滝谷(shui)

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7/13/2023, 9:43:45 PM

【優越感、劣等感】

 類い稀なる文才を持つが、締切を守らない作家と、
 締切を必ず守る速筆だが、文章は人並みの作家。


 はて、どちらが優秀か。


 その議題に結論を出すべく、僕と藤守は賭けをした。
 大学の文化祭。
 僕と藤守はそれぞれのやり方で商売をしたのだ。
 筆の速い僕は手作りの文集を売ることにした。自慢ではないが、知識も速度も僕にはある。
 小説以外にも、今まで手がけた論文や研究議題など、多岐にわたる情報が満載に込めた本。レポートに喘ぐ学生が興味を示すと思ったのだ。
 逆に。
 藤守は文字を一文字を書かなかった。
 彼は鬼才だが、締切を守れないことで有名だったからだ。だから、締切のないものを売る。
『お好きなテーマで小説を書きます。ただし、締め切りは無しで』
 と。小説を書いてもらう権利を売った。

 結果はどうだったか。

 そんなもの。
 藤守の勝利で圧倒的だった。

 売店の教室に収まらないほどファンが並ぶ。
 多くの人は女性で、藤守に恋物語や二次創作を頼んでは黄色い声をあげていた。
「いやぁ、俺の小説が好きだなんてありがとうね」
 色男が笑うたびに、リクエスト権は売れていく。
 五千字で一万円だぞ?
 僕と目が合うと、藤守はニヤリと笑った。
 ぼったくりの商売と人気に、僕は奥歯を噛み締める。落ち着かせようと握る自分の腕が痛い。

 絶対的優位。彼の才能は本物だ。
 悔しくてらたまらなかった。

 けどそのあと、彼はさらに驚くべき行動をとった。


 ーー文化祭の後、藤守は一筆たりとも小説を書く事はなかったのだ。



 締切がなくて小説を書けなくなる小説家は、山の様にいると言う。
 大学を卒業しても、彼は小説を書く事はなかった。
 締切のないリクエストは死ぬまで有効らしい。
 ……あれだけの才能がありながら、なんで? 

 藤守は大学卒業後、姿をくらました。
 彼の行方は誰も知らない。
 そして、僕は今も細々と、小説を書き続けている。

7/12/2023, 4:32:40 PM

【これまでずっと】
 進捗いかがかな、と部屋に入ってくるなり祖父に言われて、私は自分の胸を抑えた。
 心臓発作が起こりそうだ。

「うっ、まだです……!」
「ははは、そんなこったろうと思うたんや」

 カレンダーを見上げれば、赤い丸の付いた文化祭の字が目に入る。
 〆切まで、あと数日。
 前髪をおでこの上で縛り上げ、ラストスパートをかける。私の原稿は、まだインクの乾かない所が目立っていた。
「……お爺ちゃん。父さんたちは?」
「大丈夫、まだ帰ってきとらん」
「そっか……よかった」
 祖父が笑う。持ってきてくれたのは夜食のおにぎりだ。彼は私の唯一の味方だった。
 白髪だらけになった祖父。持病の薬の副作用で少しふくよかな体だが、祖父の恵比寿みたいな優しい顔立ちが私は大好きだった。
 勉強至上主義の父母と違い、祖父だけは私の漫画作りを応援してくれている。

『漫画の何が役に立つ!』
 と怒鳴りつける父の言い分はよくわかる。
 私だって、大学進学や就職に漫画が役立つとは思ってはいないんだ。
 それでも挑戦したい。そう思って、親に隠れて情熱をぶつけてる。今は、きっと最後の反抗期だ。

「そういえばさ、なんでお爺ちゃんは私を応援してくれるの?」
 おにぎりを受け取りながら、私は何気なく聞いてみた。インクが乾くのを待つ間の、何気ない雑談に。
「そりゃ、今が真希にとって必要な時間やと知っとるからや」
「?」
 必要な? 首を傾げた私に祖父は続けた。

「人間の人生ってのはな、ぜーんぶ繋がっとるんや。あの日、あの時、自分の頑張ったことが、ずーっと後で生かされる時が必ずくるもんでな」
「必ず?」
「そう。必ず。これまでずっと、真希が真摯に向き合ってきたものに、なんの無駄もないんやで」

 ーー努力も、出会いも、後悔も。
 ーー全てのことに意味がある。

 祖父の言葉の意味は、まだ私にはわからない。
 けどこの努力がきっと次に繋がるんだと思ったら、心の奥にぽつりと火が灯る感覚がした。
「ありがとう、お爺ちゃん。私、頑張るよ」
「おぅ、頑張りぃ」
 思いっきり笑うと、お爺ちゃんもしわくちゃな顔で笑った。
 私はペンを走らせる。
 この作品を、誰よりも祖父に読んで欲しくて。

7/11/2023, 11:26:53 PM

【一件のLINE】
 姉貴からのLINEで、俺は叩き起こされた。

「愚弟ぃいい! 私の愚痴を聞けぇええ!」
「電話かよ」

 深夜二時。
 いきなりの出来事に、目がしばしばした。
 半分寝そうな脳みそを起こしながら、やっとベッドから上半身を起こす。
 歳の離れた姉貴には、健全な高校生の貴重な睡眠をご理解できてないらしい。
「と言うか、時間……」
「彼氏に振られた私を慰めろぉおおお!」
「あ、はい」
 これ、酔っ払ってるな。
 どうやら居酒屋にいる。通話の向こうから、ビールの追加注文の声がした。
 
 姉貴は酒癖の悪さを理由に、よく彼氏に振られていた。
 酔っ払うたびに、からみ酒。
 慣れてる俺と違い、彼氏さんには大変なのだろう。
 もちろん、姉貴にも良いところはある。
 豪快なとこ。努力家なこと。後輩の悩みに親身になってくれるところ。
 あとはーー
「愚痴聞き料、時給一万円!!」
「喜んで!」
 そーゆー所も、大好き。

 俺は姉貴の愚痴に付き合うことにした。
 なるべく聞き手に回り、こまめに相槌を打つ。
 時折褒めたり、宥めだり。
 昔、俺が挫けた時に、姉貴がそうしてくれた様に。できる限り親身に耳を傾けた。
「本当にねー、良い男なんだよ。頭はいいし、お金あるし、顔も広くて大人だしー……」
 姉貴の愚痴は、いつも似た様な終わり方をする。


 ーー頑張る私を、誰かに愛して欲しかったのよ。


 大人って、みんなこうなのかな?
 がむしゃらに努力して、褒めてもらえなくて、人が恋しくなる感じ。
 高校生の俺にも少しわかる気がして、うん、って姉貴に寄り添った。
「彼氏とよりを戻せるといいね」
「うん、サンキュー。……愚弟なんて言ってごめんね」
 電話を切る頃には、空が少し明るさを取り戻していた。
 二度寝のために、横になろうとして止める。
 俺も、いつか大人になれるんだろうか。
 背伸びをしたいのに寂しくなる感覚に、少しだけ、考えてしまった。

7/10/2023, 11:40:15 AM

【目が覚めると】
 教室で目を覚ますと、見つけてしまった光景に思わず息を潜めた。
 放課後のひと時。夕暮れを取り込んだ三年生の部屋は、穏やかな夕陽の光に包まれている。
 規則正しく並んだ木製机の一番後ろの席に俺はいた。両手を枕に、うつ伏せになって寝ていたのだ。
 普段なら、俺以外は誰もいないはずの場所。
 なのに。

 ーーなんだ? あれ。

 俺の目に飛び込んできたのは、学校でも有名な女子生徒が誰かを膝枕をする姿だった。

 後ろ姿しか見れなくてもわかる。
 藤原だ。文化祭のミスコンで一位に輝いたこともある美女が、斜め前に離れた席にいた。
 二人は俺が起きたことに気づいてない。
 出来心で、寝たフリをして盗み見る。
 長い髪の藤原が、愛おしそうな目で、膝の上の人物へと話しかける声が聞こえた。
「……ずっとこのまま、一緒にいれたらいいのにね」
 こんなに好きなのに。
 艶を帯びた視線。切なさを噛み締める乙女のセリフに、俺の期待は高まった。

 ミス藤原に恋人がいたのか!
 相手は、誰だ?

 音を立てないようスマホに手を伸ばす。誰もが知りたがるスキャンダルに、緊張する手でカメラアプリを起動した。
 知りたい。
 藤原の恋人を。
 薄目を開けながら、必死に息をころす。写真の一枚くらい撮れたら、なんて好奇心が魔をさした。

 けど。
 写真を撮ろうとする心は、相手の顔を見て打ち砕かれた。

「ダメだよ先輩……私達のことがバレちゃう」
 膝枕から頭を上げたのは、ーー紛れもない俺の妹だったからだ。

 ……え? 嘘だろ?
 なんで?

 ……まさか、レズ??

「もう部活に戻らなきゃ」
 俺が寝てると信じてる二人は、あたりに視線を配った後に触れるだけのキスをした。スカートを靡かせて教室を後にするまでに、変な汗がどっと出たと思う。
 俺は一人になった教室で、スマホの画面をオフにした。ボタンを押す指が震えるのは気のせいではない。

 とんでもないことを、知ってしまった。
 騒がしい胸を押さえながら、絡まった思考回路で考える。
 一つわかることがあるなら……今夜はもう、ぐっすり眠れそうにない。

 

7/9/2023, 11:55:36 AM

【私の当たり前】
 朝起きてコーヒーの香りを味わうと、今日が始まった感覚がする。
 荒く引いたコーヒー豆をドリッパーにいれ、お湯を数回に分けて注ぐ。ペーパーフィルター越しにこされた渋く黒い液体が飲めるようになったのは、大人になってからのことだ。

 子供の頃は、こんな朝があることなど想像もつかなかった。コーヒーなど苦くて飲めたものではなかったし、飲めたとしても、独特な香りが苦手できっと嫌いであり続けたことだろう。
 その香りと苦さを感じる原因が、コーヒーではなく。中に入れたコーヒーに合わないミルクと過剰な砂糖が生み出していると指摘されて気付いたときは、静かに衝撃を感じた。

 人は変わる。
 変化は、いつ来るかわからない。

 そして、変化は『出会い』と共に訪れる。

 僕の出会いと変化は、コーヒーだけではない。
 誰かと食べる朝食もまた、変化していた。
 焼いたトーストに、お手製の果物ジャム、トマト入りのサラダと目玉焼き。
 そんな手作りの朝食を、二人でゆっくり食べるようになった。
 そう、二人だ。
 一人ではない。
 食事の際に、家族に嘲笑われ、詰られ、自ら仲間はずれを望んだ頃とは違う朝。
 その新しい生活を当たり前にしてくれた、新しい家族との『出会い』に、今日も感謝している。

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