届かないのに
片想い、した事ありますか?
節目がちに目線を落としたその人はため息混じりに語り始める。
幾ら想っても届かない。想ったところで報われない。
時間をいくら費やしても、どんなに好きでも届かない。
何をしたって意味がない。だって届かないもの。
そう言って大事そうに手にしたチョコレートはゴミ箱に捨てようとしている。
だから言ってやったのだ。
馬鹿だねって。
片想いした事ないやつなんているの?
人を好きになるのって打算がいるの?
報われないって無駄なの?
矢継ぎ早に追い立てるように言葉が早くなる。
涙目でこちらを見る目には悲しみより悔しさ。
共感が欲しい?
慰めが欲しい?
ごめんね、そんなの知った事ではない。
捨てられそうになったチョコレートに込められた気持ちを自虐で染めて捨てようなんて許せない。
知っている。
幼馴染をずっと好きだった君を。
本当は自分を見て欲しいと素直になれない君を。
手を伸ばせば届く幸せにさえ、あれこれと理屈を並べ立てては屁理屈をこねて、素直に手を出さない事を選んで拗ねている。
背中をバシンと叩いてその手元に大切な想いを戻して
当たって砕けろと送り出す。
本音を言わないのはお互い様だった。
骨は拾ってやるから、なんて無理に明るく振る舞って
涙を拭って走り出す背中を見送った。
背中を叩いた手が熱い。
本当の馬鹿はどっちだ。
自分自身に苦笑する。
知っている。
幼馴染をずっと好きだった君を。
片想いをしていた。
そんな君に。
走っていった背中が見えなくなってから
見えなくなった背中に向けて手を伸ばす。
決して届く事がないものを知っているのは
誰でもない自分自身だけだった。
マグカップ
『おひとつ、いかが?』
芳ばしい匂いを片手にニコリと微笑む。
目の前には金色に輝く髪をたなびかせた美しい少女が一人。それが日々を劇的に変えるチャイムを携えた女神との出会いだった。
唐突に降り出した雨から逃れるように森を彷徨う。
鬱蒼と生い茂る草木に護られるように立つ小さな荒屋を見つけたのは運命だったのか今でもよくわからない。
コンコン、ドアを軽くノックする。
小さな窓から漏れ出る光は人が中にいる証だ。
小一時間でいいから雨宿りを頼みたい。
雨を含んで足場の悪い中、街まで急ぐのは厄介だった。
しかし、こんな人目を避けるように小屋を建てるような相手だ。断られる事も覚悟してしばらく待つ。
かちゃり、と小さな音がする。ギギイという重たい音を立てて開く扉から顔を出す。目にしたのは大男でも木こりでも無い。こんな場所に似つかわしく無いほど美しく可憐な少女の大きな瞳だった。
おひとついかが、と優雅に手に携えたカップが目の前に置かれる。コトリと音がしたカップからは湯気と共に焦げたような甘い匂いがたちのぼる。見たことの無いこの飲み物を尋ねると彼女は微笑みながらここあと言うそうだと答えた。
なかなか手をつけないこちらを見てニコリと笑うと彼女はまるで手本を見せるかのように優雅にカップを口に運んだ。元は貴族だと言うこの美しい少女が人目を避けてこんな場所にいるのかはわからない。
『体が温まると思うのだけど。』
再度どうぞと促されて恐る恐る口に運ぶと少し苦みを感じだ後の口いっぱいに広がる甘みに体の中からポカポカと温まる気持ちがした。
夢中になって飲み干すと、二杯目三杯目と継ぎ足された。エミが飲んでいたものを初めて作ってみたからお口に合うかわからなかったけれど良かった。飲み干したカップを両手で持つ彼女はまるで女神だ。
なんでもこの辺鄙な森の領主にされたという元貴族のこの少女は、領地の土地を切り開き村を作る為にこの小屋を建てたという。
『アンタもまた物好きだなぁ。こんな場所じゃなくてもいいだろう。』
年若い娘一人でこんな場所に隠れ住むように生きなくていけないのは辛いだろう。言外に込めた憐れみを見たのだろうか。
少女は力強くいいえ、と笑う。
『わたくしはどうしてもやりたい事があるのです。
それにはまず居住性や環境の問題を経験してから随時対策を立てていく必要があるんです。それにこんな事でわたくし、挫けてなんかいられませんもの。』
儚げな細い指がカップの持ち手をしっかりと掴む。
ほう…と思った。
一見この儚げな女神様は意外と野心かあるのかもしれない。一宿一飯の恩義もある。ならば。
『アンタがいいなら、俺がもう少しマシな小屋を建てようか。これでも俺は大工なんだ』
これも何かの縁だろう。それになんだか貰った飲み物のせいだろうか、酷く気分が良かった。目の前の少女が作り出す何かに一枚噛んでみたら面白そうだと思ったのだ。
よろしいの?
そう控えめに問いかける声に胸をドンと叩いてみせる。
もちろん、そう言って笑いかけると女神は嬉しそうに笑った。
『そういやアンタの名前を聞いていなかった。
名前はなんていうんだい?』
いまさらかとも思ったが女神様ではこそばゆいだろう。
お互い自己紹介すらしていない。
女神は二人分のマグカップに『ここあ』を継ぎ足しながら目を細めて微笑んだ。
『わたくしの名前はレミリア。
ただのレミリアからはじまるの』
これが俺の人生の転換期。
それからあれよあれと荒れ野は村になり村は町になり都市になっていく。
大工の仕事に困らない、そんな人生が待ってるなんてね。嬉しい悲鳴をあげながら、あの時飲んだココアを片手にマグカップを掲げる。
明日は魔王を携えて女神の為の舞踏会が開かれる。
魔王に女神とくれば人間に敵う奴など居ないだろう。
思う存分に暴れて不実の罪を洗い流してくればいい。
『我らが女神に栄光あれ!!』
酒場に大勢の声が響く。
掲げられた数多のマグカップたちは、
共に貴女の勝利を祈っている。
もしも君が
もしも
誰かを好きになったら
世界が変わって見えるのかしら
もしも
だれかを愛していたら
夢のような日々に見えるのかしら
もしも
だれかを嫌いになったら
世界は醜く変わるのかしら
もしも
誰かに憎まれたのなら
世界を壊してしまうのかしら
いくつものもしもの中で僕たちは生きてる
いくつものもしもが繋がっていて
みんな自分のもしもだけで生きている
ひとりぼっちのもしもの世界
無限大の白紙の可能性は
きっと誰かを幸せにしていつか誰かを不幸にする
一枚の白紙の画用紙が
大きな絵画のたった一枚のピースにみえて
世界はそんな一枚一枚が作り上げてるんだ。
『もしも君が』
『なに?』
視線を上げた先にあるキョトンとした瞳がこちらを見る。
『もしも君が嫌な奴だったら世界は
どうなってたのかなぁ』
片眉をあげて怪訝な顔をした君は、わかりやすく眉を思いっきり顰めて顎に手を当てて考えたフリをする。
僕の突拍子もない戯言に真摯に向き合う君はどこまで行ってもお人よしだ。
『まぁ、僕が嫌な奴だったら』
少し考えてからニヤリと笑う。
イタズラを考えついた子供みたいに。
『世界を征服してやろうかな』
ガハハと笑う顔を、今度は逆に僕がキョトンとした顔で見上げる番だった。
あぁ、でも。
『もしも、君が嫌な奴なら』
僕は眉を下げて笑う。
僕は少し世界を好きになれそうな気がするんだ。
君だけのメロディ。
自分の命に限りがあると知った時、人は何が遺せると思うのだろう。
手にしたカセットテープをカシャリ音を立ててポータブルプレイヤーにセットした。
私の手はそこで少し止まる。
録音されたものを何か知っているからこそ、スタートを押す時には少しだけの覚悟が必要だったからだ。
30年前とずいぶんと世界が変わった。
あっという間の30年でもあったと思う。
走り抜けた、走らざるを得なかった時間を後悔した事は少しもないけれど、それでも横にいない人の止まってしまった時間がここにある。
向き合うには痛みと向き合う必要があって、
その痛みには耐え難い悲しみと同じ以上の愛しさがある。それを人は寂しいとか恋しいとか呼ぶのだろう。
震える指でそっとスタートボタンを押す。
カチリとした音と、ジジジというテープが回る振動が過ぎ去った時間を巻き戻す。
手に収まる小さなプレイヤーは30年前の時間のまま忘れかけた大切な人の声を連れてきた。
流れてくるのは囁くような歌声だった。
末期の一番苦しいだろうその時に、その人が選択したのはこれからも生きていく愛し子の為の歌だった。
たとてそばに居なくても、いずれ顔を忘れても、この声を忘れても、きっと歌はそばに残る。
自分が一番辛いであろう時に、その人は自分がそばにいる事が出来ない子の未来という絶望よりも、たとえそこ場に居なくても支えになりたいという愛だけをこのテープに託したのだ。
歌声は優しく流れる。
時がどれほど残酷に過ぎても、時間が世界を変えてしまっても、変わらないものはここにある。
あの人は歌う。
貴方が流した 悔し涙を見て
僕は思うでしょう、綺麗と思うのでしょう。
その痛みで 貴方は また優しくなるでしょう。
古びたテープは歌い続ける。
永遠に変わらない愛を受けて、私の時計は進み続ける。
ILOVE
私は私が好きだ。
英文法の勉強をしてると本当思う。
SVOだのSVOCだの英語はほんと俺が俺が俺がって自己主張ばっかり。謙遜とか自虐とか一切ない。
まず私『が』って思うってのが一番最初にくるくらいの強気じゃないと生きてけない。
それなのに自分を嫌いで生きていくなんてそんな自分で自分を痛めつける趣味はない。
誰かの為である事を望む事で自分を傷つけて結果自分を嫌いになるなんてほんとマヌケだよ。
私は私が好き。
昔と比べて強くなった。
好きで強くなったわけではないし、
とんでもなく大変だったけど。
私すごい頑張ったの。
私が私を好きになる為に。
好きな様に無責任に
ピーチクパーチクなノイズたちなんて
バイバイ。
私にとっての幸せは
私が私を愛せるって事なんだと思うんだ。