「きっと忘れない」
あの頃の写真を見返す度に思う。
懐かしいなぁ。って
いつ、この頃の記憶がなくなっていったのだろうか。
そして、怖い。
いつ今の記憶が失くなってしまうのか。
貴方の記憶から消えてなくなってしまうのか。
君は泣いているのかな。
苦しんでいるのかな。
寂しい夜を過ごしているのかな。
どうなのだろうか。
私には分からない。
どうせ私が話しかけても答えてくれないんでしょ。
昔の写真をみるんでしょ。
今には背を向けて、立ち止まっているんでしょ。
あの頃が戻ってこないってわかっているくせに。
往生際が悪いんでしょ。
今だって下唇を噛み締めているんでしょ。
悔しいんでしょ。苦しんでしょ。寂しいんでしょ。
だったら人を頼りなよ。1人で苦しまないでよ。
お母さんだって。お父さんだって。妹だって。いるでしょ。頼ったっていいんだよ。
責任なんて誰にもないんだよ。
私が死んだって分かってるんでしょ。
いつかは忘れてしまうんでしょ。
だったら早く前を向いて生きて。
泣きたいのは貴方だけじゃないんだよ。
私だって寂しいよ。貴方と笑いあう朝が明日がもう
やってこないんだって分かってるから。
私は貴方の事を忘れない。
だから安心してよ。現世じゃなくても貴方の事が
大っ好きな人がいるって。
だから貴方も私の事を忘れないで。
心配だよ。怖いよ。でも大丈夫。
少しでも写真を見て思い出してくくれるなら。
懐かしいなって思ってくれるなら。
私は大丈夫。貴方はきっと忘れない。
私のことも。今までの幸せも。この世界の歩き方も。
大丈夫。大丈夫。
きっと私は忘れない。
きっと。きっと。貴方は私を忘れない。
「絶体に忘れないよ。愛しているからさ」
「なぜ泣くの?と聞かれたから」
「なんで泣いてんだ?」
貴方が私に初めて話しかけてくれたとき、私達はまだ小学生だった。
私よりも背が低くて。
いつも顔に泥をつけていた。
遠くから見るときっとよくいる小学生だったんだろうな。でも私から見ると私を救ってくれたヒーローで。
顔の泥も戦いの証だと思ってたっけ。
大好きだったなぁ。
そんな私が成人した今でも君を大好きだと思うのは
君に恋をしていたんだろう。
大好きだと思うのは自分勝手だろうか。
伝えない恋は罪なのだろうか。
この恋もいつかはなくなってしまうのだろうか。
この恋は愛に変わることなく消えてしまうのか。
大好きだと告げられるほど私の心は強くない。
でももし強かったら。
君に救われることもなかったし、出会うこともなかったかもしれないね。
大好きだよ。
(友達として)
また会いたいです。
(友達として)
今度一緒に映画館にいこうよ。
(友達として)
もしよかったら家に来ない?
(友達として)
違うよ。全く違う。
私は友達としてじゃなくて1人の恋する乙女として君のそばにいたかったんだ。
大好きだと言う気持ちに余裕はないよ。
友達としてという誤解を解くほど私に余裕はなかった。
君が死んだ今年の冬。
寒くて苦しい。
去年の冬は公園で特大雪だるまを作った。
近所の友達を呼んで雪合戦をした。
こんな冬が永遠と訪れればいいのに。と思っていた。
こんなにも苦しい冬は久しぶりだ。
涙があふれでてくる。
公園の隅で。君が初めて私に声をかけてくれた場所。
もしかしたらここでずっと泣いていたら君は私に会いに来てくれるかな?
「なんで泣いてんだ?」って。
そしたら私は答えるの。
「君がいなくなったから」って。
もう帰ろう。
夕方になったら泣いて、泣いて家に帰ろう。
私が泣いていても私の勝手でしょう。
会いたい相手がいなくなった私には君を思って泣く、時間が大切に感じる。
会いたいって唱える前に涙で口をふさいでやろう。
弱音を吐かず、君が安心して逝けるように。
「遠い空」
病室のなか貴方と見つめる月はどんな灯りよりも
綺麗でしたね。
狭い病室で暮らす私の世界は本のなかだけだった。
本でいろんな世界の話を知り、愛の言葉を知り、
愛の素晴らしさを知った。
夏目漱石が私は好きだった。
あの方が語る世界が好きだった。
夏目漱石がきっかけで仲良くなった方もいた。
彼は、世界を知っていた。
美しい世界も。そんな世界を夏目漱石の言葉で彩る事が好きだそうだ。
私は彼に恋をした。
私は彼との会話が生き甲斐でなかったらとっくに死ん
でいたのだろうな。
私の人生最後の日。
彼と夜空を見上げた。もちろん病室の中で。
月が綺麗だった。
月は太陽無しじゃ輝きやしない。
私はもしかしたら月に似ているのかもしれない。
彼というなの太陽に私は照らされているのだ。
哀れなものだ。
太陽は明るく照ると草木を救い、寒さをさらう。
でも月は。暗いなかで少しでも道をてらすだけ。
私は何なのだろうか。
彼女の人生最後の日。
彼女の病室ですごく綺麗な月を見た。
月は疲れはてたもの達に帰り道を知らせてくれる。
夏目漱石だって人生おいて重要な恋の告白に月を
使った。
それに彼女の横顔を淡く照すその光が美しい。
彼女は月のようだ。
僕に心の救いを与えてくれた。
彼女と共に話す事が僕にとっての灯りだったから。
彼女はきっと気付かない。
僕のこの気持ちも。自分の美しさも。
「月が綺麗ですね。」
気が付くと口から零れた。
彼女は消えてしまいそうな姿で言った。
「死んでもいいわ。」
僕は驚くほど優しく言った。
「月はずっと綺麗でしたよ。」
彼女はなにも言わない。
僕は続けて言った。
「少し肌寒いですね。」
優しく手を差しのべた彼女は。
少し震えていた。
僕はこの手を柔らかく包むことしか出来ないなんて。
彼女の頬を伝う涙はきっと暖かかった。
彼女が冷たくなるまで僕はそばにいることしか出来なかった。
「遠い空」
「君が見た世界」
病室。
真っ白な世界。
殺風景な部屋にピシャッと閉められた窓。
本来、華やかさなどないはず。
でもこの部屋には美しい貴方のみた世界が広がっている。
私は小さいときから体が弱かった。
初めての友達ができたと思った小学校一年生のときか
らずっとこの部屋で過ごしてきた。
外の世界は「綺麗」が溢れている。
爽やかな夏の色も。全てを凍てつくような冬の景色も。暖かな家庭の姿も。穏やかな春風も。優しい香りがする花も。好きだと思える人の姿も。
ここではなにもない。
年中ほとんど同じで気温で、風も吹かず花の香りもせず、好きだと思う人に自分から会いに行くことも出来ない。
でもね、この部屋には「絵」が溢れている。
暖かい色。人を魅了する暖かな花も。暖かな風がふく草原も。
全部全部彼が見た世界。
今では部屋のなかには絵が溢れている。
彼はね。私が好きだと思えた初めての人だった。
出会いは少し気恥ずかしくて言えないけど強いて言うなら本当に偶然だった。
いつの日かここを抜け出したときがあった。
裸足のまま裏口から飛び出して走った。
苦しくてすぐに止まってしまったけど止まったときに目の前にいたのは彼だった。
心配そうに見つめてくる瞳が今までみたどんな色よりも美しかった。
その後すぐに看護師さんが来て連れ戻されたけど。
運命ってものはあるのだと思った。
それからしばらくして彼が訪ねてきて、今でも週に一回程度に会いに来てくれる。
彼の絵はとても美しい。一つ一つ愛を感じる。
いつか彼の妻になる人はきっと幸せだろうな。
と思ってしまう。その妻が私ならいいのに。
どうせすぐ死ぬのに。
胸が痛い。
彼にあったときのような心地のよいものではない。
苦しい。息が出来ない。助けてともなにも言えない。
嫌だ。嫌だ。まだ逝きたくない。
彼に愛を告げてみたい。彼の見る世界を感じていたい
自分の死ぬときぐらい自分で分かる。
あぁ。私はもう死ぬんだ。
まだまだ若いのに。これからなのに。
貴方と世界を見ていたいのに。
あぁ。逝きたくないなぁ。
せめて私の死に顔が、涙が貴方の世界のように美しければいいのに。
死んだ。彼女が死んだ。
なんで?からだが弱いとは聞いていた。
いつ死ぬか分からないと泣いて笑いながら語る彼女が
もう、いない。
僕の絵は彼女を救えたのだろうか。
あぁ。悔しい。
僕が絵ではなく医師だったのなら彼女を救えたのだろうか。
退院したら彼女と僕の絵を描いて告白をしたかった。
もう僕のこの手は筆を握ることができない。
彼女の涙は美しかった。
今はもう想いを馳せることしか出来ない。
運命とは時には残酷である。
彼と彼女には時間がなかった。
残された彼はまだ若い。
これから先たくさんの出会いと別れを繰り返すのだろう。
いつかは彼女の事を忘れるかもしれない。
でも少しでも絵を描くとき。
自分の目で「綺麗」を見つけたとき。
彼女の事をほんのちょっと思い出してくれたのなら
彼女はきっと幸せだろう。
「君が見た世界」
「言葉にならないもの」
僕の初恋は耳の聞こえない女の子だった。
初恋はカルピスの味がする。
実際にはしなかったが甘くて酸っぱい初恋はカルピスのようだろう。
耳の聞こえない女の子はいつも前向きだった。
音は聞こえない。なにも聞こえない世界で生きているにもかかわらず。
彼女の言葉は完璧とは言えないけれど、途切れ途切れでも十分理解できる程度だった。
でも彼女が僕や他の人と言葉を発して会話をしているところをみたことがない。
当時の僕はなぜか聞いた。
聞いてみると下手くそな会話で迷惑をかけたくない。そうだ。今思うと僕はこの会話の後に恋に堕ちたのかもしれない。こんなに素敵な人にであったことがないと思った。
彼女は犬が好きだった。
人間は耳が聞こえないと知ると気を付かってあまり近づいて来ないそうだ。
だから遊んでと真っ直ぐに自分を見つめてくれる犬が好きなのだと、彼女は言っていた。
彼女は寝るのが好きだった。
どうやら夢の世界では音が聞こえるそうだ。
知らなかった、人の声、犬の声、蝉の声。
初めて「音」を知ったとき世界が大きく動いたと思ったらしい。
彼女は。
「愛」を愛していた。
こんな世界でも前を向いて進めるような光を発する
「愛」が大好きだった。
彼女は生きていた。
必死に愛にすがって世界に希望を持って。
いつか、いつかこの世界で音が聞こえる様に。
いつも願っていた。
彼女は死んだ。
交通事故だって言っていた。
車の音が耳に届かなかったのだろう。
そこで僕は初めて声を出せなかった。
出そうとしても怖くて。
「悲しい」とか「そうですか」とか言ってしまうと彼女が
いなくなったことを認めてしまったようで。
歯と歯のわずかな隙間から声にならなかった声が漏れ出てくるだけだった。
彼女はきっといつもこんな気持ちだったのだろう。
言葉を発したとしても自分では自分の声もなにも聞こえない。
話していると実感がわいてしまったのだろう。
自分に音はないと。音とは夢幻なのだろう。と
彼女がいなくなった今、気付いたとしてももう遅い。
もっと他の方法があったのではないだろうか。
支える方法があったのではないだろうか。
今ではもうあの頃の、学校から帰ってから飲む甘くて酸っぱいカルピスの味は思い出せない。
彼女は上を向いて生きて、死んでいった。
だから僕も下ばかり向いていられない。
僕には「音」があるのだから。
音が聞こえない人に音を届ける方法を1日でも長く考えよう。
今でも貴方への甘くて酸っぱい気持ちは言葉に出来ない。
この気持ちは手紙にでも書いて伝えてみようか。
「言葉にならないもの」