天竺葵

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みかん


いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。
師走とはよく言ったものだ。いくら終わらしても増え続けるタスクの山を乗り越えて、電車とバスを乗り継いで2時間かけて縁もゆかりも無い田舎へと一人でやってきた。
同僚らは家族と過したり、気になるあの子は実家に帰るらしい。いわゆるぼっちってやつだ。
やっとの思いで取れた2週間ぶりの休みに、都会の喧騒を離れたいという安直な考えで、ゆくりなくたどり着いてしまったこの田舎。
初めての一人旅に最初は心踊らさせていたものの、何も調べずに来たのは流石に無策過ぎた。
田舎すぎて観光地は無いし、コンビニなんて見たのはここから30分ほど歩いたところに通ったのが最後だ。強いてあるのは蜜柑農家くらいだ。
川沿いに、一本だけ生えている蜜柑の木を見つけ、なんだか今の自分と似たものを感じ、木陰に座り込んでスマホで漫画を読んでいたら眠ってしまった。
ぼとっと音がして視界の端に目をやると、オレンジ色の実が枯葉の上に転がっている。
マフラーに口元を押し込んで身震いをした。
「さっむ」
田舎を一人旅してると…とか、小説みたいな展開に少しは夢を抱いていたのに、今日初めて喋った言葉が独り言なんて。現実は小説より奇なりなんて言うが所詮僕の現実はこんなものだ。
今日得られたものは、僕には一人旅は向いていないということ。
どんなに美味しいものを食べても、すこぶる綺麗な景色を見ても、共有できる人が居ないってつまらない。
1人で好き勝手出来ると言う利点も、僕の思う旅行の醍醐味が無くなってしまったみたいで味気なく思う。
もう帰ろう。
そう思って立ち上がろうとしたその時だった。
「なんでこんなとこおるんですか?」
怪訝そうな表情でこちらを覗き込んできたその顔は、いつも思い続けた見慣れた顔だった。
訳が分からず思考が止まる。
「実家に帰ったんじゃ…?」
「だからここにいるんですよ」
会社では想像できない、ザ、農家って感じの服で彼女は腕を組んで立っている。
そういえば、昔聞いたことがあるような。
偶然なんて思っていたけど、僕が僕をここに連れてきていたのか。だとしたらストーカー以外の何物でもないけれど。
「あ、えっと、一人旅で…」
不審に思われたくない一心でさっきの問いに答えた。
そんな柄じゃないでしょ、と一蹴されて笑われた。
やっぱり前言撤回。現実は奇抜だ。
こんなにも可愛い笑顔が存在するんだから。

12/30/2024, 4:54:23 AM