「手紙」
幸せ。とは何か。
人によって違うもので抽象的なもの。
概念である幸せとはなにか長々と語るつもりはない。
ただこれだけは言える。
「貴方との暮らしは幸せだった。」と。
とある小説家が言った。
「幸せとは一体なんなのだろうか。」と
その答えはいまだに誰も見つけることは
できていない。
ある人は誰かの期待に答えること。と言い
ある人は人を裏切ることだと言う。
一見簡単に思える「幸せ」は分からないものだ。
そして幸せが何か分からないうちは幸せを手に入れることは難しい。
たとえ幸せを手に入れていても気付けるかどうかも分からない。
矛盾しているかのように思えるがこれが幸せ。と言うものなのだろう。
小説家には愛する妻がいた。
大切で大切で仕方がない存在だったが彼の妻は病によって亡くなった。
小説家はそのとき、ふと思った。
「幸せとは一体なんなのだろうか。」と
職業病とは恐ろしいもので疑問を持った彼は部屋にこもりきり脱水症状と空腹で死ぬまで「幸せ」とはなにかを求め続ける物語を描いた。
これは小説家の呪いともとれるが彼にとっては最愛の妻を想う最大の手段で、現実から逃れる手段にすぎなかったのだろう。
さて、物語とはどのようなものなのだろうか。
その物語は大切な家族、家、友達、そして恋人。
これらを全て亡くした少年がたった1人で紡ぐ話だ。
少年は皆が死んだことが自分のせいだと思い切り、
世界を旅しながら出会う人々に嘘の物語を本当のことのようにを広めた。
広める話はどれも自分語りでどこかに行って人を殺しただとか誘拐、監禁、盗み様々な犯罪に手を染めたなどそのような内容だ。
はじめのうちは聞いた皆は嘘だと思うが少年の噂を何度も何個も聞くたびに信じこむようになった。
そうしていつの間にか彼は捕まった。
彼は捕まり拷問を受けた。生きることが憂鬱になる程の痛みで苦しく痛く助けを願った。
それでも彼は笑っていた。
自分は幸せだと。皆を殺した自分にようやくバチがあたったと。
彼の調査は続いた。
でもある日彼の話が嘘だと証明されたのだ。
彼は出所した。
彼は思った。幸せとはすぐに逃げていくものだと。
彼の隣にはたった一人そばにいてくれる存在など当たり前のように居なかった。
そこで物語は終わった。
小説家のこの物語は出版されることなく原稿用紙のまま小さな町の小さな図書館の隅に静かに置かれた。
原稿用紙の端には「貴方との暮らしは幸せだった。」と
そっと誰かに語りかけるように書き綴られていた。
手紙が届かないような存在へ藁にも縋る思いで書いた
後悔の言葉だったのだろう。
「よいお年を」
僕が愛した貴女は蛇だった。
田舎の山奥にある古びたお屋敷。
そこで生活する者が一人。
美しく絹のような白い髪を腰まで伸ばし、風に揺らす。肌はまた絹のようにきめ細かく美しい。
その肌には所々光の当たり加減によって赤や緑に輝く白い鱗が覗いている。全身真っ白な中、瞳だけが鮮血のように真っ赤である。
それが屋敷に住む主である。
12年に1度、一年のみ屋敷に姿を現し人々、いや地球に生きるもの達の平和を祈る。
彼女は蛇であった。
姿形は蛇のようには見えないが人間離れしたような
美しさ、真っ赤に輝く瞳。人間にはない鱗。
これは村の人々に嫌悪されるのには十分なきっかけだった。
村の人々は彼女に護られていることすら知らず、彼女の屋敷には誰一人として近づこうとしなかった。
そんななか、とある春。
いつものように彼女は一人縁側に座っていた。
すると屋敷の玄関から下駄の音が響く。
「ごめんください。」
まだ幼さの残るような声だった。
齢として12歳。
彼女はついに討伐でもされるのかと恐る恐る人間に目をやった。
その時彼女は驚いた。その人間の瞳は白く濁り、木の棒を強く握りしめていた。さらにその人間は全身怪我だらけで誰かに殴られ、石を投げられたようだった。
「誰だ?」
彼女は言う。人間は言った。
「僕は春来。貴女を見送りに参りました。」
笑顔で言う。彼は目が見えていないようだ。
彼女が声をかけると驚いたように急いでこちらを向き直したからだ。
彼は続けていった。
「これから1年間。貴女のお役目が終わる年明けまでお世話になります。」
彼女は何を言っているのか分からなくなり混乱した。
とりあえず春来を屋敷に招き入れ茶をだした。
春来はどうやら村の厄介者らしい。
産まれた時から目が見えず、両親にも村民にも石を投げられ育ったのだそうだ。
ここに来たのは村長に言われたからだそうで、厄介払いされたようだ。ここに来れば勝手に死ぬと思ったのだろう。
春来がここに来た目的は私が役目を全うし天へと帰る事を見送るため。と言われたそうだ。
可哀想だ。
春来は目が見えない。だから私を恐ろしく思わないのだろう。12歳の彼を養うことはこの広い屋敷があれば十分だろう。
夏になった。
春来は背が伸びたくましくなった。
自分で川へ魚を取りに行き、それを調理し二人で食べる。ある程度気の知れた仲になった。
秋だ。
今年も後半になり、私の役目も半分をきった。
春来は私のとなりによく座っている。
私の事を「ご主人」と呼ぶようになり忠誠心が大きくなった。
冬。
私ももうすぐ天へと帰らなくては。
最近春来の様子がおかしい。どう見ても挙動不審だ。
私の役目が終わる6時間程前。春来が私の横に座った。
なんだか距離が近く離れがたいと言っているようだ。
春来は背が伸びたがさすがにまだ12歳で私よりは背が低い。
春来が私の顔に手を伸ばした。私の顔を探るようだ。
こういったことは珍しくない。春来は目が見えないため手を使ってものの形を探ることがよくあった。
でも私の顔を探ることははじめてだった。
春来の手が私の顔の鱗に当たると春来の手が鱗の上で止まった。
「ご主人は蛇だったのですね。」
私は驚いた。とっくに知っていると思っていたからだ。
「知らなかったのか。」
「はい。村の人達は確かに蛇だと言っていましたが、本当だと思っていなかった。」
「そうか。」
沈黙が続く。気持ちが悪いと思われただろうか。
春来が言った。
「美しいのでしょうね。目が見えていたらよかった。
そしたら、ご主人のお顔も姿もこの目に焼き付けられたのに。」
これを聞いた彼女は言った。
「そう。」
一言だった。けれど彼女の顔は喜びで歪んでいた。
春来の目が見えていなくてよかった。
今だけはそう思った。
いよいよ年を越しそうだ。
役目はもう終わり、天へと帰らなくてはいけない。
「本当に行ってしまうのですね。」
春来は寂しそうに言った。
「...あぁ。」
「また帰ってきてくれるのですか。」
「12年後。遠いけどな。」
「僕のこと忘れないでくださいね。」
「あぁ。春来。お前のおかげで楽しい1年だった。
この屋敷は春来が使えばいい。行き場がないならここで暮らせばいい。」
「なんでそんな...最後みたいなこと言うんですか。」
春来の頬に涙が伝った。
沈黙が長いこと続いた。
「...春来。よいお年を。だな」
彼女の頬には溢れんばかりの涙が流れていた。
春来に泣いていると悟られないように震えないように気をつけて言った一言は春来に届いただろうか。
「ご主人。また会いましょうね。絶体絶体また会いましょうね。」
その一言を切っ掛けにさらに2人の涙が止まらなくなった。
私はなにも言えなかった。
苦しくて寂しくて離れたくなかった。
それでも身体が天へと溶けていく感覚がした。
あぁ。お別れだ。
「春来。そろそろお別れだ。」
春来はうつむいてなにも言わない。
「...春来。またな。」
春来は、はっとしたように私の方を向いた。
春来は涙に濡れた顔で思いっきり笑顔を作った。
「はい!」
元気な返事だな。と笑いながらも身体が消えていく。
「じゃあなぁ。」
私だって笑えるんだ。泣いた顔で思いっきり笑った。
春来には見えていないだろうが気持ちが大事だよな。
手を振って笑った。
幸せだった。
ご主人は行ってしまった。
これから12年間。一人で過ごすのだろう。
寂しいな。行ってほしくなかったな。
またご主人が帰ってくるまでこの屋敷で待つしかない。
「ご主人。ずっとずっと待っていますからね」
空に向かっていつもよりも少し張り上げた声で語った。まだまだ肌寒い。
ご主人に出会ったのもこのくらいの時期だった。
昔話に花咲かせて1人で屋敷に足を向けた。
「ご主人。よいお年を。」とだけ呟いて。
「星に包まれて」
好きだ。
の一言から始まったあの恋は盲目的で暖かかった。
出会いは確か高校三年生で受験だとか勉強。
夢とか将来とか人生の選択に迫られる時期だった。
彼と出会ったのはその全てが終わって合格発表をまつ
頃。目標がなくなった感じがしてなんだか心に穴が空いた感じ。でもそれでも不安な気持ちがある。
当時私は夜中にコンビニに行くのにはまっていた。
凍えるように寒い中、コンビニで肉まんをかって近くの公園でそれを頬張る。
幸せだと思えて、なにも考えずに過ごせる幸せな時間だった。
そんな中彼と出会った。
彼は公園に犬の散歩にきていた。
なんとなく会話をして別れる。
そんな日常が長く続いた。
なんだかんだ付き合って。
5年付き合って24歳のころ結婚した。
それからなんだかんだ喧嘩して仲直りして平和に過ごした。
でもね、ある夜事故に遭った。
コンビニに久しぶりに行ったとき。
そこから記憶がない。
ただ頭から暖かい液体が流れる事を感じながら私の前で倒れる冷たくなった彼にすがり付くことしかできなかった。
気がつくと大きな夜空の下に座っていた。
横には彼が眠っている。
静かに寝息をたてて。
夜空に星が輝いて手に彼の体温を感じながら星に包まれて静かに息をした。
ピッ‥ピッ…
『3号室の○○さん目を覚ましました。』
女のひとの声がして慌ただしく走る音がする。
辛く幸せな夢を見た。
私のとなりに彼は居なかった。
「阿吽のビーツ」
終わりの音は始まりの音に移り変わる。
貴女の心臓は赤子の心臓となり消えてしまう。
「ずっとこれからだったのに。」
こう思っていたのは僕だけではなくて貴女もだった。
なのに貴女はどうして僕を一人にするのですか。
夜の空には花火が上がる。
少し湿った空気のなかで乾いた笑いが口から零れでる。たった一人の娘を腕に抱いて。
娘は空の花火を掴むように手を伸ばす。
娘の口から心底楽しそうな笑い声が零れる。
二人の笑い声と花火の音たった一人が歩く下駄の音。
ここには貴女の足音はなかった。
みんなどこかへ行ってしまった。
大切な貴女の笑い声。話し声。将来の事。
夢も希望も全てどこか遠くへ行ってしまった。
貴女はきっと死んでしまった。
仕方がないことだった。妻子揃って生きることは難しいと医者にも言われていた。
それなのに貴女は娘を生かすことを決めた。
代わりに貴女が死ぬと分かっていたのに。
貴女はもう死んだのだ。
でもきっと生きていると信じていたいから貴女の死を嘆くことはもうやめた。
貴女を奪った娘を恨む夫としての心。
娘を愛そうと試みる父親としての心。
どうにか愛を持って二つの心を分かち合っていた。
これが貴女の望んだ未来ならば僕はそれを守って生きていこう。
夜は深まり娘は眠りにつく。
ほんの昔貴女は言った。
「私が死んでもこの子を愛してくださいね。」
大きく膨らんだ腹を愛らしそうに撫でる貴女。
僕はなにも言うことができなかった。
「ふふっ。貴方はきっとこの子に曖昧な答えしか返せないのでしょうね。この子が何気ない問いかけをして貴方が曖昧な返事をする。そしたらこの子が腹を立てて拗ねる。そして貴方が申し訳なさそうにこの子に謝る。そんな日常がきっと続くんでしょうね。」
目をそっと伏せて呟く貴方は自分のいない未来を語る。嫌だ。それだけは確かに心にある。それでも
彼女が娘を生かすことを決めた。この決意を僕が邪魔してもいいものか。僕は分からなかったんだ。
「そんな日常でも大丈夫。きっと2人が笑える。そんな日常が続きます。例えこの子が洗濯に失敗しても皿を割っても、どんまい大丈夫。だとか声をかけてくださいね。それに私が死んでも貴女たちはきっと大丈夫。」僕は静かに泣くことしかできなかった。
「そうだ。私が言えない分この子に愛してると伝えてくださいね。お母さんはあなたを心から愛していたよってね。貴方から言ってくださいね。」おちゃらけて笑う貴女は僕が愛した貴女だった。
もしも僕が娘を愛し愛を与え、守り抜けたのなら
ならば僕に。僕の言葉にも少しお返事くださいね。
反
貴女のいない世界が真っ暗だ。
貴女が言った。
「貴方を愛しています。だからこの子を愛してくださいね。」
これは果たして誰のためのことばなのか。
この答えを僕は考えてはいけない。
考えたって曖昧で僕を一人にした貴女をだんだん恨んでしまう。
涙がすっかり乾いた頃には娘に対する愛情がどこかに行ってしまった気がしたんだ。
僕は優柔不断で馬鹿だろう。
貴女を止めなかったことに後悔を繰り返し、眠った娘を睨む。殺してしまおうかなんて考える。
でもそんなのは悪い夢だって自分に言い聞かせる夜の果て。
そんな日常が続く毎日でも。
この子に対して愛を与え、与え。愛を養う。
それで、この子と笑う。そうしていたら許されると思ったんだ。優柔不断な僕を直して、生きていけば。
『まだここにいられる気がしたんだ。』
貴女が空で言っている気がする。
貴方に預けた命を守り優しくしてね。
私だって本当は貴方のもとに帰りたいのよ。
それでも貴方は私を愛してはだめよ。
僕ら。僕らはまだこれからだったのに。
どんまい なんて言えないんだ。
きっと僕らには素晴らしい結末が待っていたんだ。
それでもこれは貴女が望んだ僕と娘の素晴らしい結末なんだろう?
だから愛を与え与えられて。お互いに言葉を探すことなく心からの言葉で会話する。そんな日常を。
(ずっとこれからだったのに。)
それでも。それでも。
貴女にいて欲しかった。
なんて言ったら君は呆れて言うんだろう。
「私はこの子を心から愛しているのです。」
ならば僕は貴女を愛していた。
それにこんな僕からの愛しか貰えないこの子も可哀想じゃないか。って言い返したらきっと彼女はこう返すだろう。
「だから言ってるじゃありませんか。
私の分までこの子に愛を伝えてくださいって。
お母さんはあなたを愛していた。と伝えてくださいって。」貴女は一息で言いきり胸を張るだろう。
想像すると笑えてくる。同時に涙が零れてくる。
本当に僕は『それでも貴方から言って欲しかった。』
それを聞いても貴女は笑いながらも真剣な顔で言うのだろうな。
『貴方から言ってくださいね。』と。
「始まる鼓動。」
歌曲~阿吽のビーツ~
「おいで。」
小さい頃から大好きな人がいた。
町から少し外れた小さな家で、ひっそりとたった一人で住んでいた。
小さな家の住人は、私が幼い頃はまだ高校三年生ぐらいでまだまだ幼さの残る顔立ちだった。
木材を主に使われ作られた家は暖かく、秘密のお家のようでとても大好きだった。
何よりもその家のなかで暖炉に火を灯し、暖かい笑顔で私に「おいで。」と呼び掛ける彼が大好きだった。
当時の私はまだまだ社会を歩いていなくて、中学校に入学したぐらい。
中学校といっても小さな町の中学校だからか、生徒はみんな見知った顔。
それでも中学生といったら、人を信じることができずに不安定になる頃だ。
家族も友達もそばにいるのが時折苦しくなる。
そんなときに私はよくあのお家に行っていた。
「お邪魔しまーす。」
私が幼さの残る声で家に声をかける。
そのお家は平屋である程度の声で家全体に声が響く。
「はーい」
ベランダで煙草を吸っていた彼は直ぐに煙草を消し、
部屋にはいってくる。
部屋に戻るとお菓子と紅茶を持って暖炉の前に座る。
そして私に一言言う。
「おいで。」
その一言を聞いた私は嬉しくなって彼の胸のなかに飛び込む。
それが私の日常だった。
3年程たって私が高校へと進学した。
彼のあの家は彼の存在ごとどこかへ行ってしまった。
今もどこかで暮らしていればいいけど。
彼がいなくなったあの日から私は思うことがある。
私の存在が彼の負担になっていたのかと。
高校三年生と言ったらまだ未成年で煙草なんて吸ってはいけない。それでも彼は吸っていた。
彼には思い詰めていたことがあったのかもしれない。
「おいで。」
の一言は彼にとって退屈な時間の始まりで、早く私に帰ってほしいと思っていたかもしれない。
それでも彼はなにも言わず私につきあってくれた。
あぁ。彼はとても優しい人だったんだ。
雪が降り、凍える朝にふとあのお家の方向をみてしまう。暖かいあの家は暖かい彼はもういないのだと実感する。
私はいまだにあの「おいで。」以上に暖かい言葉を聞いたことがない。