「遠い空」
病室のなか貴方と見つめる月はどんな灯りよりも
綺麗でしたね。
狭い病室で暮らす私の世界は本のなかだけだった。
本でいろんな世界の話を知り、愛の言葉を知り、
愛の素晴らしさを知った。
夏目漱石が私は好きだった。
あの方が語る世界が好きだった。
夏目漱石がきっかけで仲良くなった方もいた。
彼は、世界を知っていた。
美しい世界も。そんな世界を夏目漱石の言葉で彩る事が好きだそうだ。
私は彼に恋をした。
私は彼との会話が生き甲斐でなかったらとっくに死ん
でいたのだろうな。
私の人生最後の日。
彼と夜空を見上げた。もちろん病室の中で。
月が綺麗だった。
月は太陽無しじゃ輝きやしない。
私はもしかしたら月に似ているのかもしれない。
彼というなの太陽に私は照らされているのだ。
哀れなものだ。
太陽は明るく照ると草木を救い、寒さをさらう。
でも月は。暗いなかで少しでも道をてらすだけ。
私は何なのだろうか。
彼女の人生最後の日。
彼女の病室ですごく綺麗な月を見た。
月は疲れはてたもの達に帰り道を知らせてくれる。
夏目漱石だって人生おいて重要な恋の告白に月を
使った。
それに彼女の横顔を淡く照すその光が美しい。
彼女は月のようだ。
僕に心の救いを与えてくれた。
彼女と共に話す事が僕にとっての灯りだったから。
彼女はきっと気付かない。
僕のこの気持ちも。自分の美しさも。
「月が綺麗ですね。」
気が付くと口から零れた。
彼女は消えてしまいそうな姿で言った。
「死んでもいいわ。」
僕は驚くほど優しく言った。
「月はずっと綺麗でしたよ。」
彼女はなにも言わない。
僕は続けて言った。
「少し肌寒いですね。」
優しく手を差しのべた彼女は。
少し震えていた。
僕はこの手を柔らかく包むことしか出来ないなんて。
彼女の頬を伝う涙はきっと暖かかった。
彼女が冷たくなるまで僕はそばにいることしか出来なかった。
「遠い空」
8/17/2025, 12:21:04 PM