【これまでずっと】
進捗いかがかな、と部屋に入ってくるなり祖父に言われて、私は自分の胸を抑えた。
心臓発作が起こりそうだ。
「うっ、まだです……!」
「ははは、そんなこったろうと思うたんや」
カレンダーを見上げれば、赤い丸の付いた文化祭の字が目に入る。
〆切まで、あと数日。
前髪をおでこの上で縛り上げ、ラストスパートをかける。私の原稿は、まだインクの乾かない所が目立っていた。
「……お爺ちゃん。父さんたちは?」
「大丈夫、まだ帰ってきとらん」
「そっか……よかった」
祖父が笑う。持ってきてくれたのは夜食のおにぎりだ。彼は私の唯一の味方だった。
白髪だらけになった祖父。持病の薬の副作用で少しふくよかな体だが、祖父の恵比寿みたいな優しい顔立ちが私は大好きだった。
勉強至上主義の父母と違い、祖父だけは私の漫画作りを応援してくれている。
『漫画の何が役に立つ!』
と怒鳴りつける父の言い分はよくわかる。
私だって、大学進学や就職に漫画が役立つとは思ってはいないんだ。
それでも挑戦したい。そう思って、親に隠れて情熱をぶつけてる。今は、きっと最後の反抗期だ。
「そういえばさ、なんでお爺ちゃんは私を応援してくれるの?」
おにぎりを受け取りながら、私は何気なく聞いてみた。インクが乾くのを待つ間の、何気ない雑談に。
「そりゃ、今が真希にとって必要な時間やと知っとるからや」
「?」
必要な? 首を傾げた私に祖父は続けた。
「人間の人生ってのはな、ぜーんぶ繋がっとるんや。あの日、あの時、自分の頑張ったことが、ずーっと後で生かされる時が必ずくるもんでな」
「必ず?」
「そう。必ず。これまでずっと、真希が真摯に向き合ってきたものに、なんの無駄もないんやで」
ーー努力も、出会いも、後悔も。
ーー全てのことに意味がある。
祖父の言葉の意味は、まだ私にはわからない。
けどこの努力がきっと次に繋がるんだと思ったら、心の奥にぽつりと火が灯る感覚がした。
「ありがとう、お爺ちゃん。私、頑張るよ」
「おぅ、頑張りぃ」
思いっきり笑うと、お爺ちゃんもしわくちゃな顔で笑った。
私はペンを走らせる。
この作品を、誰よりも祖父に読んで欲しくて。
7/12/2023, 4:32:40 PM