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[時計の針]2024/02/06

─── はぁ。これだから田舎は。

かろうじて枝にしがみついていた枯葉が冷たい秋の風に連れ去られていく。
まだ秋になったばかりと油断して膝丈のスカートを履いてきたせいで、足がものすごく寒い。いや、これは痛いというべきか?長時間外にいるせいか感覚が麻痺してるようだ。 まったく、ダサいのにやたら都会のJKみたいに短いスカートなんだから。
まだ着始めて二ヶ月しか経たない制服に文句をつける。
屋根もない剥き出しの駅のホームで、地元がど田舎であることに悪態をつきながら口の中で言葉を転がし続けている。

左手首につけた腕時計をみる。
針が小さくチッ、チッと音を立てている。
まだ電車の到着時刻まで15分はある。やっぱりもう少し家で暇を持て余しておけばよかった。
周りには1人2人しか姿が見えない。まあ、こんな田舎じゃ当然か。駅の周りの田んぼや畑を見渡しながら思う。

また、腕時計をみる。
あと13分。全然時間が進んでいない。

風が吹く音がした。反射的に体をすぼめてしまう。

「うわ、さむっ」

となりで声がした。クラスメイトだ。ボソボソとした声で私と同じように体をすぼませて、スラックスのポケットに手を突っ込んでいる。

─── ていうか、いつからいたの?

学校で目立たなせいか、今も全然気づかなかった。

視線に気づいたのか、窄めた体を私の方に向けた。

「おはよう」
「あっ、おはよう...」

普通に挨拶された。え、普通に話せたんだ。女子と話してるところ、見たことないのに。いつも本読んでてなんかもっとインキャでぶつぶつオタクみたいな感じかと思ってたのに。我ながら、すごく失礼なことを考えてしまう。

「今なんか失礼なこと考えただろ?」
「へ!?」

思いっきり変な声が出た。
私、そんなにわかりやすかったのかな。

彼が私の顔を見て、フッ、とわらった。

今、私鼻で笑われた?

顔をよくみると、クラスメイトはニヤついていた。
ちょっとイラッとした。

「どいせインキャっぽいのに普通に話しかけてきてびっくりとか思ったんだろ」


──── 図星である。

この人はこんなキャラだったのか。

「じゃあなんで教室じゃあんな感じなの?女子とも話したとこ見たことないし」

考えるのもバカらしくなって、思い切って聞いてみた。

「んー、話すことが、ないから?」
「...なにそれ?」

話すことがないって、この人はやっぱりオタクなのだろうか。女子と話すのが緊張しちゃうとか?

「おい、また失礼なこと考えてただろ。」

─── また、図星である。

「別に、ただはなそうと思わないだけだから、女子とは」

なぜ私の考えがわかるのだろう。

「じゃあ、なんで私と話してるの?」


ちょっと沈黙が続いた。

窄めた体をもとに戻して、目の前のクラスメイトが私の方に体を向けて、笑った。

「さ、なんでだろうな。」

笑ったその表情は少年のようで、改めてみると背も高い。あ、この人はこんな目をしていたのか。

彼が歩き出す。
いつのまにか駅に電車がついていたらしい。
時計の針は、ちょうど到着時刻を指していた。

今日はちょっと、待ち時間が短く感じた。





「うわ、さむっ」

隣の彼が体を窄めて手をポケットに突っ込む。寒がりな彼の昔からの癖だ。

「はい、これ使って」

私はこの時期必ず持ち歩いている大きめのホッカイロを彼に手渡す。

「さんきゅ」

彼はポケットから手を出してホッカイロを両手で握る。
是が高いのに反して今はすごく小さく見える。
木のみを握っている小動物みたい。

「おい、また失礼なこと考えてただろ」
「残念、今回は失礼なことは考えてません。」
「じゃあなに考えてたんだよ」
「ひみつー」

2人で笑い合いながら、アナウンス音と人の声や足音がそこらじゅうにこだまする駅のホームで、私たちは身を寄せ合っている。

腕時計をみる。
電車の到着時刻まで後4分。

やっぱり都会は早いなぁ。

ぼんやりと地元の屋根もない駅を思い浮かべながら口の中で言葉を転がす。あの時は15分くらい待ってたのに。

──── そういえば彼と最初に話したのもあの駅だっけ。

今より全然背が低い5年前の彼の姿を思い出す。

「ねえ、駅のホームで初めて話した時あったじゃん」
「ん?なに急に」
「昔の話」

彼は不思議そうな顔をした。

「あの時、なんで話したことないただのクラスメイトだった私に話しかけてきたの?」
「えっ、今更そんなこと聞く?」
「だってずっと気になってたし」
「そこまで記憶が残るのもすごいな」

彼はあっけらかんとした表情になった。

ちょっと沈黙が続いた。

ホッカイロを持ち窄めた体をもとに戻し、大好きな彼は私の方に体を向けて、笑った。

「さ、なんでだろうな。」

かつてよりも少し大人になった表情で、それでもやはりあの目は変わらなくて、彼は言った。

彼が歩き出す。
目の前には自動ドアが開いた電車に続々と人が吸い込まれていた。時計の針は、到着時刻を指していた。


やっぱり、君といる時は待ち時間が短いな。

2/6/2024, 12:04:58 PM