揺れるキャンドル
電気代が払えていなかったか、はたまたは普通に停電が起きたのか、そんなことは分からないがとりあえず電気がつかなくなった。
「なるほどくん!見えない!どこ?」
「いたいいたい……ここにいるよ……」
腕を大きく振り回しながら僕のことを探す真宵ちゃん。その腕は華奢な女の子のものだが、だからこそ当たると痛い。
それにしてもどうしようか。この事務所には懐中電灯は何故か無い。唯一あるものといえば、僕のポケットの中に入っているライターだ。
カチッとアナログな音を立てて、小さい灯火が光る。
「なるほどくん、タバコ、吸ってるの?」
「違うよ。なんか、持ってたってだけ」
「うーん……でも、こんなあかりじゃ役に立たないよ」
グサッと大きな矢のようなものが心にぶち刺さる。
しかし真宵ちゃんの言っていることは正しくて、このあかりだったら僕と真宵ちゃんはずっと近くにいなければならない。それに、ブレーカーを見に行きたいから、ライターだけだと心細い。
「あ、ねえ!なるほどくん、私こんなの持ってたよ!」
「ん?なに……って、キャンドル?」
「そう!倉院の里から持ってきちゃったかな……?」
「とりあえずそれにつけようか」
あかりとしての機能は、あまり変わらない気がする。
しかし、キャンドルという昔ながらの灯火には、好奇心を擽られる。
真宵ちゃんにこのノリ気をバレないようにして、キャンドルに火を灯す。きっと真宵ちゃんはこのことに慣れているようで、普通に僕を見ていた。
「ちょっと明るくなった、かなあ?」
「ねえ、なるほどくん」
「ん?なんだよ」
「なんか、楽しそうだね。もしかして、キャンドル初心者?」
キャンドルに初心者も上級者もないだろ。
どうやら僕のテンションは隠しきれていなかったらしい。バレてしまったのなら、このまま突き進むしかない。
「まあ、そんな感じ?ブレーカーってどこにあったっけ」
「ぶれえかあ?さあ?分かんないなあ」
「探すのも醍醐味、ってところかな」
「いいねえなるほどくん!探そう探そう!」
何年もこの事務所で過ごしているのに、暗闇になった途端にここがどこだったのかが分からなくなってしまう。
真宵ちゃんは先陣を切るように僕のキャンドルを掻っ攫って、前へと進み始めた。
ドアを開けて奥へと入る。相場玄関にあるような気がするが、今は探検を楽しむ時間だろう。
瞬間、北風が僕たちを襲った。その影響でキャンドルは揺れて、あかりが消えてしまった。
「なるほどくん!なるほどくんどこ!」
「いたたたっ!ここにいるよ……真宵ちゃん」
探索というのは、きっと上手くいかないことがほとんどだ。
僕はまたキャンドルをつけてやっては、風に消されてを繰り返した。窓を閉めるまで。
そんなことをしている間に、停電は止んでしまった。久々に真宵ちゃんの姿を見ると、なんだか微笑ましくなってしまった。
「おー、なるほどくんこんなに近いとこにいたんだね〜。寂しがり屋?」
「それは真宵ちゃんの方だろ」
「そうかな?あ!なるほどくん!みそラーメン食べに行こう!」
「なんでだよ」
「だって寒いんだもん……へっくしょッ!」
風に思いっきり当たってしまった真宵ちゃんは、大きなくしゃみをした。
僕も寒がりだから気持ちは分かる。何となくお腹も空いてきたし、仕方ない。
「じゃあ、行こうか」
「やったー!さすがはなるほどくんだねー!」
何がさすがかは知らないが。真宵ちゃんが喜んでいるのなら、いいか。
僕たちは戸締りをして、外へ出る。
光の回廊
深呼吸をして、自分の激しい鼓動を落ち着かせようと試みる。
しかし、どうやら私はこの暗闇が嫌いらしい。
まるであの時のエレベーターのようだった。逃げ道がなくて、私の人生を一気に狂わせたあのエレベーター。
あの時と同じように、体を縮こませて一生懸命暗闇に溶け込もうとした。そうすれば、父は私のことを守らなくて済んだだろう。
光さえも拒絶して、一生懸命息を吸う。ほんの、ほんの少しずつ。
自分の怯えている声と、あの時の銃声が頭の中にフラッシュバックしてくる。やはり私は、あの悪夢のような日から抜け出せることはできない。
ここかどこかなんて、分からなかった。ただ一つ、エレベーターのような狭さなのは感じた。
すると扉がゆっくりと開き、光の回廊が私を差した。
「御剣、大丈夫か。怖かったよな」
あの時とは違って、聞こえてきたのは悲鳴なんかではなかった。光という存在が、私に手を差し伸べる。
「成歩堂……」
名前を呼ぶと、光はさらに輝きを増して、私の手を取った。
出てみて初めてわかったが、本当にエレベーターに閉じ込められていた。成歩堂曰く、地震とかではなく機械が故障して起こってしまったことらしい。
いつものようにへらへらした笑いで、成歩堂は私を見る。その笑顔が、私を安堵させる。
「なぜ、私がここにいると分かったのだ?」
「んー……そうだな。御剣は、こういうことに巻き込まれやすいだろ?一応心配だから見に行ったら、図星だったってだけだよ」
「ム、……あまり嬉しくないな」
彼は狙っていましたと言わんばかりの表情をして、私の肩を大袈裟に叩く。
「なんだよ御剣、僕に助けられて嬉しいと思ってたのか?」
「ち、ちがう……」
私は今まで、光という存在を見て見ぬふりをして生きていた。
しかし、アイツと法廷で出会った時、光が自ら私の方へと向いたのだ。それは、私が光を求めていた訳ではなく、光が影を求めていたのだ。
その光は今、さらに輝きを増して私の道標となってくれている。彼がいなかったら私の人生はどうなっていただろう。
感謝している。キミの存在が、私の心を動かす。
「御剣〜」
「なんだ」
「今真宵ちゃんから電話来たんだけど、みそラーメン食べたいんだって。来るか?」
「いや、私は」
「言い方を間違えたな。来るよな?」
きっと彼の光は真宵くんなのだろう。彼もまた、誰かによって人生を動かされたのだ。
仕方なく承諾して、仕方なくついて行く。だがしかし、それがいい。それでいいのだ。
「成歩堂」
「なんだよ」
「……私は、醤油の方が好きだ」
「知らないよ……真宵ちゃんに何言われても知らないからな!」
成歩堂は私の肩を押す。バランスが少しだけ崩れて、笑みがこぼれる。
降り積もる想い
「なあ、僕たちが出会わなければ、こんなにみんな辛くなるってこと、なかったんじゃないのか」
降り積もる雪の中、僕は御剣に向かってその言葉を吐いた。
どうやら御剣は目を見開いて驚いてしまっていたようで、そう思っているのは僕だけらしいと、そう感じた。
「何故、そんなことを言う?」
「だってさ、真宵ちゃんがずっと殺されそうなのも、千尋さんが死んだのも、全部はお前の事件からだろ」
きっと、僕はこんなことを言いたいわけではない。それはつまり、御剣に死ねって言っているようなものだ。
だけどどうしても僕は、真宵ちゃんに幸せになっていて欲しくて。僕なんかと関わり始めてから、真宵ちゃんの不幸な物語が始まりを告げた。
ずっと真宵ちゃんが隣にいて思う。これは、僕が悪いのか、真宵ちゃんが悪いのか。どんどん過去を辿っていくと、答えはひとつになってしまったんだ。
「……そうか、成歩堂。何を言いたいのか分からないが、その言葉のまま受け取るのなら、私は存在してはいけないのかもしれないな」
「…………」
『違う』そう言えばよかったのに、何故か言い出せない。僕はなんで弁護士になった?御剣を救う為だろ?
じゃあなんでこんなこと、思ってるんだよ。
「そうだな。キサマは私よりも大切な存在を見つけたのだろう?」
「……え?」
「ゴドー検事に言われたそうだな。真宵くんも、そのお姉さんも成歩堂が守るべきだったと」
そうだ。僕は、御剣を救おうと思えば思うほど、救いたい人物がさらに増えていた。
救えなかった人もいれば、別の人に救われた人もいる。
「そんなことを考えていると、いちばん辛いのは成歩堂になってしまうぞ」
「でも、僕は……」
御剣はさしていた傘を閉じて、僕に渡してきた。
「な、なんだよ……」
何か経験しているように、御剣は余裕そうに僕のことを見た。
「積もりに積もった想いは、やがて身を滅ぼす。一方で、その想いは、かけられた人にはとても伝わり、嬉しく思うものだ」
「……何が言いたいんだよ」
さんさんと降っている雪の中、御剣は何もささずに道を歩き始める。
どういう意味かが分からなくて、僕は歩いている御剣の腕を握った。白い息は僕の方が大きかった。
「キサマのその過剰なまでの想いは伝わり、救われた人がいるということだ。……成歩堂、この想いは誰を想う気持ちから始まったか?」
ハッとする。そうだ、この想いは御剣を想う気持ちから始まったんだ。そんな奴と関わらなければよかったなんて、それは御剣が救われないということだ。
握る力が緩んでしまった。御剣は僕の方へと向き直してくれて、目を合わせてきた。
「成歩堂、お前は大丈夫だ。キミみたいに過剰なまでの想いを一人から受け取っている訳ではない。だが、成歩堂に救われた、全ての人から少しずつ降り積もった想いが、キミを救うさ」
「……御剣」
「ム、なんだ?」
「さっきは、悪かったな」
「あ、ああ、気にし__」
「へぶしッ!!」
どうしても寒さには慣れなくて、くしゃみが響き渡る。
御剣は呆れた顔をして僕を見ていた。その表情を見て、僕はなんだか懐かしい気持ちになった。
「ははっ……あははっ!」
「な、なんだ……全く」
どうやら僕はの考えていたことは無駄ではなかったらしい。
明日への光
鏡を見ると、自分だろうかと疑問に思う。
俺はこんなにも、自信が無さそうに見えているのかと。もう少しだけでも自信家のように見えていて欲しい。
『お前はもう、自信家だろ』
きっと誰に聞いても、こう返してくる。
そうじゃない。そうじゃなくて、どうしてこんなにも瞳の奥が辛そうなのだろうか?
「俺様は……おれ、は」
段々と鏡の中の自分の顔が崩れていくのがわかる。幻覚であって欲しい。けれど、目眩よりも酷いなにかが、どんどんと俺のことを襲ってくる。
自分の顔に急いで水をかける。冷たい水のお陰で、崩れていくのは収まった。
「くまたん!」
「ん、あ、ああ、……爺さん、どうした」
「ローブ、忘れてるぞ」
自分の格好を見るために、鏡をもう一度だけ見る。
いつも羽織っているローブは、何故かなかった。その代わりに、禽次郎、爺さんの手元にそれはあった。
急いで駆けつけて、急いでローブを羽織る。そうしないと、さらに自信がなくなりそうだったから。
「……ありがとう」
目を合わせられずに、目を逸らした。しかし爺さんはそれを許してくれるかのように、俺の肩に手を乗せる。
恐る恐る爺さんの姿を見てみると、普段通りの若々しい、高校生の姿の爺さんだったのに、俺よりも年上のような余裕のある表情をしていた。
「じゃ、僕は帰るから」
何か言いたげではあったが、それを押し殺すようにして爺さん、禽次郎は去ろうとしていた。
「き、……爺さん!」
「ん?どうした?」
「今……俺は自信があるように見えるか?」
「ああ。そのローブがなくなって、くまたんはいつも自信に満ち溢れているな」
なんの間もなく、禽次郎はそう答える。
「大丈夫だ。自分を信じてみろ。きっと自分という存在が光になるさ」
そう言うと禽次郎は部屋から去っていった。
俺は急いで鏡の前に立つと、辛そうな瞳をしている自分でさえも自信の一部だと思えた。
右手を強く握り、鏡の自分を見る。
「……それで、それでいい」
ずっとそうしとけば、明日への光は途切れることはない。
そうだろ。
「そうだなあ。そうさ、俺様が誰よりも輝く光だ」
高々しく口角を上げて、自分に言い聞かせる。
心の深呼吸
こういう時、何故自分がこんなにも弱いのかと思ってしまう。
落ち着こうにも落ち着く方法を知らなくて、苦しくなるのを待っているだけだ。
「斎藤、大丈夫か?」
「……」
無視している訳では無いのに、自分のことに手一杯になってしまって、どうも応えることが出来ない。
一人になりたいのか、誰かが隣にいて欲しいかすら自分には分からなくて、自分が他人のように感じてしまう。
「……左之助」
精一杯出した声から、俺は隣に誰かがいて欲しいのだと察する。きっとこうなってしまうのは、ストレスによるものなのだろう。
いつもそうだ。一人で抱え込みきれなくなって、勝手に辛くなる。段々と視界が狭くなって、何も見えなくなる。
「斎藤、心の為に深呼吸しろ」
『心の為』という意味がわからなかったが、きっと左之助は俺よりも、人生というものに向き合ってきた時間が長い。だから、俺よりも知っていることが多いはずだ。
左之助に続くように、俺は深呼吸をする。
その時間はとてもゆっくりなようで早く、俺の心に印象づいた。
時間が過ぎた後、俺は何処か心が軽くなったような気がしたのを感じた。視界が広いような気がした。
「……ありがとう、左之助」
「いいんだ。俺もそんなことたまにあるから、解決する方法を知ってるってだけだ」
左之助にも弱い部分があるのだと、やはり人間なのだと実感することが出来た。
俺にとって左之助は、とても強い人間で、尊敬する人だ。だからといって、弱い部分があってはならないという訳ではない。
むしろ、弱い部分があってからこそ、強い部分が輝く。
「何故、あんな方法を知っている?」
左之助は寒く孤独な夜を覗きながら、口角を上げる。
「心ってのは、良い事も悪い事も、全て糊みてえに貼っちまうんだ。だけど、心の深呼吸をして、自分の胸の内を静かにすると、一度リセットされる」
「心の、深呼吸」
「そうだ。覚えとけ。お前は方法を知らないってだけで、解決しようと頑張ってんだ」
中が空っぽな人間と、善人である人間は、どちらの方が純粋と言えるだろうか。
心の深呼吸、それは自分を見つめ直す時間を強制的に作り、自分の心を強くすること。
「誰かがこのことを教えてくれたのか?」
そう言うと左之助は、俺の元へやってきて背中を力強く叩く。
「考えたんだよ。何時間もかけてな」
「……そうか」
俺は他人に教えられて、やっと分かるような構造をしている人間なのだろう。
だが、それでもいいのだと、左之助が教えてくれたような気がした。