ゆじび

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「よいお年を」



僕が愛した貴女は蛇だった。

田舎の山奥にある古びたお屋敷。
そこで生活する者が一人。
美しく絹のような白い髪を腰まで伸ばし、風に揺らす。肌はまた絹のようにきめ細かく美しい。
その肌には所々光の当たり加減によって赤や緑に輝く白い鱗が覗いている。全身真っ白な中、瞳だけが鮮血のように真っ赤である。
それが屋敷に住む主である。
12年に1度、一年のみ屋敷に姿を現し人々、いや地球に生きるもの達の平和を祈る。

彼女は蛇であった。
姿形は蛇のようには見えないが人間離れしたような
美しさ、真っ赤に輝く瞳。人間にはない鱗。
これは村の人々に嫌悪されるのには十分なきっかけだった。
村の人々は彼女に護られていることすら知らず、彼女の屋敷には誰一人として近づこうとしなかった。

そんななか、とある春。
いつものように彼女は一人縁側に座っていた。
すると屋敷の玄関から下駄の音が響く。
「ごめんください。」
まだ幼さの残るような声だった。
齢として12歳。
彼女はついに討伐でもされるのかと恐る恐る人間に目をやった。
その時彼女は驚いた。その人間の瞳は白く濁り、木の棒を強く握りしめていた。さらにその人間は全身怪我だらけで誰かに殴られ、石を投げられたようだった。
「誰だ?」
彼女は言う。人間は言った。
「僕は春来。貴女を見送りに参りました。」
笑顔で言う。彼は目が見えていないようだ。
彼女が声をかけると驚いたように急いでこちらを向き直したからだ。
彼は続けていった。
「これから1年間。貴女のお役目が終わる年明けまでお世話になります。」
彼女は何を言っているのか分からなくなり混乱した。
とりあえず春来を屋敷に招き入れ茶をだした。



春来はどうやら村の厄介者らしい。
産まれた時から目が見えず、両親にも村民にも石を投げられ育ったのだそうだ。
ここに来たのは村長に言われたからだそうで、厄介払いされたようだ。ここに来れば勝手に死ぬと思ったのだろう。
春来がここに来た目的は私が役目を全うし天へと帰る事を見送るため。と言われたそうだ。
可哀想だ。
春来は目が見えない。だから私を恐ろしく思わないのだろう。12歳の彼を養うことはこの広い屋敷があれば十分だろう。


夏になった。
春来は背が伸びたくましくなった。
自分で川へ魚を取りに行き、それを調理し二人で食べる。ある程度気の知れた仲になった。

秋だ。
今年も後半になり、私の役目も半分をきった。
春来は私のとなりによく座っている。
私の事を「ご主人」と呼ぶようになり忠誠心が大きくなった。

冬。
私ももうすぐ天へと帰らなくては。
最近春来の様子がおかしい。どう見ても挙動不審だ。

私の役目が終わる6時間程前。春来が私の横に座った。
なんだか距離が近く離れがたいと言っているようだ。
春来は背が伸びたがさすがにまだ12歳で私よりは背が低い。
春来が私の顔に手を伸ばした。私の顔を探るようだ。
こういったことは珍しくない。春来は目が見えないため手を使ってものの形を探ることがよくあった。
でも私の顔を探ることははじめてだった。
春来の手が私の顔の鱗に当たると春来の手が鱗の上で止まった。
「ご主人は蛇だったのですね。」
私は驚いた。とっくに知っていると思っていたからだ。
「知らなかったのか。」
「はい。村の人達は確かに蛇だと言っていましたが、本当だと思っていなかった。」
「そうか。」
沈黙が続く。気持ちが悪いと思われただろうか。
春来が言った。
「美しいのでしょうね。目が見えていたらよかった。
そしたら、ご主人のお顔も姿もこの目に焼き付けられたのに。」
これを聞いた彼女は言った。
「そう。」
一言だった。けれど彼女の顔は喜びで歪んでいた。
春来の目が見えていなくてよかった。
今だけはそう思った。


いよいよ年を越しそうだ。
役目はもう終わり、天へと帰らなくてはいけない。
「本当に行ってしまうのですね。」
春来は寂しそうに言った。
「...あぁ。」
「また帰ってきてくれるのですか。」
「12年後。遠いけどな。」
「僕のこと忘れないでくださいね。」
「あぁ。春来。お前のおかげで楽しい1年だった。
この屋敷は春来が使えばいい。行き場がないならここで暮らせばいい。」
「なんでそんな...最後みたいなこと言うんですか。」
春来の頬に涙が伝った。
沈黙が長いこと続いた。
「...春来。よいお年を。だな」
彼女の頬には溢れんばかりの涙が流れていた。
春来に泣いていると悟られないように震えないように気をつけて言った一言は春来に届いただろうか。
「ご主人。また会いましょうね。絶体絶体また会いましょうね。」
その一言を切っ掛けにさらに2人の涙が止まらなくなった。
私はなにも言えなかった。
苦しくて寂しくて離れたくなかった。
それでも身体が天へと溶けていく感覚がした。
あぁ。お別れだ。
「春来。そろそろお別れだ。」
春来はうつむいてなにも言わない。
「...春来。またな。」
春来は、はっとしたように私の方を向いた。
春来は涙に濡れた顔で思いっきり笑顔を作った。
「はい!」
元気な返事だな。と笑いながらも身体が消えていく。
「じゃあなぁ。」
私だって笑えるんだ。泣いた顔で思いっきり笑った。
春来には見えていないだろうが気持ちが大事だよな。
手を振って笑った。
幸せだった。






ご主人は行ってしまった。
これから12年間。一人で過ごすのだろう。
寂しいな。行ってほしくなかったな。
またご主人が帰ってくるまでこの屋敷で待つしかない。
「ご主人。ずっとずっと待っていますからね」
空に向かっていつもよりも少し張り上げた声で語った。まだまだ肌寒い。
ご主人に出会ったのもこのくらいの時期だった。
昔話に花咲かせて1人で屋敷に足を向けた。
「ご主人。よいお年を。」とだけ呟いて。







1/2/2026, 7:02:22 AM