君だけのメロディ。
自分の命に限りがあると知った時、人は何が遺せると思うのだろう。
手にしたカセットテープをカシャリ音を立ててポータブルプレイヤーにセットした。
私の手はそこで少し止まる。
録音されたものを何か知っているからこそ、スタートを押す時には少しだけの覚悟が必要だったからだ。
30年前とずいぶんと世界が変わった。
あっという間の30年でもあったと思う。
走り抜けた、走らざるを得なかった時間を後悔した事は少しもないけれど、それでも横にいない人の止まってしまった時間がここにある。
向き合うには痛みと向き合う必要があって、
その痛みには耐え難い悲しみと同じ以上の愛しさがある。それを人は寂しいとか恋しいとか呼ぶのだろう。
震える指でそっとスタートボタンを押す。
カチリとした音と、ジジジというテープが回る振動が過ぎ去った時間を巻き戻す。
手に収まる小さなプレイヤーは30年前の時間のまま忘れかけた大切な人の声を連れてきた。
流れてくるのは囁くような歌声だった。
末期の一番苦しいだろうその時に、その人が選択したのはこれからも生きていく愛し子の為の歌だった。
たとてそばに居なくても、いずれ顔を忘れても、この声を忘れても、きっと歌はそばに残る。
自分が一番辛いであろう時に、その人は自分がそばにいる事が出来ない子の未来という絶望よりも、たとえそこ場に居なくても支えになりたいという愛だけをこのテープに託したのだ。
歌声は優しく流れる。
時がどれほど残酷に過ぎても、時間が世界を変えてしまっても、変わらないものはここにある。
あの人は歌う。
貴方が流した 悔し涙を見て
僕は思うでしょう、綺麗と思うのでしょう。
その痛みで 貴方は また優しくなるでしょう。
古びたテープは歌い続ける。
永遠に変わらない愛を受けて、私の時計は進み続ける。
6/14/2025, 1:01:56 AM