K作

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5/5/2023, 9:58:52 AM

題 大地に寝転び雲が流れる・・・目を閉じると浮かんできたのはどんなお話し?

リ──────ィ⋯⋯ リ──────ィ⋯⋯ リ──────ィ⋯⋯

「本当のこと言うと、私、貴方を口説いてみたかったのです」
野球少年・涼介は、ばちっ!とその鋭い目を見開いた。
ここは⋯⋯ 山本家の墓場だ。真夏のカゲロウの中に墓石が並び、各々の家の名が刻まれていた。
目の前には、薄い柚色の浴衣を着た、しっとりと美しい女が菊の花を活けていた。その白い首筋からツ、ゥと汗を流し、それがいやに色っぽくてドキドキした。
涼介は、女が暑くないように、白い日傘を差してやっていた。大切な将来のお嫁さんが、日射病にでもなったらたまらない、と思い思い、はて、ただの高校生である自分に、お嫁さんなんていただろうか、と正気に戻りかけていた。
己の名は「浅田涼治郎」。帝国陸軍少尉であり、今日この場所には、あと数刻もすれば日が暮れるというのに、女がどうしても墓参りに行きたいと言うから一緒に来たのだ。仕事着である軍服を着たまま乙女の後ろを歩く姿は、さながらお姫(ひい)さまと用心棒であった。
女の名は「山本水仙」。戦時景気の波に乗った成金の一人娘である。みんなからは、お仙ちゃん、とか、仙女さま、なんて呼ばれ、櫛で髪を梳くみたいに可愛がられて育った娘である。
涼介は己に関する過去を、歴史書を読むみたいに理解していた。
しかし体は涼治郎なので、涼介はお仙ちゃんに恋をしていた。涼介のタイプは野球部のマネージャーのような、ショートカットで、ダイヤモンドみたいに笑う子のはずなのだが(実際、入学式で知り合ったかわゆい子がマネージャーをすると聞いて、野球部に入ったので)。けれど今、自分は、濡れ羽色の長髪を低くまとめた、しっとりと奥ゆかしいこの水仙に恋をしている。
つまりは涼治郎の体に、涼介の魂が入っていた。
「涼治郎さん、おモテになるでしょう。だから、私なんかでいいのかなぁって、思って。ほら、四条さんとこのツルちゃんとか、よく笑う愛想のある子の方が、寡黙な涼治郎さんにお似合いだと、思って」
「⋯⋯ 」
「貴方に手紙を送る子や、腕に擦り寄る子が、羨ましんですの」
「⋯⋯ 十分だと思いますよ」
はわわ、と声が出そうになった。お仙ちゃんはいっさいこちらを見ず、たどたどしくお花を整えている。多分、これは、お仙ちゃんにとって一世一代の告白だ。涼治郎はこんないじらしい子に恋されているのか、と羨ましくなった。
「水仙さん、オレね、今ね、」
「オレ⋯⋯ ?」
「あ、私?ね、涼治郎じゃないんだよ。涼介って言うの」
「え、え⋯⋯ ?」
「ごめんね、わかんないよね、」
涼介は丁寧に説明してやった。日傘を肩にかけてしゃがみ、ふたりでコソコソ話でもするかのようにくっついた。見た目は涼治郎だが中身は違う人間であること、自分は先の未来に生きている高校生であること、なぜ涼治郎の体に入ってしまったか分からないこと。涼介自身にも分からないことが多いのだが⋯⋯ 。
「信じられない⋯⋯ 」
「オレも」
「でも、いつもと雰囲気は違いますね」
「ね、水仙さんから見て、涼治郎ってどんな人?」
「え!⋯⋯ ぅ、かっこいい⋯⋯ 」
「⋯⋯ いいなぁ。ごめんね、さっきは告白聞いちゃって」
「告白?!ちがいますよ、⋯⋯ ただの、わがままです」
「わがまま?」
お仙ちゃんはうつむいてしょんぼりしてしまった。
聞けば、お仙ちゃんと涼治郎は家が決めた許嫁なので、愛を確かめ合ったことは無いという。確かに涼治郎の記憶にも、そんな出来事はなかった。
でも、涼治郎は、確実に水仙に恋をしている。でなければ、涼介が出会ったばかりの、タイプでもない女を好きになるはずがない。帰り道が橙色に染まる夕刻、隣を歩く乙女に、涼介はずっとドキドキしていて、スズムシの音すら聞こえていなかった。
「だからね、私、涼治郎さんを口説いて⋯⋯ 好きって言われてみたい」
「かわいいかよ」
まったく涼治郎は何をやっているんだ。こんなにいじらしくてかわゆい子をどうしてほっとけるんだ。いや、ほっといては居ないんだろうが、たった一言の好意がどうして言えないんだ。と、涼介は己の体の元持ち主に悶絶した。
「でもね、女が男の人を口説くなんて、変でしょ?はしたないって思われるかも⋯⋯ だからね、待ってるしかなくてね、今日は、その、私が待ってることを知って欲しくて、あんなこと言ったの⋯⋯ 」
「そっかぁ」
この時代では、女が積極的になるのははしたないことらしい。特に社会的地位が上な程、その傾向は強くなる。それはまァ、時代的に仕方ないのかもしれないが、好きな子が困っているのだ、力になりたい。
「じゃあさ、オレで練習しなよ」
「え、?」
「オレ今は涼治郎だもん。水仙さんにアプローチされて、涼治郎がどう思うか、分かるよ」
「ほ、ほんと?でも⋯⋯ 」
「大丈夫、私、涼治郎じゃなくて、涼介だから」
お仙ちゃんは、困惑しながらも、「わ、かった」と立ち止まった。立ち止まって、スッ、と息を吸って。
「えっと、涼治郎さん、好きです」
それは核にも似ていた。落とされたらたまったものではない、痺れから引き返せなかった。だんだんと体から力が抜けて、心臓が爆速で動き出した。全身の血管が締まっていたのだ。
「ど、どうですか」
「ヤバい、涼治郎まじか⋯⋯ 重」
「お?」
「何でもない。えっと、死にそう⋯⋯ 」
「死⋯⋯?!」
「違う、違う」
涼介は軍帽で目元を隠して、お仙ちゃんから少し距離を取った。だって、とんでもなかった。夕暮れでも分かるほど顔を赤く染め、恥ずかしそうに指を絡めて、少し潤んだ目で見つめられて、あの言葉⋯⋯ 。それを好きな女の子から言われたのだ、とんでもなかった。
「びっくりした。死ぬかと思った」
「やっぱり嫌でしたか、」
「ううん、違うの。ダメだね、未来人はすぐに死ぬって言う⋯⋯ 。その、すっごいドキドキした。涼治郎、めちゃくちゃ喜んでる」
「ほ、ほんと⋯⋯ !」
乙女は宝石ように喜んだ。なんだか今なら、涼治郎がお仙ちゃんを好きになった理由がわかった気がした。
「でも、今のは告白だからなぁ。涼治郎が好きって言いたくなるようなことしないと⋯⋯ 」
「そうでした⋯⋯ ごめんなさい」
「いや、めっちゃ嬉しかったけども」
濡れ羽色の乙女は、見当違いなことをしてしまったことを恥じて、小さく謝った。そして少し考えて、ずっと前からしてみたかったことを思い出した。今は涼治郎では無いとはいえ、涼治郎の体に触れるのは、すごくドキドキした。
「⋯⋯ 、」
「あ、歩いて」
「ぅ、うん、」
「⋯⋯ ヤじゃない?」
「ヤじゃない」
涼介はスルりと手を取られてドキドキした。お仙ちゃんの手は、少し冷たくて柔らかかった。現代では、カップルが手を繋ぐなんて、初歩中の初歩である。しかし(真に)古風なふたりがその初歩を行えば、このザマであった。涼介は日本の伝統純愛を追体験して、「大正ロマンやべぇ」と、あんまり回っていない頭で思った。
「ど、どうですか。好きって言いたくなりましたか」
「いやァ、うん、どうだろ。ヤバいね、これ、頭ん中8割水仙さんだわ。あ、⋯⋯ あ、そっか、そういうことか、涼治郎」
「、?」
涼介はもう8.5割くらいお仙ちゃんで侵食されている頭で、ひとつの可能性を見出した。橙色の太陽が、ジリジリと沈んでいた。
「水仙さん、あのね、」
「はい、」
「あのね、涼治郎が戻ってきたら、「私、涼治郎さんのこと口説きたいです」って、言ってあげて」
「え、?」
「ね。きっとね。」
太陽が完全に沈んだ刹那、涼介はばちっ!と目を閉じた。

次に目を開けた時、目の前には顔色の悪いマネージャーの顔があった。夕方の河川敷、草むらの上に横たわり、スズムシが鳴いていた。
「よ、良かった⋯⋯ 」
「⋯⋯ 」
「今日暑かったから、熱中症かもって、監督が。救急車、もうすぐ来るからね、安心してね」
「スイちゃん、」
「なに?」
「オレ、スイちゃんのこと口説きたい」
「⋯⋯ え、!」

リ──────ィ⋯⋯ リ──────ィ⋯⋯ リ──────ィ⋯⋯

5/3/2023, 12:13:18 PM

題 優しくしないで

「つまりはこういうことなんです。お前はそのレモネードを飲み終わったら私を殺します。また会おうね。Congratulation。」
バチくんは、珍しいこともあるものだなァ、とストローをかじりながら目の前の謎の生物を見つめた。
ここは地元のカフェである。と、言っても、夢の中なので、客も居なければ店員もいない、真昼の太陽だけが店内を照らし、床は所々腐っている。現実とはいろいろ違うカフェだ。
さて、目の前の謎の生物だが⋯⋯ こいつは変幻自在なので、姿の特定は難しい。口が出るのは喋る時だけで、目が出るのはものを見る時だけである。おおよそヒトの形を求める何かである。
バチくんはこのヘドロのような生物のことを、アイちゃんと呼んでいた。似つかわしくない名前だが、そう呼び始めたのには理由がある。
初めてアイちゃんが夢に現れたのは、バチくんがイジメていたクラスメイトがお空に飛んでった次の日である。
バチくんは金魚鉢の中にいた。しかもここは、友達の家のようだった。窓際の棚に置かれた金魚鉢では、ピラニアが旋回し、バチくんを齧っては離れ、齧っては離れしていた。ピラニアは黒いホースのようなものを伝って、上からドぽ、ドぽ、と降ってきているようだったが⋯⋯ ホースを辿った先には、黒いドロドロとしたヘドロのようなものが溜まっていた。これがアイちゃんだ。アイちゃんは目をカタツムリのようにして、バチくんの血が煙草の煙のように広がるのを見ていた。
「⋯⋯ !、⋯⋯ !!」
バチくんは必死にもがいてガラスを叩いた。もう何でもいいから助けて欲しかった。
この夢の悪質なのは、感覚があるところである。だからバチくんは、夢とわかっていても激痛に悶えた。少しずつ失っていく体を知って、もう殺してくれ、と本気で願った。
ここでやっと、アイちゃんが動いた。びちゃっ!と金魚鉢を覆うように広がり、大量の口でガラスをガリガリした。すると金魚鉢は割れ、ざぱぁ!と赤とかピラニアとかが流れ出た。バチくんは棚から落ちるギリギリのところで止まった。
ヘドロは、からだの色んなところを失って死んだバチくんに近づいて、一言、
「良かったね"ぇ」
と、口を(おそらく)腹から出して言った。
つまり、バチくんを殺したのはこのバケモノで、助けたのもこのバケモノである。
こんな夢がもう8年も続いた。いつも、何かに喰われる夢だった。
バチくんは、自分を殺すも助くもこのヘドロであり、なんだか神様みたいだなって、いつも夢から醒めてから思うのだ。だから慈愛の意味を込めて、夢のバケモノをアイちゃんと呼んだ。
「いきなりどうしたのさ。しかも今日は随分穏やかな夢なんだね」
「いつもはお前が望むからそうしてるだけだよん」
「今日は?」
「卒業式」
アイちゃんは手っぽいものを3本出して、パーっとやってみせた。
「もう痛い夢は見ないってこと?ていうか、あんなの望んでないよ」
「いいや、望んでるね。喜んでた」
「俺Mじゃないんだけど」
バチくんは眉をしかめてジューっとレモネードを啜った。あと半分くらいある。
アイちゃんは中指でバチくんを指さして、ここで問題です、と言った。
「ここで問題です。そのレモネード、何でできてると思いますか?ハイ、バチくん」
「え、レモンと炭酸⋯⋯ ?」
「まったく違うよ。ヒントは昨日の夜、シンクの中」
「⋯⋯ エ、エ⋯⋯ マジで?俺の?」
「ウィ。昨日バチくんが零したゲェを集めてレモネードにしました。お味はどーお?」
「エ、普通に美味いわ」
バチくんは、この夢に感覚が伴うことをよくよく知っていた。だからレモネードはおいしい、たとえ夢であっても。
「つまりはそういうことなんです。お前は自分の苦しみがおいしいんです。可哀想にね」
「⋯⋯ 」
バチくんは寝る前になると、いつもゲェを吐いていた。夜のエネルギーはスサマジイので、バチくんを深いところまで追いつめて、「あれ?俺なんで今日生きてたんだろ。許されないのに」って気持ちにさせるのだ。
「ダメだ」
バチくんはグラスを握りしめて下を向いてしまった。
「俺、ぉ、アイちゃんにまで優しくされたら、生きていけない⋯⋯」
「それが望みだろう」
「違う」
「辛かったね」
「ちがう」
バチくんはとうとう泣き出してしまった。
「ちょっとからかっただけなんだ。あいつも笑ってたし、みんなも面白いって言ってた」
「へぇ」
「俺、誰にも責められなかった、俺が子供だったから。」
「ふーん」
「うぇ、ゲホゲホ⋯⋯ でも、嫌われるのも怖いんだ。普通に生きたいのに、いざ、少しでも幸せを感じると、あいつを思い出すんだ⋯⋯ 」
「自業自得ですね」
「うん⋯⋯ 」
アイちゃんは、たくさんの手っぽいものをひょっとこのようにうにょうにょさせた。そのうちの一つがグラスを掴んで、「マァ飲めよ」とバチくんのほうにぐっと押した。残りは4分の1くらいある。
バチくんは10分くらいグズグズしていた。それをアイちゃんは、たくさんの手の平に出した目で見つめていた。
「お前はもう生きてちゃいけないよ」
「うん、」
「卒業式だからね、私もお前も」
「アイちゃんも辛かった?」
「イヤ私はお前だし⋯⋯ 知らん」
「そっか、」
バチくんは最後のレモネードをジューゴゴゴ、と飲み干した。そのままグラスをしっかり握って、アイちゃんの頭っぽいところに振り下ろした。

5/1/2023, 1:16:15 PM

題 楽園

「ン"フフフフ⋯⋯ ウップ、ンフ⋯⋯ ゲホゲホ」
少年Vは笑った。雨降る歌舞伎町、路地裏にヤンキー座りでしゃがみこみ、アルコールを一気飲みして咳き込んでいた。店の裏でもあるため、背中越しに爆音の(と言ってもどこか遠くから)テクノやら女の甲高い声やらが聞こえてくる。
飲み干したジョッキには雨がぼちゃぼちゃと満たされていった。Vは頭をガシガシかきながらそれを見つめて、
「ン"フフフフフフフ」
と、やはり笑った。
ガチャり、と音がしたかと思うと、店の後輩が、裏口の扉を半分開けてこちらを覗いていた。
「蛍サァン、地雷チャン3号が早く来いって怒ってますよォ」
「⋯⋯ 行きたくない、怒ると怖いんだもんあの子」
「ダメですよォ、仕事なんですから。No.1でもお客さんほっといちゃダメデース」
「わァ」
Vの脇を持ち上げた後輩は、彼の左手に握られているジョッキに気がついた。呆れて、またですかァ、と。
「また店のお酒勝手に開けたんですかァ、いい加減にしないとクビにされますよォ」
「へへへ、そうかもね」
後輩はピクっとまぶたを震わせた。こういう時、V(源氏名:蛍)はいつも、「俺、オーナー直々の顔採用だから、これくらいなら大丈夫だよ」と、余裕で微笑んでいたのに。
Vの声は少し掠れていたし、目元も赤くなっていた。後輩は、この先輩にも泣きたくなるようなことがあるのか、と少し感心して、そしてどうしていいか分からなくなった。
しかし、全て後輩の勘違いである。声が枯れたのは強いアルコールを飲んだからであり、泣いたのは咳き込んだ時に出た生理的なアレである。後輩は、長い間Vの後輩であったが、Vの多くを理解している、と勘違いしているのだ。Vは全くもって、全てを隠していた。
「もう少ししたらきっと行くからさ、シャワー浴びてるとでも言っておいて。ね。」
「⋯⋯ 」
Vはわざと微笑んだ。それが、人の目には哀しい男に見えると、理解していたからだ。思った通り、後輩はコクンと首を振って戻っていった。
Vは灰色のビルに切り取られた、灰色の空を眺めて、
「ン"ッフ、フフフフ⋯⋯ 」
と笑った。
Vは愉快だった。だって、今日、この楽園から解放されるのだから⋯⋯ 。

Vは許された存在だ。
8年前、地元の怖い先輩に脅されたVは、仕方なしに隣町にある老舗時計店で強盗をした。物を盗む罪悪よりも、殴られる方が嫌だったからだ。V自身、もし警察に見つかっても、「脅されて仕方なかったんだ⋯⋯ 本当はこんなこと⋯⋯ 」 と、泣けばどうにかなると思っていた。
と、言うことで、Vは時計店のガラスドアを先輩から渡されたハンマーで割った。腕だけ侵入して中からかけられている鍵を解除し、今度は普通にドアを開けて侵入した。小さく「オジャマシマース⋯⋯(笑)」 なんて言ってみながら⋯⋯ 。
ことは順調に進んでいた。ショーケースもハンマーで割り、これまた先輩から渡された紺色のリュックに時計を流し込んだ。Vはこれまで感じたことの無い興奮を感じていた。さっきまで冗談のつもりだったイタズラが、いよいよ本気じみてきたからである。もう少しいけるんじゃないか⋯⋯ と指示されていないレジの金も盗もうと、ハンマーを振り上げ──────
「ゥオア"アアアア!!」
Vはモノスゴイ勢いで何かにぶん殴られて倒れた。散らばった木片が、それは古びた椅子だと教えてくれた。
Vを殴ったのは時計店の店主であるジジィだった。ジジィは店舗の立ち並ぶこの辺りには珍しく、店の裏に住んでいたので、ガシャンガシャンとガラスの割れる音を聞いてすっ飛んできたのである。
ハァハァ息を切らすジジィの足元、Vは脳震盪を起こして目はグルグルし、腕や足はピクピクしていた。殺してしまったかしら──さっきまで怒っていたのに、途端に冷や汗が吹き出たジジィは、恐る恐るVの顔を覗き込んだ。Vが息をしているのを知り、ホッとして、しかしまた怒りに満ち、こいつにはお縄に着いてもらわにゃならん、と固定電話を取り──────
「ゴッ」
目玉が飛び出そうな衝撃だった(否、ジジィが知らないだけで、警察が到着した時には飛び出ていた)。Vはひたすらハンマーを振り下ろしていた。歯を食いしばり、しかし目だけは一切のシワを寄せず、無言でジジィを殴っていた。つまりは頭に血が上っていたのだ。
やっと手を止めたVは、ハッ、ハッと息をしながら7秒ジジィを見つめた。そして吐いた。血溜まりのカビ臭い床の上、もう何が何だか分からないまま、Vは白目を向いた。

「判決、被告人を少年院でぶっ殺せ」
Vは真顔で己の身の振りを聞かされた。最も、裁判長のお言葉はもっと厳格で、規則に則ったものであるはずなのだが、Vには本気でそう聞こえたのだ。
少年院には6ヶ月いた。本当は1年だったのだが、Vは相当大人しくしていたので期間が短縮されたのだ。そこでも怖い先輩はいたが、もう殴られたって怖くはなかったし、何か別の喜びがじわじわ心を満たしていた。
「いいなぁ、お前もうすぐ釈放だろ?シャバは楽園だよな、好きな物買えるし、彼女作れるし、行きたいとこ行けるし、」
「アァ、そうだな」
少年院から解放される数日前、新しく入ってきた同い年の男に言われた。Vは心ここに在らずという感じで、得体の知れない不安を感じていた。
Vに迎えは来なかった、元々親子関係は破綻していたので。歩いて家まで帰ったのだが、マンションには入れなかった。これにはちょっと驚いた。だって、Vは追い出されたのではなく、親の方が逃げたのだから。Vはなんだか笑えてきて、
「ン"フ⋯⋯ フ、フフフフフフフ」
と歩いた。
生き延びるのは簡単だった。Vが夜の店が立ち並ぶ場所に小さくうずくまっていれば、誰かしらが拾ってくれるからだ。Vはこの頃、自分の顔がいいことに気がついた(後に気づくことだが、夜の人々がVを拾うのは、彼に普通とは思えない可哀想なオーラがあったからである。最も、それを得たのは罪を犯したからであるが⋯⋯ )。
しかし生きるのは大変だった。Vを拾う人間はみな、彼を「可哀想に、可哀想に」とよしよしするだけなのだ。たとえ、「おれ、人を殺したんだ」と、言っても、家出少年の戯言だと思われ、また、「可哀想に」と、慰められた。
Vは、救いを求めていたのだ。これなら少年院で先輩に殴られていた方が良かった。
シャバは地獄だった。
Vは、許されてしまった。誰も、Vを殴ってはくれなかった。

次にVを拾ったのは、ホステスを経営する男だった。男はVのただならぬオーラを気に入り、半ば無理やりホストに勧誘した。最初こそ、何の期待も持たなかったVだが、とあることをきっかけにここ(ホステス)を気に入るようになった。
美しいと自負している男というのは、自分よりも美しい男が現れると腹が立つらしい。新人のVは、ハンサムな男や、クールな男から、(見えない所を)殴られ蹴られ、Vはそれを喜んだ。罰を与えてくれる、ホストというのは神様だ、と。
しかしそれも一瞬のことで、オーナーから指導(具体的には、「その変な笑い方をやめろ、柔らかく笑えるよになれ」と、言われた)を受けたVは、持ち前の顔と鍛えられたオーラをもってNo.1となってしまった。Vの神様を殺したのはV自身だった。
Vは、もうダメだった。もうこの世に自分を罰してくれる者はいないのだと悟った。
別にいつでも良かったのだが、何となく雨の降る日が良かった。店の見慣れたジョッキに、倉庫に保管してあるガソリンをいっぱいまでそそいで、裏口から外へ出た。ヤンキー座りでしゃがんで、片手に持ったそれを、一気に飲み干した。
「ン"フフフフ⋯⋯ ウップ、ンフ⋯⋯ ゲホゲホ」


4/27/2023, 1:33:35 PM

題 生きる意味

人生リポート!

あなたの生きる意味はなんですか?

20代社会人女性
エー⋯⋯ あんまりないですかね。やりたいことも特にないですし、毎日仕事が忙しくて、疲れてすぐに寝てしまいますし。こんな生活ダメだよなぁとは思うんですけど、でも多分、改善する気はないと思います。すみません、こんな回答で。怠けた人生で恥ずかしいなぁ。やりたいことがある人って、どうやって(やりたいことを)見つけたんですかね、羨ましいです。

あなたの生きる意味はなんですか?

70代男性
俺はもう死んでもええと思っとる。若ぇ頃は、死ぬんは怖かったが、今となっちゃあもう何も怖くない。だけんどな、生きとるうちは毎日飯作って、嫁さんの仏壇に供えにゃならん。それから嫁さんが可愛がっとった猫にも、エサと水をやらにゃいかん。あとはモーどうでもいい、うん、いつ死んだってええわ、充分生きた。長男と次男がな、俺が死んだらギョウサン人呼んで葬式してくれるっちゅうねん。イマドキやないやろ、な、ヘヘヘヘ。

あなたの生きる意味はなんですか?

6歳女の子
私の生きる意味は、オリンピックに出て、スケートボードで金メダルを取ることです!今はまだヘタだし、たくさん転んじゃうけど、一番好きなスケートボードで一番になりたいです。お父さんも、お母さんも、友達もみんな応援してくれてるから、金メダル取ったらみんなに(金メダルを)かけてあげたいです。

あなたの生きる意味は何ですか?

神様
⋯⋯ イヤァ、俺生きてないですし、そんなこと聞かれてもなぁ。⋯⋯ 俺が?イヤイヤ、俺はニンゲンに生きる意味を与えたことなんてないですよ、マ勝手に崇拝してるニンゲンはいますケド、ハハハ。
そうだなァ⋯⋯ 最近、この時期は自死でコッチに来るニンゲンが増えてるんですよね、昔はそういうの少なかったのに、時代かなぁ。
アー⋯⋯ この女のニンゲンもそうだね。今、俺の奉公が迎えの準備してますよ、オカエリーってネ。悪いことしてないし、ある程度生きたし、地獄行きは免れるデショ。でもなぁ、めんどうくさいんだよなァ。イヤネ、多いんですよ、こういうニンゲン。下界を覗いて、家族やら友人やらに泣かれているのを見ては、戻りたいって言うんですよ。コッチに来たら、もう元のニンゲンには戻れないって、何度説明しても、神様ならナントカして下さいって諦めないんですよ、あんまりしつこいと来世に流しちゃうんですけどネ。俺にはそんな力ありませんよって、ハッハッハ。
逆に、このニンゲンみたいなのは楽ですよ。此岸になんの未練もなく、大人しくいてくれる。でも、このニンゲンの嫁さん、もう流しちゃったんですよね、しつこいから。怒られるかなァ、ジジの話って長いんですよねぇ。そもそも欲の深いのはコッチに住むには向いてないからね、ニンゲン向きですよ。「もう死んでもええ」って言ってますけど、あと30は生きますよ、このニンゲン。猫の方が先に来ますね、畜生の神ならもっと具体的な年数が分かるんですけど⋯⋯ 。
オ、こっちの子は目的があるんですね、ハハハ。⋯⋯ アー、あんまり興味なくて、スポーツとか、優劣の権化じゃないですか。やっぱりこの子もニンゲン向きだったか、迎えはいらないね。⋯⋯ アァ、7歳までは迎えが用意されているんですよ、コッチ向きの子は、ニンゲンの世で生きるのに、あまりに向いていませんから。どんなニンゲンになるか、ここから見ていますからね。
⋯⋯ エー、ニンゲンが生きる意味なんて、考えたこともありませんよ。意味なんてなくても、俺や閻魔は奉公を向かわせませんし、そもそも、意味を考えてる時点でニンゲン向きですネ、ハッハッハ。


4/26/2023, 12:52:00 PM

題 流れ星に願いを

⋯⋯ ネガイマス⋯⋯ ネガイマス。私(ワタクシ)は閻魔様にも見放された身、夜空を流れる貴方様だけが、私の願いを聞いて下さるのです。
どうか、ムスメを助けてやってください。ムスメは今、暗い牢獄の中にいます。そして酷い仕打ちを受けています。
ムスメは悪行などしていませぬ。罪ならば、全て私が⋯⋯ 。
私は戦で親兄弟を亡くし、泥棒をして生きていました。百姓に足を掛け野菜を奪い、桂女を脅し魚を奪い、酒屋を騙して酒ダルを奪っておりました。どういうわけか、私にはその才があったのです。
ある時、私は金持ちになってみたくなりました。それまでの生活で、私は一度も銭を持ったことがなく、どういったものなのかも分からずに、ただの興味で銭を望んでおりました。どうせなら沢山奪ってやろうと、そう思った次第です。話に聞くには、銭というものは普通のニンゲンにとってタイセツなものだそうで、みなその保管場所を隠しているようです。
しかし私には才がありました。土倉の娘を奪い、代わりの銭を奪ってやろうと算段をたてました。私の才によればそのどちらも簡単なこと、屋敷に忍び込み娘を奪いました。しかし私は銭を手にすることはありませんでした。土倉にとって娘はタイセツではなかったのです。ヤーこいつはどうしたものか、と思い思い、生かすために置いておいた雑炊を食らう娘を見て、捨ててしまおうと決めました。娘の上等な着物を掴み、引きずって夜の山道に置いてきました。しかし娘は捨てても捨てても着いてきました。顔を真っ赤にして、むくれて、しかし泣き喚かずに、ただただ私のボロ布を引っつかむのです。
「離せ、離さんと殺すぞ」
と、言うと、娘はついに甲高い声を上げて、
「一緒に行く⋯⋯ 置いてったら承知しないわ、祟り殺してやる⋯⋯ 置いてかないで、承知しないわ」
と、他にも罵詈雑言を泣き叫ぶので、私は一寸愉快になって、やー祟られてはたまらん、と思い思い、娘の手を掴んで山小屋(ヒグマが出たとか云々言って奪ったもの)に戻りました。あの頃はよく、「歩くのが早い」と、叫ばれましたが、私は気にとめることなどありませんでした。
ムスメを連れるようになって随分経った頃、私はオタズネモノとして追われるようになっておりました。しかしムスメは美しく成長し、東の山には桜姫いる、と噂まで立っていようです。
ムスメは土倉の娘から、私の娘に生まれ変わっておりました。高飛車で偉そうなところは変わりませんでしたが、私の言うことをよく聞くいい子でした。
だと言うのに私は、いつまでもムスメの名前すら聞くことが出来ないのです(私はムスメを「ムスメ」と呼んでいました)。ムスメの信頼を、私は素直に返せないでいました。私は奪う才はあれど、奪われる才は持ち合わせていなかったのです。
そうして冬の頃、奉行所の役人どもが、ついに私たちの山小屋に踏み入ったのです。昔の私ならば、全てを捨てて、それこそ娘すら捨てて、逃げ果せたでしょう。しかし後悔などしておりませぬ。例え桜姫が見つかった原因だとしても、私はムスメを捨てるなどしなかったでしょう。
私はムスメをどうにか逃がしてやりたくて、
「逃げろ、逃げろ」
と叫びましたが、ムスメは言うことを聞かないのです。あんなにいい娘だったのに、どうしたことでしょう。
私は死に物狂いで抗いました。私には奪われる才などないのだと、信じていたのです。しかし大勢いる役人のひとりがムスメに手を伸ばした時、そいつを殺してやろうとした刹那、腹から刀剣が生えたのです。
いつか聞いた甲高い声を、最期の最後にまた聞くことになろうとは、思わないでしょう。
叶うなら、あの子の名前を呼んでみたかった。しかしそれは、叶わなくてもいい願いです。私の身勝手で屋敷から連れ出されたことを、あの子はどう思っていたのだろうかと、それを想像しては、臆病になっておりました。私のような罪人が、あの子の名を、本当の娘のように呼んでいいはずがないと思っていたのです。
ヒトにも閻魔様にも見放されるような私が死んで、悲しんでくれる子なのです。どうか助けてやって下さい。あの子はただ、私と一緒にいただけなのです。私のせいなのです。私はもう何もしてやれませぬ。しかし貴方様ならば、夜空を繋ぐ貴方様ならば、私の願いが此岸に繋がるやもしれません。罪ならば、全て私が⋯⋯ 。


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