2023/07/09 【街の明かり】
目が覚める。
少し体が痛い。そうか、そういえば勉強したまま寝ちゃったんだっけ。
机にへばりついていた重い頭を持ち上げて伸びをする。
自分の体がものすごい悲鳴を上げている。
外を見ると、完全に締め切ったカーテンの隙間から日が差し込んできていた。時計の短針がちょうど「6」を指している。
まだ余裕はあるけど、今日は少し早めに出るか。
俺は椅子から立ち上がり、服を着替える。
筆箱とノートぐらいしか入っていない小さなリュックを背負いまんしょんを出る。
エントランスを抜けると、街には学校帰りの学生達で溢れかえっていた。
「お、こんばんは。今日は早いんですね。」
校門前には事務員のおじいちゃん教師が掃除をしながら立っていた。
「こんばんは。今日は早く起きたんで。」
軽い返事だけして廊下を歩き進める。
定時制のこの学校に通い始めて2年。これだけ通えば、昼夜逆転の生活も慣れたものだ。
外を見ればいつも夜景が広がっている。
やはり東京の明かりは街灯って感じだよな。どこもかしこも明るく見える。
俺は、目線を窓の外の景色から空へと移す。
-やっぱり、星は見えないな。
東京に来てからずっとそんなことを考える。
昔住んでいた俺の故郷。あそこは街灯どころかコンビニのように光が漏れ出すような建物もほとんどなく、夜は文字通りの暗闇。
-などではない。
どれだけ街が暗くても、必ずそこには星があった。眩しいくらいの強い光だった。
東京と、俺の故郷。
今いる東京は、あの何もかも吸い込んでしまうかのような広い空は、そこにはなかった。
【赤い糸】2023/06/30
運命の赤い糸。
いつか結ばれる男女は、生まれた時から、お互いの小指と小指が運命の赤い糸で結ばれている。
何が運命だよバカバカしい。
「涼介、ちょっとなにやってんのよ!?」
朝っぱらから大きな声で、隣にいる中学来の友達、楓が前方でコケて教科書をばらまいた涼介ニムカッテ怒鳴りながら駆け寄っていく。涼介もまた楓とおなじ中学来の友達だ。2人とも親友とも言える俺の大切な友達。
2人は小学校からの仲らしいから、親友と言うより幼馴染と言った方が正しいか。
「やっべー、教科書折れたわ。」
「ったくもう!このドジ!!!」
このふたりの喧嘩はいつもの事なので、そのまま通り過ぎて教室へ向かう。
今読んでいる本では、ちょうどヒロインが主人公に恋に落ちる、女子が好きそうなシーンだった。ミステリーの中で少し珍しい恋愛込みの物語。
2人は実は昔あったことがあったのだが、色々な事件があり離れ離れ。そして大人になって再開。
まるで運命の赤い糸で結ばれていたかのように。
運命なんて誰が信じるって言うんだ。
偶然が実は決まって起きたことだって言うのかよ。
ぐちゃぐちゃと頭の中文句を言いながら外を見る。昇降口前には、涼介と、ずっと説教を垂れている楓の姿があった。
-あいつら、まだ下にいんのか?
本当にあの二人は仲が良い。あの二人こそ「喧嘩するほど仲がいい」という言葉を体現しているような2人だ。
そういえばあの二人は小学校からずっと高校まで一緒だったな。家は近いが特に家同士が仲がいい訳では無いらしい。それでも仲がいいのは、なにか因果関係があるのだろうか?
「運命の赤い糸か・・・」
運命なんて信じないが、あの二人は本当に運命という言葉じゃないと説明できないくらいに一緒にいる。
前だってコンビニで鉢合わしたこともあったしな。
「何呼んでんの?」
いきなり心臓が跳ね上がったかと思った。
ガっと横を向いたら、中学から一緒の美乃里がいた。こいつも一緒につるんでいるひとりだ。
「ああ、新しい新作だよ。運命の赤い糸なんてワードが出てきたんだよ。興ざめする。」
「あはは・・・誠也そういうの嫌いだもんね・・・」
美乃里が苦笑いをうかべる。
そういえば、美乃里と高校が同じになったのも驚いた。俺たちは特に家が近い訳でもない。かと言ってこの高校が中学から近かった訳では無いから、そう簡単に同じ中学の人と被るなんてことないはずなんだが。
まああの二人は家が近いから例外だけど。
-これが、運命ってやつか?
唐突にそんな考えが浮かんだ。いや、単にこの高校に魅力があったから被っただけだろう。きっとそうだ。
-でも、仮にもし運命だったら、悪い気はしないな。
予鈴がなり、美乃里が自分の席に戻る。その小さな背中を目で追いながら、そうだったらいいなと、自分でも珍しく運命にすがった。
【入道雲】2023/06/30
「快晴より、雲がある方がいいな。」
学校の帰り道。帰りにしてはまだ明るいこの時間。
周りの田んぼの水が太陽にあたってキラキラと反射している。額からの汗が止まらない。
そんな暑い日、中学からの親友である美乃里が口を開いた。
「なんで?」
私はなんの疑問も持たずに彼女のつぶやきに反応する。
美乃里が少しズレたようなことを急に言い出すのはいつもの事だ。私が幼馴染の涼介と口喧嘩をしてる時はいつも美乃里が割って入ってくれる。もうひとり、いつも一緒につるんでいる誠也という親友もいるが、あいつは私達が喧嘩していても無反応。そんなこともあってか、傍から見ていれば4人のグループで1番お姉さん的な存在に思われがちだが、実はその逆だったりする。
しっかりしているようでちょっとズレたところがあって、よく妄想に老けたようなことを言い出す。
俗に言う天然と言うやつだ。少しズレたその反応が、時々苦手だったりもする。
-まあ、本人は気づいてないっぽいけど。
「だって快晴って雲がないってことでしょ?なんかそれって寂しくない?」
「そうかな〜。私は快晴の方がなんか澄み切っていてい いなって思うけどね。」
雲は雨の原因の一つなわけだし、私はあんま好きじゃない。
「でもさ」
またもや唐突に、今度は大きな声で喋りだした。
「曇って毎日同じじゃないでしょ?なんかいつもと違うことが起こりそうで楽しみにならない?」
空を見上げながら言う彼女の横顔は、本当に楽しそうだった。
私もつられて空を見上げる。
そこには、空を丸々飲み込んでしまいそうなほどの、大きな入道雲があった。
「もう夏だね。」
同じようにそれを見上げながら彼女は言った。
「私たちにとって、最後の夏。」
ドキッとした。
そっか。もう、最後の夏。
何も無いようにこんなこと言っちゃうから、悲しいこと言っちゃうから、やっぱり苦手。
「ほんとに良かった!!!」
え?よかった・・・?
「本当に、最後の夏を、楓やみんなと過ごせてよかった!!
最後の夏、いっぱい楽しもうね!」
少しズレた、その反応が苦手。
真っ直ぐなその言葉が、私の心を突き刺すから。
-でも、こんなこと言われたら、嫌いになんてなれないじゃん。
「そうだね、楽しもう!!」
学校の帰り道。暑さで遠くは歪んで見えるアスファルトを、真っ白な入道雲の下、私は走り出した。
【夏】2023/06/28
夏。
それは正しく、1年でもっと輝く季節。
若者が学校から開放され、羽を伸ばすのには最適だ。
海。かき氷。スイカ。そして水ぎ-
バシイイイイイイン!!!
「いってーな!何すんだよ!?」
「あんたこそ何キモイこと考えてんのよ!」
真夏の屋上にこ気味いい音が響くと同時に、親友ふたりの喧嘩が始まった。
「だって夏といえば海だろ!?海と言えば水着だろ!?
何も間違ったこと言ってねえじゃんか!」
夏休みを前にして浮かれていた涼介が頬をおさえながら叫ぶ。
「その考え方が気持ち悪いって言ってんの!」
そして涼介の頬をひっぱたいた張本人、楓が間髪入れずに言い返す。
-全く、いっっつも2人は喧嘩してばっかなんだから。
「はいはい、2人ともストップ!ほんとにもうすぐ喧嘩し始めないでよね!」
いつも私がこの2人を宥める役だ。
「でも美乃里だってそう思うでしょ!?」
「うん、今のは普通にキモかった」
「おい!!!!!」
冗談混じりに言い合いながら、お互いに笑い出す。
「涼介は頭がどうかしてる・・・・」
唐突にずっとことの成り行きを見守っていたもう1人の親友-誠也が口を開いた。
「どういう意味だよ、それ」
少しムッとしながら涼介が問返す。
-バカ!!涼介なにやってんの!
私と楓は顔を見合せて涼介を睨み返す。涼介はなぜ睨まれたのかわかっていないらしい。
その時、いきなり誠也が立ち上がった。
-あっ、やばっ。
「何言ってんだ!!!夏なんて虫が多いし熱中症になりやすいし静かに本は読めないしでいい事なしじゃないか!!
それこそ海なんて泳いでても何も楽しくないし、女子だって日焼けしたくないとか言ってるのに性能が確実かも分からない日焼け止めを塗ってまで肌の露出が多い水着着て本当に意味わかんないじゃないか!!」
-またこうなった。本当に長い付き合いなのに涼介の学習能力が低すぎる。こうなることぐらいわかってるのに。でも、誠也もちょっと言い過ぎなんじゃ・・・?
私も誠也の意見に賛成方向の人間ではあるのだが・・・
相性が正反対のこのふたりがずっと一緒にいられるのは本当に不思議だ。それを言うなら私たちもだが。
-でも、夏も案外悪くないかもね。
こうやって楽しく4人で言い合える日を目の当たりにすると私はどうしてもそう思えずにはいられなかった。
*この文章の一部で不快に思ってしまわれた方、
これは私の本心ではありませんが、そういった方々がいらっしゃった場合、深くお詫び申し上げます。
そして、いつもいいねを押してくださっている皆様、本当にありがとうございます!
【ここではないどこか】 2023/06/28
今日は9月30日。
月の1番最後の日。
今日は雨が降っていてどんよりしている。
湿気が酷くて、髪がうねるのが気持ち悪い。
-完璧だ。
私は心の中でつぶやく。
周りを見たら、同じく電車待ちの女子高生達が、髪をしょっちゅう気にしているのが目に止まった。
同じ学校の制服を着ている女子生徒もいる。
-まもなく、1番線に、下り列車が参ります。
黄色い線まで、お下がりください。
お決まりのホームアナウンスが聞こえてくると、ちょうど遠くに電車が見えてきた。反対方面の電車のアナウンスもちょうど聞こえてきていた。
電車のドアが開く。
それと同時に反対方向に電車も着いたらしく、ドアが開く音が後方から聞こえてくる。
私は電車のドアをくぐり、1番端っこの席に座る。
車内で、発車のアナウンスがなる。
反対方向の電車の中を除くと、私と同じ私服を着ている生徒が何人か見えた。
対して、私が乗った電車には、同じ制服の生徒は、誰一人として乗っていなかった。
*
-まもなく、○○に到着します。お出口は、右側です。
お忘れ物なさいませんよう、ご注意ください。
車内にアナウンスが響きわたり、私は電車を後にする。
ホームには雨避けようの屋根も設置されておらず、改札もちても簡易的なものだ。
私はそのまま駅を出て、ボコボコの道路を進んでいく。
やがて林の中に入る。夏が終わったとはいえ、虫が居ない訳でもないため、少し鬱陶しい。
一気に視界が広がる。
そこには、古いサビだらけの小さな遊園地があった。
こんな林の奥にあって、まともな道路も備わっていなければ、そりゃあいつか忘れ去られてしまうだろう。
でも私にとって、そこは唯一無二の場所だった。
月の1番最後の日。
今日は雨が降っていてどんよりしている。
私はいつも、なにかの最後の日で、天気が悪い日にはこうして学校をサボってここに来ている。
1ヶ月の最終日で来れるなんて、本当にレアだ。
立ち入り禁止の札が剥がれた入場門を通り、私は園内の中央にある椅子に腰掛ける。
-でも、ここにきたいわけじゃないけど。
心の中で独りごつ。
ただ、林を進んでいたら見つけただけ。
ただ、この見慣れない奇妙な光景に惹かれただけ。
ただ、知っている人がいないこの場所が、い心地が良かっただけ。
あの日、雨の中初めて学校をサボった日。
ここに来ようなんて思ってもみなかった。
私が思っていたことは一つだけ。
ここではないどこかへ行きたい。