「感傷旅行」
ふと考える。
もしも私が貴方と出会っていなくて、故郷から都会へ行くことがなかったら。
故郷を出てからの悲しみも嬉しみもなかったら。
きっといまの私はいなかった。
山の匂いが立ち込める故郷。
海なんて遠出しないと到底見られない所。
秋は鈴虫 夏は蝉。
風鈴が風に撫でられる音がして、自転車の音が鳴り響く。秋の田んぼは金色で美しい。
お米の匂いが鼻をくすぐる。
美しくて自由な私の故郷。
幼馴染みの貴方。
短く切った髪に汗が滲む。
自転車をこいで、たまには2人乗りもしちゃったり。
廊下を走って怒られてすぐに怒られたことも忘れて
走り出す。
先生から見たらきっとすごくてのかかる悪ガキ。
でも私はそんな彼が好きだった。
卒業式で泣く私をどうしたら良いのか分からずに
おろおろする貴方。
転んだ私に一番に駆け寄ってくる。
地域の夏祭りでヨーヨー釣りをした。
私は黄色で貴方は赤色のヨーヨーをつった。
二人で夢を追いかけて上京して。
同じマンションの同じ階で。
ご飯のお裾分けをして。
一緒に息抜きをして。
楽しい思い出をつくったね。
でもね、そんな彼はもういない。
遊んだ貴方も頑張った貴方も。
みんな、一瞬で居なくなっちゃった。
事故だった。
車が壁に衝突して、それに巻き込まれたみたい。
こんな一瞬で人は死んでしまうのだと私は新しい知識を手に入れたよ。
貴方はもういないのに。
だから私は故郷に少しの間帰ることにしたの。
鼻をくすぐる故郷の香りがあの頃を思い出させるの。
上京して彼が死んですごく帰りたかった故郷なのに
彼がいない故郷はなんだか味気ないの。
私はこの故郷に帰りたかった。
あの頃となにも変わらない故郷に帰ってきたかった。
貴方との思い出の中に帰りたかった。
だからこれは私にとっての感傷旅行なんだ。
彼にもう逢えない私の感傷旅行。
9/16/2025, 9:59:42 AM