[どこにも書けないこと] 2024/02/08
「ゴメン、別れよう」
私たちしか知らない裏道の、数えるほどしかない電灯の光の下、彼が突然前を歩いている私に告げた。
「...なんで?」
後ろにいる彼の顔を見れず、私は振り向くことができない。
「バスケの推薦で、高校、東京に行くから。」
いやだ。
「だから...」
聞きたくない。
「もう会えなくな....」
「やだ。」
彼が息を呑むのが、背中越しでも伝わる。
でも、我慢できなかった。
「別れない。」
彼が困ってる。でも、抑えられない。
「会えなくなるって、今よりはでしょ?私大丈夫だよ?いつだって待ってるし....」
「無理なんだって。」
静かな声だった。でも、意志の強い、決めたのだとわかる声。
「俺が、無理なんだって。」
後ろに振り向き、彼の顔を見る。
彼の海のように澄んだ目は、電灯の淡い光に照らされて、弱く波打っていた。
暗い。
家具も壁も白一色のこの部屋が、真っ黒に見える。
部屋の電気をつけたら、なんだかいつもより眩しく感じる。
ブッ。
手元の携帯の振動が体全体に伝わる。
手元の携帯に、一件の通知表示があった。
『今日も一日お疲れ様でした♪今日の出来事を記入しましょう!』
携帯の日記からの通知。毎日の習慣で、ずっと書いてきたものだ。
日記を開く。
何も書いてない今日の日記の枠組み。
いつもはすぐに手が動くのに、今日は手が固まって動かない。
私、いつも何書いてたんだっけ。
過去の日記を見返していく。
前日。
一昨日。
3日前。
4日、5日、6日、一週間。
「なんでっ.........!」
『×月×日
今日はじめて一緒に帰った。ちょっと恥ずかしかった けど、めちゃくちゃ優しかった!!!』
『×月×日
初めての水族館デート。お揃いのキーホルダー買った!』
──── やだよ。
『×月×日
彼と喧嘩した。別にいいじゃんお昼のメニューくらい。
まじムカつく!!』
『×月×日
彼と仲直りした。前食べたかったパスタ一緒に食べてくれた!』
───── やだ。
『「×月×日
始めてキスした。お互い恥ずかしすぎて笑った。」
────別れたくないよ。
「大好き」』
溢れ出した想いが過去の思い出を滲ませた。
また、空欄の今日のページに戻る。
───── 無理だよ。
私は、過去の思い出を強く抱きしめる。
「今日会ったことなんて、どこにも書けないよっ......!」
私の胸元で、彼とお揃いのイルカのキーホルダーが、寂しそうに宙を泳いでいた。
2/8/2024, 9:54:22 AM