滝谷(shui)

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10/17/2023, 10:00:42 AM

【柔らかな光】

「死んだらさ、どんな人だったと言われたい?」

 人でひしめき合う葬儀場。
 そんな中で、親友が急に言葉にしたセリフに、僕は驚いた。
 葬式に来ただけでも初めてだって言うのに、緊張してる僕にそんなことを聞かれても。

「え、考えたことない」
「だよな、俺も」

 親友が僕を見て笑う。黒い学ラン姿は中学校でいつも見るのと同じもので、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
 
 僕の初めて参列した葬式は、近所の駄菓子屋のおばちゃんとのお別れの日だった。
 小学校に上がる前からお世話になった、身近な大人だ。

 お菓子を買うとおまけをくれて。
 悲しいことがあると話を聞いてくれて。
 褒められたと自慢すれば、しわしわの顔で笑って一緒に喜んでくれた。
 ……もっと長生きすると思っていたのにな。
 がやがやと雑談する周りを見渡してから、僕は親友を肘でこづいた。

「なんだよ、変な質問してさ」
「変じゃないよ。さっき、おじさんが話をてたじゃん。駄菓子屋のおばあちゃんの息子だって」
「ああ、あの人」
「母は誰よりも子供に優しかった、ってさ。話を聞いた時に、ほんとだなーって感じてさ。
 俺もそんな言葉、誰かに言ってもらえたら良いなーとか思っちゃって」

 親友が指で頬をかいた。
 もちろん、僕も親友も死ぬ予定なんかない。
 ただ、誰かに『あいつは良い奴だった』なんて思われてみたい……そんな親友の気持ちは、僕にとっては不思議な感覚だった。

 そうなんだ、みたいな。
 うまく言葉にできないけど。僕にはない不思議な気持ち。

 そんな話をしていて、線香を上げる番が回って来た。
 見様見真似で最後の挨拶を終えると、亡くなったおばあちゃんの顔が見えた。
 柔らかな光を浴びて、幸せそうに昼寝をしている時にそっくりの顔。

 それをみて、なんとなく。
 なんとなく。
 僕も、少し羨ましい気持ちがした。

10/10/2023, 2:28:07 PM

【涙の理由】

「泣きたい時は泣いて良いと思うよ」

 と、僕が彼女に話しかけると、名前も知らないその人は驚いたように僕を見てから、静かに涙をこぼし始めた。

 深夜のカフェ。
 どっぷりと日が暮れた窓の外の景色が、まるで額縁に飾られた写真に思えた。お店には、優しい灯りを落とすランプと、大人びたBGMが静かに流れている。
 カフェというより、時間帯ならもはやバーに近い。
 それでも、この柔らかな暖かい雰囲気は、やはりカフェ特有のソレだな、と僕は思っている。

「泣いていい、なんて初めて言われたわ」

 彼女は涙を拭いながら、少しだけ笑った。
 髪を長く伸ばした、大人のお姉さんだ。その顔は少しやつれていて、お腹には抱っこ紐で支えられている赤ちゃんがいた。
 泣き声をあげてないから、寝てるのかもしれない。

 深夜カフェに、赤ちゃん?
 珍しいな、という言葉の代わりに僕は店主にココアを頼んだ。
 泣いていい、なんて余計なことを言ってしまったかなと思いつつ、少し相手の笑顔に救われる。

「僕もこのカフェに初めて来た時に、店主さんに言われたので」

「そうなんだ。……常連さん? 学生が深夜にカフェとは驚いたわ」

「あー……たまに? 一応、大学生ですけどね。バイトが遅くなると、ここで朝を待つんです。……夜の道は怖くて、歩けないんですよ」

 夜道恐怖症……と僕は呼んでいるが、本当は何と呼ばれるべきなのかは知らない。

 そんな僕の逃げ道の一つが、この深夜カフェだ。
 《深夜に居場所が欲しい人へ》と言うコンセプトのカフェは、たまにこうして特別な事情のある人が訪れていた。

「そうなのね。……私も朝までいてみたいわ」

「いたらいいんじゃないですか?」

「それは無理よ、赤ちゃんいるし」

 彼女はしばらく黙って赤ちゃんを見てから、言葉をこぼすように呟いた。

「私ね、逃げて来たの。赤ちゃんの泣き声がうるさいと、怒られちゃって。普通の子じゃないから」

「?」

「この子、耳が聞こえないのよ。だから音楽や言葉で安心させることが難しくて、なかなか泣き止んでくれない子なの」

 耳の聞こえない子と言われ、意外に思った。
 そんなの見た目じゃわからない。
 どんな声で泣くのか、そのせいでどんな辛い目に合っているのか、僕には想像することしかできないけれど。

 『泣くな』と言われ続けていたなら、どれだけ辛かったのだろう。

 お前のせいでーーと怒鳴られるのを想像して、僕の胸が軋む音がした。





 彼女は暖かなコーヒーを一杯だけ大切そうに飲むと、暫く目を閉じて考えているようだった。
 (それと僕はカフェインレスコーヒーを初めて知った)
 それから暫くすると、赤く腫れた目で、赤ちゃんのために帰るね、と店を後にした。

 彼女がなぜ泣いたのか、僕は知らない。
 きっと、育児の苦労なんて経験者にしかわからないのかもしれない。

 でも、彼女は赤ちゃんの為に泣いたのか、自分の為に泣いていたのか、朝までもう少しだけ考えていた。
 できるなら後数時間……彼女と赤ちゃんが眠れますようにと、願いながら窓を見つめて。

9/25/2023, 12:49:36 PM

【窓から見える景色】

 車窓から見えたのは、みたこともない紅葉でした。

「わー! 見ろよ! 山一面が紅葉してるぞ!」
「うわぁ、ほんまや! 初めてみた!」
「俺たちは本当に遠くまで来たんだな……」

 親友の角田と宮野をつれて、列車に揺られること二日目。
 とうとう見たことのない景色をまえに、俺たちのテンションは最高潮に達していた。
 今、列車が走っているのがどこかは知らない。
 行き先も知らずに深夜に駆け込んだ駅から、適当に乗り継いで来たからだ。
 県外なのはわかる。多分、西に向かってる。
 けど、この冒険は初めてのことばかりでも、ちっとも怖くなんかなかった。

「今頃みんなどうしてるかなー」
「流石に高校生三人が失踪! なんて話題になっとったりせぇへんかな? 俺たち話題の人やん」
「それは無いさ。俺と角田はともかく、桜井の親は国会議員だ。子供の夜逃げなんて話題にもしないさ」

 俺と角田と違い、宮野だけは冷静に言った。
 確かに、そうかも。
 淡白で仕事人間、そんな親の顔を思い浮かべて、うん、と言うと宮野がすぐに笑い返した。

「お陰で静かに旅行できそうだけどな」
「帰ったら怖いでぇ〜! 牢に入れられるかもしれへん」
「その時は三人一緒な」
「ぶっっっは!」

 盛大に吹き出す角田に、俺も笑った。

 抑圧されていた環境。
 管理された家族。
 監視される日々。
 親のキャリアを潰さないように、と面目ばかり気にしていた俺を、親友が連れ出してくれたんだ。
 今だけは、この時間を思う存分楽しみたかった。

 例え、家に帰ったら、二度と外には出られなくなったとしても。

「安心しろよ、桜井」
「せやせや。俺たち高校生やで。危ない目にあっても三人ならどうにかなるって。もちろん、ヤベー事はせぇへんけど!」

「うん。ありがとうな、二人とも」

 心から、勇気が込み上がる。
 言葉が心に染みると、目頭が熱くなるんだって、二人が教えてくれた。
 だからこそ。

「なぁ、記念写真撮ろうよ」
「ええなぁ! みんなで撮るか!」
「背景は車窓にしようか。紅葉が綺麗で映えるしさ」
「撮るでー!」

 俺はこの旅を、これからもずっと忘れない。

9/21/2023, 10:51:08 AM

【秋恋】

「これ、シュウレンって読むんだよ」

 秋恋。
 そう書かれた文字をなぞり、彼女は笑った。
 栗色に染めた長い髪はふんわりと巻いていて、暖色のカーディガンと薄化粧も彼女にはよく似合っている。
 高校で見るのとは違う姿に、僕は視線を彷徨わせた。同級生のはずなのに、彼女のが大人っぽくて、艶っぽい。

「そうなんだ。知らなかったよ」

 僕は嘘をついた。
 本当は知っているよ。秋の恋は長く続くなんて話も。
 ただ。言葉を途切れさせたくなかっただけ。
 君の声を、聞きたかったから。

「そっかー! 和哉くんにも知らないことってあるんだね」
「あるよ。何でもは知らないと言うか」
「ふふふ、ちょっとホッとしちゃった」

 得意げに彼女が笑う。
 好きと語る小説を開いて、彼女はまた紙の上に指を滑らせた。何度も読み込まれた跡のある本を彼女が愛おしそうに見つめる。
 おい、本、ちょっと僕と位置を変われよ。何て口が裂けても言えないが……少しうらやましくはあった。

「この小説はね、同い年の男女が恋に落ちてく話なの。でも秘密もあり、謎解きもありで面白いんだ」
「恋愛小説なんだね」
「和哉くんも何か秘密あるよね? 当ててあげようか」

 ーー好きな人、いるでしょ?

 彼女の口元が強気に口角を上げるのを見て、僕はドキッとした。
 知っているのだろうか?
 もしかして、バレていたとか?
 嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、怖いものを見るような思いが一瞬で心の中で混ざり合う。絵の具を全て混ぜた時の、あの混沌みたいな感じ。

「当ててあげようか?」
「うん。……あ、やっぱり、まって」

 咄嗟に僕は手を広げてストップをかけた。
 赤い顔は見せられない。その勇気はなくて。
 それに。今は。

 まだ、恋を夢見ていたいんだ。

9/16/2023, 9:18:09 PM

【空が泣く】

 しとしと、と言うよりはサラサラとした雪の日だった。
「お空が泣いてるよ」
 と言い出したのは俺に肩車されている姪っ子だ。
「空が? ただの雪だろ」
「ううん。今日のは違うよ」
 何が違うのかわからなくて首を捻る俺。絵本の話かなんかだろうか?
 生憎だが高校生になる俺に、絵本の話などちっとも理解がなかった。理系だから、と言うよりも本を読むのがそこまで好きじゃなかったから、さ。
 アスファルトに沿って並ぶ住宅も、冬になると気まぐれに降る雪も、俺にとってはいつもと同じだし違いなどわからない。

 しかし、姪はそんなことは気にせず。どこか不思議な様子で続けた。

「今日は何かが起こる日なのね」

 肩車越しでも、姪がどこか遠くを見るような声で言ったのはわかった。
 何がって……何が?
 見上げようとして、俺の頬に雪が落ちる。液体となったそれは涙のように頬を伝った。
 5歳児の話に真面目に受け止める俺も変かもしれない。
「そうなのかもな」
 適当に答えると、うん、と姪は頷く。

 それから事件が起こったのは、夜、雪が積もってからのことだった、

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