[花束]2024/02/10
─── ねえ、この間駄菓子屋さんでお花の形のお菓子があったから買おうとしたらね、お金がなくて買えなかったんだー
うちの縁側に座って、隣の女の子が足をぶらぶらと忙しなく動かしている。
─── ほんとに好きだな、花。って言うか、もうお小遣い切らしちゃったのか?
─── だって欲しかったお菓子が沢山あったんだもん。
口を膨れさせながら言った。
─── まだ月の初めだぞ?せっかちなやつだなまったく。
呆れ声で僕は言う。
─── そういうあんたはどうなの?
─── 俺はまだ使ってない。
得意げに言う。すると、隣の少女はニヤニヤといたずらをする前の子供の顔をしはじめた。
─── ねえ、今から駄菓子屋さん行かない?
嫌な予感がする頭で
─── なんでだよ。お前お小遣いないだろ?
少し身を引きながら言うと、少女は詰め寄ってきて僕の手を強く握った。
─── いいでしょわけてくれても!ちょっとだけ!ね!?
ほんとに、こう言う時の自分が嫌になる。
─── ちょっとだけだぞ。
また、寝てしまっていたのか。
縁側に腰掛け、気づいたら庭の木々たちの影が動いていた。何度目のことだろう。こうして縁側に腰掛けては時が過ぎてしまうのは。
「そういえば、君といた時も、すぐに時が過ぎてしまっていたな。」
まだ霧が完全には晴れない視界の隅に、小さな仏壇が見える。仏壇に添えられた花の前、長年共にしてきた、今は亡き愛する人のしあわせそうな笑顔が、そこにはあった。
いつも彼女は僕の隣に座って日が暮れるまで喋り続けた。あの時は、時間があっという間に過ぎていたが、今はもう歳のせいで眠ってしまい時間が過ぎると言うこの体たらくだ。
全く、歳をとるとは嫌な話だ。
君も、そう思わないかい?
仏壇の上の彼女の写真に問いかけてみるが、返事はない。その代わりに、添えられた花が目に止まった。彼女がわたしの元から離れるまでの間、よく花瓶に生けていた花だ。
そういえば、彼女はいつも何かあるごとに生ける花を変えていた。覚えろと言われていたから、名前だけはしっかりと覚えている。
結婚して間もない頃はグズマニア。
子供が生まれた時はピンクのバーベナ。
子供が家を出た時はデュランタ。
どれも花束にするには地味だとわたしは思っていたが、それでいいのだと、なぜか彼女は、嬉しそうな顔をしていっていた。
そしていま、彼女のそばに添えられているのは、白いアザレア。最後に2人で出かけた時に新しく買っていた花だった。
もう、萎れかけてしまっている。
これでは花が可哀想だな。
もうだいぶ前に晴れた頭で考えながら、私は寝起きの散歩に出かる準備をした。
「いらっしゃいませ。」
馴染みの店員が愛想良く挨拶をしてくれる。
「あら、今日もありがとうございます。きょうはどちらの花をお求めですか?」
店員が仕事を忙しなく進める手を止めてわざわざこちらにきてくれた。
「いつもので頼むよ」
「はい、わかりました」
店員は迷いなく白く可愛らしいの花の近くに移動した。
「いつもこちらをお買い求めくださいますが、どなたに贈るんです?」
店員は形のいいものを選び始める。
「.....妻に。もう、先に逝ってしまったがね。」
「....そうですか。」
少し気まずい雰囲気になってしまった。
若いものはやはりよく気を使う。
「妻は花が好きでね、最後に出かけた時、この花を飾っておいてくれって聞かなくてね。いつも彼女は花束にしてもらっていたが、いつも花束でよく見かけるような華やかななものより、そういった小さな可愛らしい花を選ぶ趣味があったんだ。」
「確かに、花束ではよく見かけませんね」
話している隙に、店員は包装を始めていた。
「何か、思い入れがあるのかもしれませんね」
家に帰って彼女の仏壇にアザレアを添える。
彼女が心なしか笑顔になったように感じた。
──── 何か、思い入れがあるのかもしれませんね。
ふと、店員の言葉を思い出した。
一体どんな思い入れがあったと言うのだろう。
彼女は、遺書などは用意せず、後のことは生きているあなたたちに決めてくれと言うような人だった。
何があったと言うのだろうか。
─── 花にはね、ちゃんと意味があるのよ。
彼女の声が頭の中をよぎる。
彼女は僕に、いつもそう言っていたじゃないか。
息子が心配して持たせた携帯を使って、慣れない手つきで調べる。
彼女が好きだった花の、花言葉を。
結婚してすぐの頃に彼女が行けたのは、グズマニア。
これで引越し完了ね
君は何にもしてないだろう
あら、私はちゃんと庭の手入れをしてたわよ
引越しのときにやることじゃないだろう
やりたかったからいいのよ!
ははっ、変わらないな君は
いつものように、2人で笑い合う。
今日から、ここは2人の家だ。
なあ.....
何?
幸せにするよ
.....うん!
『グズマニア 花言葉: 理想の夫婦』
次は、子供が生まれた時。ピンクのバーベナだった。
七月十四日、おめでとうございます!!男の子ですよ
よく頑張ったな......!!
ちょっと、泣いてるの?
ああ.....俺たちの子供だよ
そうね... 大切にしましょう
『ピンクのバーベナ 花言葉 : 家族の和合
誕生花 : 七月十四日』
子供が家を出た時は、デュランタ
じゃあ、行ってきます
ああ、しっかりやれよ
ちゃんと必要なもの持った?ほんとにこれで全部?
少ないように見えるけど....
大丈夫だって、心配性だなほんとにもう子供じゃない
んだから
待って
ん?
私たちにとって、あなたはいつまでも私たちの子よ
『デュランタ 花言葉 : あなたを見守る』
そして、彼女と最後に2人で出かけた時の花。
アザレア
はぁ、疲れたわね
この歳になると、無理も効かないな
これが、最後になるかもねぇ
何が?
あなたと出かけられるのが
.....そんな縁起でもないこと言うなよ
...そうね
そろそろ、帰らないとだな
それなら、お花買って帰りましょう
今度はどんな花にするんだ?
白いアザレアよ
お、新しい花か。どうして?
.....ないしょよ。
『アザレア 花言葉 : あなたに愛されて幸せ』
気づいたら、私の視界は起きたばかりと言うわけでもないのに、滲んでいた。
そうか。
ずっと見守ってくれていたんだな。
私は仏壇の上の彼女に笑いかけた。
彼女もまた、かつてのように、私を包み込むような笑顔をくれた気がした。
「あら、今回は早いですね」
花屋の店員が今日も明るく挨拶をしてくれる。
「どうしますか?いつもと同じ花にしますか?」
「いや今日は別のを頼みたい」
私はある花を指差した。
「まあ、珍しいですね。どうしてですか?」
私は笑って言った。
「ないしょだよ」
「ただいま」
縁側から木漏れ日が指している。いつもだったら眠くなっている時間だ。
「今日は、いつもと違う花を買ってきたよ」
彼女の笑顔の前に添えられたアザレアの隣に、わたしが選んだ花を置く。
「わたしの気持ちが、伝わったかな。」
彼女は、答えてくれなかった。それでも、わたしの気持ちは、きっと届いているだろう。
「さて、昼寝でもするかな」
私は縁側に腰掛けて、深い眠りについた。
暖かい風が吹く。
白いアザレアと、赤紫色のセンニチコウが彼女の笑顔の前で、静かに揺れていた。
『センニチコウ 花言葉 : 変わらぬ愛情を永遠に』
2/10/2024, 12:43:31 PM