題 流れ星に願いを
⋯⋯ ネガイマス⋯⋯ ネガイマス。私(ワタクシ)は閻魔様にも見放された身、夜空を流れる貴方様だけが、私の願いを聞いて下さるのです。
どうか、ムスメを助けてやってください。ムスメは今、暗い牢獄の中にいます。そして酷い仕打ちを受けています。
ムスメは悪行などしていませぬ。罪ならば、全て私が⋯⋯ 。
私は戦で親兄弟を亡くし、泥棒をして生きていました。百姓に足を掛け野菜を奪い、桂女を脅し魚を奪い、酒屋を騙して酒ダルを奪っておりました。どういうわけか、私にはその才があったのです。
ある時、私は金持ちになってみたくなりました。それまでの生活で、私は一度も銭を持ったことがなく、どういったものなのかも分からずに、ただの興味で銭を望んでおりました。どうせなら沢山奪ってやろうと、そう思った次第です。話に聞くには、銭というものは普通のニンゲンにとってタイセツなものだそうで、みなその保管場所を隠しているようです。
しかし私には才がありました。土倉の娘を奪い、代わりの銭を奪ってやろうと算段をたてました。私の才によればそのどちらも簡単なこと、屋敷に忍び込み娘を奪いました。しかし私は銭を手にすることはありませんでした。土倉にとって娘はタイセツではなかったのです。ヤーこいつはどうしたものか、と思い思い、生かすために置いておいた雑炊を食らう娘を見て、捨ててしまおうと決めました。娘の上等な着物を掴み、引きずって夜の山道に置いてきました。しかし娘は捨てても捨てても着いてきました。顔を真っ赤にして、むくれて、しかし泣き喚かずに、ただただ私のボロ布を引っつかむのです。
「離せ、離さんと殺すぞ」
と、言うと、娘はついに甲高い声を上げて、
「一緒に行く⋯⋯ 置いてったら承知しないわ、祟り殺してやる⋯⋯ 置いてかないで、承知しないわ」
と、他にも罵詈雑言を泣き叫ぶので、私は一寸愉快になって、やー祟られてはたまらん、と思い思い、娘の手を掴んで山小屋(ヒグマが出たとか云々言って奪ったもの)に戻りました。あの頃はよく、「歩くのが早い」と、叫ばれましたが、私は気にとめることなどありませんでした。
ムスメを連れるようになって随分経った頃、私はオタズネモノとして追われるようになっておりました。しかしムスメは美しく成長し、東の山には桜姫いる、と噂まで立っていようです。
ムスメは土倉の娘から、私の娘に生まれ変わっておりました。高飛車で偉そうなところは変わりませんでしたが、私の言うことをよく聞くいい子でした。
だと言うのに私は、いつまでもムスメの名前すら聞くことが出来ないのです(私はムスメを「ムスメ」と呼んでいました)。ムスメの信頼を、私は素直に返せないでいました。私は奪う才はあれど、奪われる才は持ち合わせていなかったのです。
そうして冬の頃、奉行所の役人どもが、ついに私たちの山小屋に踏み入ったのです。昔の私ならば、全てを捨てて、それこそ娘すら捨てて、逃げ果せたでしょう。しかし後悔などしておりませぬ。例え桜姫が見つかった原因だとしても、私はムスメを捨てるなどしなかったでしょう。
私はムスメをどうにか逃がしてやりたくて、
「逃げろ、逃げろ」
と叫びましたが、ムスメは言うことを聞かないのです。あんなにいい娘だったのに、どうしたことでしょう。
私は死に物狂いで抗いました。私には奪われる才などないのだと、信じていたのです。しかし大勢いる役人のひとりがムスメに手を伸ばした時、そいつを殺してやろうとした刹那、腹から刀剣が生えたのです。
いつか聞いた甲高い声を、最期の最後にまた聞くことになろうとは、思わないでしょう。
叶うなら、あの子の名前を呼んでみたかった。しかしそれは、叶わなくてもいい願いです。私の身勝手で屋敷から連れ出されたことを、あの子はどう思っていたのだろうかと、それを想像しては、臆病になっておりました。私のような罪人が、あの子の名を、本当の娘のように呼んでいいはずがないと思っていたのです。
ヒトにも閻魔様にも見放されるような私が死んで、悲しんでくれる子なのです。どうか助けてやって下さい。あの子はただ、私と一緒にいただけなのです。私のせいなのです。私はもう何もしてやれませぬ。しかし貴方様ならば、夜空を繋ぐ貴方様ならば、私の願いが此岸に繋がるやもしれません。罪ならば、全て私が⋯⋯ 。
4/26/2023, 12:52:00 PM