「誰か」
僕の頭の中を埋め尽くす「誰か」。
その人が誰なのか僕はまだ知らない。
冬の夜は異常なほどに寒く冷え込む。
外に出ると息が真っ白で、手が凍てつく。
夜の公園は誰もいない。
そんな公園で夜一人でなにも考えない時間が
僕は大好きだった。
冬は時間がで来たときには毎回通うほどお気に入りの
場所。
あの日も冬で真夜中で、月の光と僅かな電灯が
公園を照らしていた。
いつものように公園に足を踏み出すと、消え入りそうな、でも強くて芯のある歌声が聞こえてきた。
とてもうまい訳じゃない。
それでも夜の凍てつく空気を鋭く割くような。
まっすぐに耳に届いてきて、僅かな月明かりのように
耳を澄まさなければ聞こえないほどの僅かな音で。
なんだかとても悲しい声で歌うのだと僕は思った。
歌っている人の姿はわからなかったけれど歌声からおそらく女性だと思う。
それから3日に一度公園で歌声が聞こえて来ていた。
僕はいつのまにかその歌声を聴くのを目当てに公園に足を運んでいたのかもしれない。
初めて歌声を聴いたときから4ヶ月ほどが経って
すっかり冬が終わり春が訪れた。
世間は卒業式。
彼女は公園に来なくなった。
なぜかはよくわからない。
でも彼女の声を聞くことができなくなることが何よりも辛かった。
彼女が来なくなって4ヶ月ほど経った夏休み。
夜の少しの生ぬるい空気が漂う公園で僕はまた一人でいた。
なにも考えずにベンチに座って。
すると何処からともなく歌声が聞こえてきた。
とてもうまい訳じゃない。
けれど空気を確かに揺らし耳に届く歌声。
これはきっと彼女の歌声だ。
でもあの頃とは違うことがあった。
彼女の歌声がなんだか人を思いやるような
温かい希望に溢れているようだった。
彼女に何があったのか知らないけれど
きっと彼女の気持ちが晴れるようなことがあったの
だろう。
それは良かった。
今日も公園に行く。
もしかしたら彼女が、いるかもしれないという
期待を持って自分の気持ちを晴らすために。
明日を頑張れるように今日も公園に足を運ぶ。
「秋色」
空が少し濁った空色になって。
肌寒い風が吹く。
肌から温度を拐って代わりに少しの風を送ってくる。
踏み切りの前。
赤い光が点滅する。
鼓膜を刺激させて危険さを訴える音がする。
黒と黄色の警戒色である棒が降りてくる。
電車が視界の端から端へと進む。
見慣れた街並み。
家だらけ。
道は狭い。けれど鬼ごっこをするには十分。
色んな景色を眺めて知って。
「秋色」に染まる町を。
「冬色」に染まる海を。
「春色」に染まる空を。
「夏色」に染まる山を。
知って。知って。
それはいつも貴女と一緒だった。
今年も秋が近づいてくる。
秋色に染まる町を眺めて。
寒さで秋色に染まる貴女の頬にそっと触れて。
ひんやりとした風になびいた貴女の髪にそっと触れ。
今年も秋が近づいてくる。
止まることのない。
貴女との人生が秋色のような幸せに染まっていくように。
今日も願う。
貴女とずっといられるように。
「涙の理由」
僕が泣かせてしまったあの娘は今は僕の近くにいない。
中学三年生の夏頃。
去年まではお手本となる先輩がいたけれど今年からは
自分達が学校の代表。
受験とか進路とか恋人との遠距離恋愛の始まりだとか
模試とか悩むことがたくさんで、恋人との時間はあまりなかった。
来年の今頃は何をしているのか分からずに少し不安で
心臓に重く、深くなにかが乗っかっているような感じがする。
大好きな彼女も友達も家族も何もかも自分を支えてくれていることは分かっている。
それでも少しプレッシャーがかかる。
全て投げ出して逃げてしまいたい。
学校からの放課後。
少し。本当に少しだけど恋人とコンビニに行って駐車場でアイスを食べた。
少し溶けていたけど心がひんやりするように。
心が少し楽になった。
中学三年生の冬。
いよいよ受験間近。
不安なこともたくさんあって。
苦しいこともたくさんあって。
今までの事を振り返るにはまだまだ早いと分かっているけれどやっぱり考え深い。
少し前まで高校生に早くなりたいと思っていたのに
今はもう少しだけ中学生でいたい。
恋人の近くにずっといたい。
恋人と神社に行った。
お守りを買って家に帰ってまた勉強。
早くこの生活が終わればいいのに。
受験が終わった。
疲れた。眠ってしまいたい。
けれど今は恋人に逢いたい。
恋人にあった。
彼女は僕に言った。
「別れよう」って。
なんでか聞く前に彼女はなぜか泣き出した。
僕を支えてくれた彼女が泣いている。
強くて立派な彼女が。
「なんで泣いているの?」
と僕が聞いても彼女は
「女の子に泣いてる理由は聞いちゃだめだよ。」
というだけだった。
僕はなにも言えずに泣いてる彼女を抱き締めることしかできなかった。
彼女の家族は遠くへ引っ越したらしい。
どうやら僕の恋人はビルの屋上から飛び降りたらしい。もう死んでしまったらしい。
彼女はきっと僕に別れを切り出したときにはもう
死のうと思っていたのだろう。
なんとも言えない重みが心に響き広がっていく事を実感した。
「既読のつかないメッセージ」
「好きです。」
そう言った。
でも、貴方を目の前にしたら緊張できっと私は
「好き」なんて言葉に出来ないから。
だから私はLINEを送った。
思っていたよりもすぐに既読がついて貴方は私に
「会いたい。」と送ってきたね。
断られるんじゃないかと思って私は会いに行くのが怖くてしかたがなかった。
そんなことも色々あってもう付き合ってから3年。
長いようで短い時間だった。
私は逆プロポーズでもしようと思ったの。
だから私は貴方にLINEで送ったよ。
「会いたい。」ってあの日の貴方のLINEと同じように
勇気が必要だったけど。
あの日の貴方もきっとこんな気持ちだった。
私のために振り絞ってくれた勇気が確かにあった。
それだけで私に幸せな気持ちが身体いっぱいに暖かく広がった。。
既読がついて。
貴方から「了解」と送られてきた。
きっと貴方は私がプロポーズをするって思ってもないでしょうね。
貴方の驚く顔がとても楽しみ。
待ち合わせの公園。
昔私が住んでいた家の近く。
よくここで話したな。あの日もここで告白をした。
おかしい。
待ち合わせ時間から1時間以上経ってもまだ貴方は
来ない。
貴方はこんなに遅刻することなかったでしょう?
なのにどうして。
胸が騒ぐ。嫌な予感が心を締め付ける。
彼は大丈夫なのかしら。
....遅刻したって怒らないから。無事ならばすぐにここに来て欲しい。
電話がかかってきた。
もしかして貴方からかと思ってすぐにスマホを取り出した。
貴方ではなかった。貴方のお母さんからだった。
あぁ。嫌な予感とは本当に当たるのね。
彼はもういない。
涙も枯れ果ててなにも出てこない。
目が痛くて開きにくい。
そもそもあまり寝れていないから眠くて瞼が重たい。
なにも喉を通らなくて。
お腹が空いた。
いつ貴方が遊びに来ても大丈夫なようにいつも綺麗に保っていた私の家もすっかり汚れている。
息を吸うことも吐くことも億劫だ。
「逢いたい。」
LINEで送った。
既読がつかないメッセージ。
既読などつくはずもないメッセージ。
このメッセージは誰にも知られずに消えていって
しまうだろう。
それも良いのかもしれない。
誰にも知られずに消えていったこのメッセージが
きっと天国にいる貴方に届くといいなぁ。
逢いたい。
会いたい。
置いていかないで。
貴方だけが死んでいく。
私はどうしてこうなってしまったのかも分からない。
いつか貴方に逢えますように。
それだけを私は願うのです。
瞼が重たいようやく眠りにつけそうだ。
『ピコン。』
スマホがなった。
誰からなのか分からない。
だって私はもう眠たくて指一つ動かないから。
でも、視界の片隅になんだか貴方からLINEが来たと
写し出された気がする。
私は少し安心してそっと瞳を閉じた。
『貴女にもう一度逢いたかった。』
「感傷旅行」
ふと考える。
もしも私が貴方と出会っていなくて、故郷から都会へ行くことがなかったら。
故郷を出てからの悲しみも嬉しみもなかったら。
きっといまの私はいなかった。
山の匂いが立ち込める故郷。
海なんて遠出しないと到底見られない所。
秋は鈴虫 夏は蝉。
風鈴が風に撫でられる音がして、自転車の音が鳴り響く。秋の田んぼは金色で美しい。
お米の匂いが鼻をくすぐる。
美しくて自由な私の故郷。
幼馴染みの貴方。
短く切った髪に汗が滲む。
自転車をこいで、たまには2人乗りもしちゃったり。
廊下を走って怒られてすぐに怒られたことも忘れて
走り出す。
先生から見たらきっとすごくてのかかる悪ガキ。
でも私はそんな彼が好きだった。
卒業式で泣く私をどうしたら良いのか分からずに
おろおろする貴方。
転んだ私に一番に駆け寄ってくる。
地域の夏祭りでヨーヨー釣りをした。
私は黄色で貴方は赤色のヨーヨーをつった。
二人で夢を追いかけて上京して。
同じマンションの同じ階で。
ご飯のお裾分けをして。
一緒に息抜きをして。
楽しい思い出をつくったね。
でもね、そんな彼はもういない。
遊んだ貴方も頑張った貴方も。
みんな、一瞬で居なくなっちゃった。
事故だった。
車が壁に衝突して、それに巻き込まれたみたい。
こんな一瞬で人は死んでしまうのだと私は新しい知識を手に入れたよ。
貴方はもういないのに。
だから私は故郷に少しの間帰ることにしたの。
鼻をくすぐる故郷の香りがあの頃を思い出させるの。
上京して彼が死んですごく帰りたかった故郷なのに
彼がいない故郷はなんだか味気ないの。
私はこの故郷に帰りたかった。
あの頃となにも変わらない故郷に帰ってきたかった。
貴方との思い出の中に帰りたかった。
だからこれは私にとっての感傷旅行なんだ。
彼にもう逢えない私の感傷旅行。