「君が見た世界」
病室。
真っ白な世界。
殺風景な部屋にピシャッと閉められた窓。
本来、華やかさなどないはず。
でもこの部屋には美しい貴方のみた世界が広がっている。
私は小さいときから体が弱かった。
初めての友達ができたと思った小学校一年生のときか
らずっとこの部屋で過ごしてきた。
外の世界は「綺麗」が溢れている。
爽やかな夏の色も。全てを凍てつくような冬の景色も。暖かな家庭の姿も。穏やかな春風も。優しい香りがする花も。好きだと思える人の姿も。
ここではなにもない。
年中ほとんど同じで気温で、風も吹かず花の香りもせず、好きだと思う人に自分から会いに行くことも出来ない。
でもね、この部屋には「絵」が溢れている。
暖かい色。人を魅了する暖かな花も。暖かな風がふく草原も。
全部全部彼が見た世界。
今では部屋のなかには絵が溢れている。
彼はね。私が好きだと思えた初めての人だった。
出会いは少し気恥ずかしくて言えないけど強いて言うなら本当に偶然だった。
いつの日かここを抜け出したときがあった。
裸足のまま裏口から飛び出して走った。
苦しくてすぐに止まってしまったけど止まったときに目の前にいたのは彼だった。
心配そうに見つめてくる瞳が今までみたどんな色よりも美しかった。
その後すぐに看護師さんが来て連れ戻されたけど。
運命ってものはあるのだと思った。
それからしばらくして彼が訪ねてきて、今でも週に一回程度に会いに来てくれる。
彼の絵はとても美しい。一つ一つ愛を感じる。
いつか彼の妻になる人はきっと幸せだろうな。
と思ってしまう。その妻が私ならいいのに。
どうせすぐ死ぬのに。
胸が痛い。
彼にあったときのような心地のよいものではない。
苦しい。息が出来ない。助けてともなにも言えない。
嫌だ。嫌だ。まだ逝きたくない。
彼に愛を告げてみたい。彼の見る世界を感じていたい
自分の死ぬときぐらい自分で分かる。
あぁ。私はもう死ぬんだ。
まだまだ若いのに。これからなのに。
貴方と世界を見ていたいのに。
あぁ。逝きたくないなぁ。
せめて私の死に顔が、涙が貴方の世界のように美しければいいのに。
死んだ。彼女が死んだ。
なんで?からだが弱いとは聞いていた。
いつ死ぬか分からないと泣いて笑いながら語る彼女が
もう、いない。
僕の絵は彼女を救えたのだろうか。
あぁ。悔しい。
僕が絵ではなく医師だったのなら彼女を救えたのだろうか。
退院したら彼女と僕の絵を描いて告白をしたかった。
もう僕のこの手は筆を握ることができない。
彼女の涙は美しかった。
今はもう想いを馳せることしか出来ない。
運命とは時には残酷である。
彼と彼女には時間がなかった。
残された彼はまだ若い。
これから先たくさんの出会いと別れを繰り返すのだろう。
いつかは彼女の事を忘れるかもしれない。
でも少しでも絵を描くとき。
自分の目で「綺麗」を見つけたとき。
彼女の事をほんのちょっと思い出してくれたのなら
彼女はきっと幸せだろう。
「君が見た世界」
8/14/2025, 2:01:08 PM