いのマグカップは、一段下げた方がいいか。
そういえば、タオル取りづらそうだったな。
増えた化粧品、どこにしまおうかな。
あの子のお気に入りのお菓子、買いだめしたけど取りやすいところにあったら食べすぎちゃうしな。この裏に隠しとこうか。
…無いと思ってたら。使ったら元に戻してって言ってるのに。
同じ場所にへばりつけられてたものたちが、あの子と出会ってから羽を持ったみたいに自由に意味を持って動き出している。
決まった位置になくて、少し生活しづらくなるところもあるけれど、そんななんでもない日々すら愛おしい。
「最近よく笑うようになったよね」
片付けに飽きたのか、雑誌を開いてソファにくつろぐ彼女が語りかけてきた。
「そう?」
「ほら、さっきもなんにもないのにニヤついてたよ。ちょっとキモかった」
「えっ」
「ウソウソ。君の笑顔、好きだよ」
プレゼント
「別れましょ」
外の世界は煌びやかな電飾に彩られていて、あるはずのない暖かみすら感じる。
かえって今この空間は、暖炉の音は聞こえるのに急激に熱が逃げている。
背中に隠した白い包み紙にデコレーションされた小さな箱が、たったの一言で決して出してはいけない2人の重石になってしまった。いや、もう1人きりか。
なんで、なんて言葉も出てこない。
冗談だと思いたいのは、攻めてタイミングくらいだ。
消えないように、必死に薪をくべていた僕らの焔は、そうしていた時点でもう結末は見えていたのだ。
「何で何も言わないの」
隣で聞き慣れたはずの声は、聞いた事のない色で僕の前を通り過ぎる。
声までもが泣き乱れた彼女の言葉が、僕の世界から色を奪っていく。
貫いた沈黙の末尾、崩れる薪の音に負けそうな声で名前を呼ばれた。
じゃあね、といって扉を開けて出ていく時にようやく、いや久々に、ちゃんと彼女の顔を見ることが出来た。
最近彼女を見ることが出来ていなかったことに、あまりにも遅く気づいた。
このダイヤは、1人で持つには重すぎるよ。
僕は背中に引っかかっていた重石をぐっとポケットに押し込んで、彼女との大量の思い出というプレゼントボックスが溢れかえった部屋を飛び出した。