[桜散る ]2024/04/17
あれ、桜って、こんなに早く散るんだっけ。
なんとなく足が止まった。
桜なんていつもは興味もないのに、なぜか。
新幹線が駅を背中にスピードを増していく音がする。
とても静かに。
その音は僕の背後から果ては遠くの建物の群れの中へとただただ吸い込まれていく。
朝の7時45分。
暖かい春の訪れを感じる日差しを、着古した黒学ランが吸収していく。
風切音のせいか、一瞬桜の花びらが多く宙を舞った気がした。
もうほとんど葉っぱしかないじゃん。
去年のこの時期はちょうど桜が満開だったはずなのに。
「....そっか。去年か。」
あれから一年、気づかないうちにさっと一年が過ぎていた。
去年は何も思わなかったのに、今になってちゃんと時が進んでいたことに気づく。
高校入学式。
あの日のことは鮮明に思い出せるけど、去年の後輩が入学してきた日のことはよく覚えていない。
「もう受験か。」
また、桜が宙を舞った。
新しい日の出を祝うかのように。
もしくは、立ち止まっているものの背中を押すように、軽く、そして鮮やかに舞っていた。
『まもなく、2番線に、上り列車が参ります。黄色い線まで、お下がりください───』
駅からのアナウンス音で我に帰る。
時計は7時51分を指している。
そんなに時間が経ってないと思っていたのにもう5分以上も経っていた。
本当にあっという間だ。
また、電車がスピードを増す音がする。
今度ははっきりと。
また、少しだけ桜が宙を舞った気がした。
[花束]2024/02/10
─── ねえ、この間駄菓子屋さんでお花の形のお菓子があったから買おうとしたらね、お金がなくて買えなかったんだー
うちの縁側に座って、隣の女の子が足をぶらぶらと忙しなく動かしている。
─── ほんとに好きだな、花。って言うか、もうお小遣い切らしちゃったのか?
─── だって欲しかったお菓子が沢山あったんだもん。
口を膨れさせながら言った。
─── まだ月の初めだぞ?せっかちなやつだなまったく。
呆れ声で僕は言う。
─── そういうあんたはどうなの?
─── 俺はまだ使ってない。
得意げに言う。すると、隣の少女はニヤニヤといたずらをする前の子供の顔をしはじめた。
─── ねえ、今から駄菓子屋さん行かない?
嫌な予感がする頭で
─── なんでだよ。お前お小遣いないだろ?
少し身を引きながら言うと、少女は詰め寄ってきて僕の手を強く握った。
─── いいでしょわけてくれても!ちょっとだけ!ね!?
ほんとに、こう言う時の自分が嫌になる。
─── ちょっとだけだぞ。
また、寝てしまっていたのか。
縁側に腰掛け、気づいたら庭の木々たちの影が動いていた。何度目のことだろう。こうして縁側に腰掛けては時が過ぎてしまうのは。
「そういえば、君といた時も、すぐに時が過ぎてしまっていたな。」
まだ霧が完全には晴れない視界の隅に、小さな仏壇が見える。仏壇に添えられた花の前、長年共にしてきた、今は亡き愛する人のしあわせそうな笑顔が、そこにはあった。
いつも彼女は僕の隣に座って日が暮れるまで喋り続けた。あの時は、時間があっという間に過ぎていたが、今はもう歳のせいで眠ってしまい時間が過ぎると言うこの体たらくだ。
全く、歳をとるとは嫌な話だ。
君も、そう思わないかい?
仏壇の上の彼女の写真に問いかけてみるが、返事はない。その代わりに、添えられた花が目に止まった。彼女がわたしの元から離れるまでの間、よく花瓶に生けていた花だ。
そういえば、彼女はいつも何かあるごとに生ける花を変えていた。覚えろと言われていたから、名前だけはしっかりと覚えている。
結婚して間もない頃はグズマニア。
子供が生まれた時はピンクのバーベナ。
子供が家を出た時はデュランタ。
どれも花束にするには地味だとわたしは思っていたが、それでいいのだと、なぜか彼女は、嬉しそうな顔をしていっていた。
そしていま、彼女のそばに添えられているのは、白いアザレア。最後に2人で出かけた時に新しく買っていた花だった。
もう、萎れかけてしまっている。
これでは花が可哀想だな。
もうだいぶ前に晴れた頭で考えながら、私は寝起きの散歩に出かる準備をした。
「いらっしゃいませ。」
馴染みの店員が愛想良く挨拶をしてくれる。
「あら、今日もありがとうございます。きょうはどちらの花をお求めですか?」
店員が仕事を忙しなく進める手を止めてわざわざこちらにきてくれた。
「いつもので頼むよ」
「はい、わかりました」
店員は迷いなく白く可愛らしいの花の近くに移動した。
「いつもこちらをお買い求めくださいますが、どなたに贈るんです?」
店員は形のいいものを選び始める。
「.....妻に。もう、先に逝ってしまったがね。」
「....そうですか。」
少し気まずい雰囲気になってしまった。
若いものはやはりよく気を使う。
「妻は花が好きでね、最後に出かけた時、この花を飾っておいてくれって聞かなくてね。いつも彼女は花束にしてもらっていたが、いつも花束でよく見かけるような華やかななものより、そういった小さな可愛らしい花を選ぶ趣味があったんだ。」
「確かに、花束ではよく見かけませんね」
話している隙に、店員は包装を始めていた。
「何か、思い入れがあるのかもしれませんね」
家に帰って彼女の仏壇にアザレアを添える。
彼女が心なしか笑顔になったように感じた。
──── 何か、思い入れがあるのかもしれませんね。
ふと、店員の言葉を思い出した。
一体どんな思い入れがあったと言うのだろう。
彼女は、遺書などは用意せず、後のことは生きているあなたたちに決めてくれと言うような人だった。
何があったと言うのだろうか。
─── 花にはね、ちゃんと意味があるのよ。
彼女の声が頭の中をよぎる。
彼女は僕に、いつもそう言っていたじゃないか。
息子が心配して持たせた携帯を使って、慣れない手つきで調べる。
彼女が好きだった花の、花言葉を。
結婚してすぐの頃に彼女が行けたのは、グズマニア。
これで引越し完了ね
君は何にもしてないだろう
あら、私はちゃんと庭の手入れをしてたわよ
引越しのときにやることじゃないだろう
やりたかったからいいのよ!
ははっ、変わらないな君は
いつものように、2人で笑い合う。
今日から、ここは2人の家だ。
なあ.....
何?
幸せにするよ
.....うん!
『グズマニア 花言葉: 理想の夫婦』
次は、子供が生まれた時。ピンクのバーベナだった。
七月十四日、おめでとうございます!!男の子ですよ
よく頑張ったな......!!
ちょっと、泣いてるの?
ああ.....俺たちの子供だよ
そうね... 大切にしましょう
『ピンクのバーベナ 花言葉 : 家族の和合
誕生花 : 七月十四日』
子供が家を出た時は、デュランタ
じゃあ、行ってきます
ああ、しっかりやれよ
ちゃんと必要なもの持った?ほんとにこれで全部?
少ないように見えるけど....
大丈夫だって、心配性だなほんとにもう子供じゃない
んだから
待って
ん?
私たちにとって、あなたはいつまでも私たちの子よ
『デュランタ 花言葉 : あなたを見守る』
そして、彼女と最後に2人で出かけた時の花。
アザレア
はぁ、疲れたわね
この歳になると、無理も効かないな
これが、最後になるかもねぇ
何が?
あなたと出かけられるのが
.....そんな縁起でもないこと言うなよ
...そうね
そろそろ、帰らないとだな
それなら、お花買って帰りましょう
今度はどんな花にするんだ?
白いアザレアよ
お、新しい花か。どうして?
.....ないしょよ。
『アザレア 花言葉 : あなたに愛されて幸せ』
気づいたら、私の視界は起きたばかりと言うわけでもないのに、滲んでいた。
そうか。
ずっと見守ってくれていたんだな。
私は仏壇の上の彼女に笑いかけた。
彼女もまた、かつてのように、私を包み込むような笑顔をくれた気がした。
「あら、今回は早いですね」
花屋の店員が今日も明るく挨拶をしてくれる。
「どうしますか?いつもと同じ花にしますか?」
「いや今日は別のを頼みたい」
私はある花を指差した。
「まあ、珍しいですね。どうしてですか?」
私は笑って言った。
「ないしょだよ」
「ただいま」
縁側から木漏れ日が指している。いつもだったら眠くなっている時間だ。
「今日は、いつもと違う花を買ってきたよ」
彼女の笑顔の前に添えられたアザレアの隣に、わたしが選んだ花を置く。
「わたしの気持ちが、伝わったかな。」
彼女は、答えてくれなかった。それでも、わたしの気持ちは、きっと届いているだろう。
「さて、昼寝でもするかな」
私は縁側に腰掛けて、深い眠りについた。
暖かい風が吹く。
白いアザレアと、赤紫色のセンニチコウが彼女の笑顔の前で、静かに揺れていた。
『センニチコウ 花言葉 : 変わらぬ愛情を永遠に』
[どこにも書けないこと] 2024/02/08
「ゴメン、別れよう」
私たちしか知らない裏道の、数えるほどしかない電灯の光の下、彼が突然前を歩いている私に告げた。
「...なんで?」
後ろにいる彼の顔を見れず、私は振り向くことができない。
「バスケの推薦で、高校、東京に行くから。」
いやだ。
「だから...」
聞きたくない。
「もう会えなくな....」
「やだ。」
彼が息を呑むのが、背中越しでも伝わる。
でも、我慢できなかった。
「別れない。」
彼が困ってる。でも、抑えられない。
「会えなくなるって、今よりはでしょ?私大丈夫だよ?いつだって待ってるし....」
「無理なんだって。」
静かな声だった。でも、意志の強い、決めたのだとわかる声。
「俺が、無理なんだって。」
後ろに振り向き、彼の顔を見る。
彼の海のように澄んだ目は、電灯の淡い光に照らされて、弱く波打っていた。
暗い。
家具も壁も白一色のこの部屋が、真っ黒に見える。
部屋の電気をつけたら、なんだかいつもより眩しく感じる。
ブッ。
手元の携帯の振動が体全体に伝わる。
手元の携帯に、一件の通知表示があった。
『今日も一日お疲れ様でした♪今日の出来事を記入しましょう!』
携帯の日記からの通知。毎日の習慣で、ずっと書いてきたものだ。
日記を開く。
何も書いてない今日の日記の枠組み。
いつもはすぐに手が動くのに、今日は手が固まって動かない。
私、いつも何書いてたんだっけ。
過去の日記を見返していく。
前日。
一昨日。
3日前。
4日、5日、6日、一週間。
「なんでっ.........!」
『×月×日
今日はじめて一緒に帰った。ちょっと恥ずかしかった けど、めちゃくちゃ優しかった!!!』
『×月×日
初めての水族館デート。お揃いのキーホルダー買った!』
──── やだよ。
『×月×日
彼と喧嘩した。別にいいじゃんお昼のメニューくらい。
まじムカつく!!』
『×月×日
彼と仲直りした。前食べたかったパスタ一緒に食べてくれた!』
───── やだ。
『「×月×日
始めてキスした。お互い恥ずかしすぎて笑った。」
────別れたくないよ。
「大好き」』
溢れ出した想いが過去の思い出を滲ませた。
また、空欄の今日のページに戻る。
───── 無理だよ。
私は、過去の思い出を強く抱きしめる。
「今日会ったことなんて、どこにも書けないよっ......!」
私の胸元で、彼とお揃いのイルカのキーホルダーが、寂しそうに宙を泳いでいた。
[時計の針]2024/02/06
─── はぁ。これだから田舎は。
かろうじて枝にしがみついていた枯葉が冷たい秋の風に連れ去られていく。
まだ秋になったばかりと油断して膝丈のスカートを履いてきたせいで、足がものすごく寒い。いや、これは痛いというべきか?長時間外にいるせいか感覚が麻痺してるようだ。 まったく、ダサいのにやたら都会のJKみたいに短いスカートなんだから。
まだ着始めて二ヶ月しか経たない制服に文句をつける。
屋根もない剥き出しの駅のホームで、地元がど田舎であることに悪態をつきながら口の中で言葉を転がし続けている。
左手首につけた腕時計をみる。
針が小さくチッ、チッと音を立てている。
まだ電車の到着時刻まで15分はある。やっぱりもう少し家で暇を持て余しておけばよかった。
周りには1人2人しか姿が見えない。まあ、こんな田舎じゃ当然か。駅の周りの田んぼや畑を見渡しながら思う。
また、腕時計をみる。
あと13分。全然時間が進んでいない。
風が吹く音がした。反射的に体をすぼめてしまう。
「うわ、さむっ」
となりで声がした。クラスメイトだ。ボソボソとした声で私と同じように体をすぼませて、スラックスのポケットに手を突っ込んでいる。
─── ていうか、いつからいたの?
学校で目立たなせいか、今も全然気づかなかった。
視線に気づいたのか、窄めた体を私の方に向けた。
「おはよう」
「あっ、おはよう...」
普通に挨拶された。え、普通に話せたんだ。女子と話してるところ、見たことないのに。いつも本読んでてなんかもっとインキャでぶつぶつオタクみたいな感じかと思ってたのに。我ながら、すごく失礼なことを考えてしまう。
「今なんか失礼なこと考えただろ?」
「へ!?」
思いっきり変な声が出た。
私、そんなにわかりやすかったのかな。
彼が私の顔を見て、フッ、とわらった。
今、私鼻で笑われた?
顔をよくみると、クラスメイトはニヤついていた。
ちょっとイラッとした。
「どいせインキャっぽいのに普通に話しかけてきてびっくりとか思ったんだろ」
──── 図星である。
この人はこんなキャラだったのか。
「じゃあなんで教室じゃあんな感じなの?女子とも話したとこ見たことないし」
考えるのもバカらしくなって、思い切って聞いてみた。
「んー、話すことが、ないから?」
「...なにそれ?」
話すことがないって、この人はやっぱりオタクなのだろうか。女子と話すのが緊張しちゃうとか?
「おい、また失礼なこと考えてただろ。」
─── また、図星である。
「別に、ただはなそうと思わないだけだから、女子とは」
なぜ私の考えがわかるのだろう。
「じゃあ、なんで私と話してるの?」
ちょっと沈黙が続いた。
窄めた体をもとに戻して、目の前のクラスメイトが私の方に体を向けて、笑った。
「さ、なんでだろうな。」
笑ったその表情は少年のようで、改めてみると背も高い。あ、この人はこんな目をしていたのか。
彼が歩き出す。
いつのまにか駅に電車がついていたらしい。
時計の針は、ちょうど到着時刻を指していた。
今日はちょっと、待ち時間が短く感じた。
「うわ、さむっ」
隣の彼が体を窄めて手をポケットに突っ込む。寒がりな彼の昔からの癖だ。
「はい、これ使って」
私はこの時期必ず持ち歩いている大きめのホッカイロを彼に手渡す。
「さんきゅ」
彼はポケットから手を出してホッカイロを両手で握る。
是が高いのに反して今はすごく小さく見える。
木のみを握っている小動物みたい。
「おい、また失礼なこと考えてただろ」
「残念、今回は失礼なことは考えてません。」
「じゃあなに考えてたんだよ」
「ひみつー」
2人で笑い合いながら、アナウンス音と人の声や足音がそこらじゅうにこだまする駅のホームで、私たちは身を寄せ合っている。
腕時計をみる。
電車の到着時刻まで後4分。
やっぱり都会は早いなぁ。
ぼんやりと地元の屋根もない駅を思い浮かべながら口の中で言葉を転がす。あの時は15分くらい待ってたのに。
──── そういえば彼と最初に話したのもあの駅だっけ。
今より全然背が低い5年前の彼の姿を思い出す。
「ねえ、駅のホームで初めて話した時あったじゃん」
「ん?なに急に」
「昔の話」
彼は不思議そうな顔をした。
「あの時、なんで話したことないただのクラスメイトだった私に話しかけてきたの?」
「えっ、今更そんなこと聞く?」
「だってずっと気になってたし」
「そこまで記憶が残るのもすごいな」
彼はあっけらかんとした表情になった。
ちょっと沈黙が続いた。
ホッカイロを持ち窄めた体をもとに戻し、大好きな彼は私の方に体を向けて、笑った。
「さ、なんでだろうな。」
かつてよりも少し大人になった表情で、それでもやはりあの目は変わらなくて、彼は言った。
彼が歩き出す。
目の前には自動ドアが開いた電車に続々と人が吸い込まれていた。時計の針は、到着時刻を指していた。
やっぱり、君といる時は待ち時間が短いな。
[溢れる気持ち]2023/02/05
きーん、きーん、きーん
小刻みにリズムよく聞こえてくる音。この音が聞こえると、私はどうしても音のする方に視線を向けてしまう。
「ラストォォ!!」
力強い声がグラウンドから遠く離れた私にも聞こえた。
「おつかれー」
笑いながらバッティングを終えた部活の同級生にスポーツドリンクを手渡す彼。
「あー!疲れた!!」
「お前今日めっちゃはずしたな」
笑いながら仲間を揶揄っている笑顔が、私には眩しく感じられる。
「うるせーわ!マジで100本はきついって!!てか次お前だろ!!」
そう言って彼らは位置を交代する。
「全部打ち返してやるよ!」
そう意気込んだ彼が、まだ幼い少年のようで、少し可愛いと思ってしって、自分で照れているのが、手をかけているフェンスの冷たさからより一層感じられる。
「いくぞー。1!2!3!」
彼が球を打ち返すたびに、きーんという金属音が鳴り響き、それに伴って私の鼓動も大きくなる。
どんどん、ネットの中に打ったボールが溜まっていく。
「98、99、100!」
打ち切った彼はそのまま大の字になって地面に倒れ込む。
「やっぱすげーわお前。また新記録じゃん。」
「もっといけると思ったんだけどなぁ!」
彼は悔しそうにしつつも、やり切ったというなんとも爽やかな顔をしている。
彼は立ち上がってバットを持ち、素振りをする。
「なんでそんなに頑張れるんだよ?」
不思議そうに尋ねる同級生。その質問に彼はにかっと少年のように笑った。
「だって、ぜってー甲子園行きたいしな!」
大きく素振りをする。その勢いが、なぜか遠くにいる私の心にまで届いた気がした。
─── もう、だめかも。
「俺らの高校、弱小だぞ」
「でもいいじゃん」
─── もう、抑えられない
仲間が近くに落ちているボールを見つけ、素振りをしている彼に向かって投げる。
溢れちゃうよ、この気持ち。
きーん。
彼の打ったボールがバッティング用ネットの中に吸い込まれる。
彼が打ったたくさんのボールが、ネットから溢れ出していた。