手を取り合って
最後まで生きていこう、そう誓った。
嬉しかった、心の底から。
…でも、貴方は
守ってくれなかった、この約束を。
…なんで僕ひとり置いて逝っちゃうかなぁ…?悲しいなぁ……でも、恨めない…
先に、いなくなってしまうこと、本当にごめんなさい。許してくれとは言いません。だから、お願いだから────私を、忘れないで
だって、こんなの見たら、恨めないじゃないか。
全く最後の最後まで、貴方はずるい、ずるい人だな
優越感、劣等感
……そんなもの、感じた事があるかと聞かれたら劣等感しか感じたことがないと胸を張って言えるだろう。
優秀な兄がいる。そのせいで、これまで1度たりとも褒められたことがない。
テストで100点をとった。父様に報告した。もっと上を目指せ、100点で自慢するなと怒鳴られた。
絵画コンクールで一位を取った。母様に絵を見せた。こんな絵、兄が描く絵の足元にも及ばないと、破り捨てられた。
兄はきっと冷たい人だ。他人には見向きもしないどころか、実の弟である自分にただの1度も笑いかけたことが無い。
悲しいとも感じなかった。自分にあるのは、ただただ純粋な劣等感だけ。優秀な兄に対する、醜い嫉妬。
だがそんなある日、そんな劣等感が覆った。
兄が、俺のことをほめたのだ、あの、兄が。
お前はすごい、偉い、私の自慢だ、と。
それだけ、ただそれだけだが、とてつもない優越感が湧き上がった。
兄が俺をほめた、他の誰にも向けない顔で、俺の、俺だけのことを───
それだけで、全部全部どうでも良くなった。父上も母上もどうでもいい。
兄に褒められるなら全て全て!!!
あぁ、兄さん兄さん!!もっともっと俺を褒めて、兄さんが褒めてくれるなら俺は何でもできるから!!!
これまでずっと
彼に甘えてきた。主に家事は、全て先に終わらせてくれる彼に甘えていた。
────それに気づいたのは、彼が入院してからだ。
先日、交通事故にあった彼は命に別状はなかったものの、2ヶ月の入院を余儀なくされてしまっていた。心配ないよ、と彼は笑うが心配なものは心配だ。面会時間の終わりギリギリまで話して、家に帰る。
家に帰ると、しぃん…と家の中は静まり返っており、酷く寂しく思えてしまう。
自身の頬をパチッと叩き気合を入れると、こなさなければならないことをこなしていく。
するとどうだろう、案外重労働なのだ。自分は今まで、彼一人にこなさせていたのか…そう考えると胸が痛くなる。
今度病院に行った時、次からは2人で家事をするようにと彼に言おう、その時そう強く決心したのであった。
1件のLINE
ピロリンッ、と軽快な音が静かだった部屋に響き渡る。
小説を書いていた手をぴたりと止めて顔を上げ、スマホを見やると1件、メッセージが。
少々返信をしようか迷った末に、LINEを開く。
すると目に入ったのは、1行の短いメッセージ。
応援してっからな!小説家大賞取れよ、努力家!
努力家…天才と言わないところが、彼の優しい人柄をよく表している。
天才と言われると、自分のしてきた努力が認められていない、何もせずに天から貰った才能みたいでいやだ、と言ったのを覚えていたのだろう。
しみじみとその言葉を見ていると、新たにピロリンッと写真が届いた。
……形容し難い変顔だ。これも実に彼らしい。
思わずくすっ、と笑い、短く
当たり前だろ、お人好し
と返す。
そうしてペンを持ち直し、紙と再びにらめっこを始める。
少しでもいい作品を書き上げられるようにと思い詰めながらも、先程の彼の変顔を頭にちらつかせながら、僕は先程よりも軽くなった頭と手で、再度文字を紡ぎだした。
目が覚めると
部屋がぐちゃぐちゃに散らかっていた。
思わず頭が思考を停止し、ぼーっ、とその様子を眺めていると、凛とした声が僕を呼ぶ。
にゃあ
やはり犯人は君だったのか、と少しむっとした顔で彼を見つめるも彼は何処吹く風、しっぽをゆったりと揺らしながら、ツンと済ました表情でそっぽを向く。
その姿にやれやれと思いながらも部屋を片付け始めると、再度『にゃあ』と声が聞こえる。
少しは反省してくれ、と此方もツンとそっぽを向くと彼は此方に近寄って、手に擦り寄り始める。
思わず撫でそうになる手を必死に抑えながら、その攻撃も通用しないぞ、と無視をする。
すると彼は、ごろんとお腹を見せて此方をじっと見上げ、にゃぉ、と甘えた声で鳴いた。
これはダメだ、反則だろう。
思わずふふ、と笑い、頭を撫でてやるとごろごろと嬉しげに喉が鳴る。その姿のなんと愛らしいこと…
これもきっと彼の作戦なのだろうが…やはり僕は、どうやっても彼の可愛い攻撃には耐えられないらしい。
あぁ、きっとまた目が覚めたら、部屋が荒らされている日があるのだろう。明らかに目に見えている。しかしその度に、こうして許してしまうのも目に見えてしまっている。そんな自分に少々怒りたくなってしまったのは、また別の話。